125話 天の川銀河統一
精霊帝と邪霊王4体との戦いが終わっても、天都星系には天都防衛軍が残っていた。
天都にはヘラクレス星系と同程度の戦闘艇があって、ケルビエル要塞は無論、壊滅した戦闘艇スルトや、6000万艇しか残っていないイスラフェルでも攻略は出来なかった。
イスラフェルは天華戦闘艇に比べて10倍の戦力評価を有するが、相手の総数が10倍以上もあっては勝ち得ない。
マヤが天都を領域化すればイスラフェルでも良い勝負になったのかもしれないが、マヤは領域化を行わなかった。
それを解決したのが、クロケルの戦闘天体群だった。
どれくらいの戦力差があるのか確認しようと思ったハルトは、後悔こそしなかったものの、差を見せつけられて言葉を失った。
まずは何かが飛んでいき、その先の宙域が刹那的な人工ブラックホールに呑み込まれた。
『スペースデブリ除去用の宙域掃討弾です』
ヴァラク773が解説する間に、天都防衛軍はクロケルに何の損害も与えられぬまま、宇宙ゴミが掃除されるように、一方的に壊滅させられていった。
それに比べればグレモリーの艦隊はマシだったが、エネルギーのぶつけ合いという物量で押し潰されていった。
矮小化した限定的なガンマ線バーストとでも称すべきか、凝集電磁波砲が光線を伸ばして、グレモリーの艦隊を切り裂いていった。
グレモリーを相手にしたクロケルは、流石に損害も出していたが、投入した質量差で圧倒した。
その後、クロケルの戦闘天体群は天都星系に展開して、天都の宇宙戦力を殲滅し、地上戦力を壊滅させ、天都星系を武力制圧した。
天都が行うあらゆる抵抗は、全て無意味であった。
1の抵抗が100の反撃に遭う事を身体で理解させられた天都は、やがて無抵抗となったのである。
「ご報告します。天都星系の攻略を完了しました」
同時開催された御前会議と諸侯会議の冒頭、天都星系から通信を繋いだハルトは、第一声で出席者達を制した。
ハルトはアンドロメダ銀河から、一方的に天都侵攻作戦を伝達しており、結果を出す必要があったのだ。
逆に結果さえ出してしまえば、誰も文句は付けられない。
王国と戦争していた天華5国で最後に残った天都を攻略して、ヘラクレス星系もアンドロメダ銀河に跳んでいった以上、天の川銀河に敵対勢力は無くなった。
未だ王国に属していない勢力としては、アルテミス星系に残る元フロージ共和国民66億人がある。
だが元フロージ共和国民は、資金も資源も領土も無く、王国法に従わされて、非正規人口としてタクラーム公爵家に労働力を吸われるような存在だ。
他国に仮住まいして、他国の法律に従う集団は、国家とは言えない。従ってディーテ王国は、現時点における天の川銀河で唯一の人類国家となった。
「ヘラクレス星系は残っておりますが、天都の転移門を塞いだ以上、ヘラクレス星系から転移門を介して天の川銀河に到達する事は、出来なくなりました。王国の敵は、天の川銀河からは排除されました」
ハルトが断言すると、先進異星文明との遭遇を聞かされて以降、気が休まらぬ日々が続いた出席者達の表情に、大きな安堵が浮かんだ。
勿論全ての問題が解決した訳では無く、アンドロメダ銀河と先進異星文明に係わる対応は、これから始まると言っても過言では無い。
「今後の対応について、ご説明します」
ディーテ王国は、アンドロメダ銀河で邪霊を有するグレモリー族と、それに従うシトリー族と敵対関係になった。
王国側から敵対したのでは無く、ハルトがヘラクレス星系から離脱する際に、グレモリーの伯爵級思考体である紅炎のダリアから追われて、先に襲われている。
邪霊を味方に付けるグレモリーに襲われた王国は、グレモリーを敵として対応せざるを得ない立場だ。
「アンドロメダ銀河は250万光年の距離にあり、我々の技術で1250年の移動時間を要しますが、グレモリーの先進技術に大泉や本陽の高魔力者が加われば、どれだけ短縮出来るか知れません」
ルルとマヤの精霊帝2体が補助していたハルトのケルビエル要塞は、限定的な能力しか持たないダリアのC級邪霊に追われて、逃げ切れなかった。
グレモリーの魔素機関を作る技術は、王国よりも遥かに上である。
それに高魔力者による艦の大型化や、魔素機関の稼働者複数名を用いる体制が加われば、移動時間も大幅に短縮されてしまう。
「移動速度が5倍になれば、天の川銀河まで250年。そう遠くない未来、天の川銀河に、邪霊王の転移門を再建される危険もあります。国防のためには、3族連合を支援して、グレモリーに対抗しなければなりません」
グレモリー族と、それに従うシトリー族は、ゴエティア全体の5割の勢力を持つ。そして対する3族連合も、全体の5割で釣り合う勢力だ。
グレモリーが邪霊を有しており、ヘラクレス星系の人類と高魔力者達も獲得したために、両勢力の均衡は崩れる。
そのため王国側も、王国に敵対するグレモリーが勝たないように、3族連合を支援しなければならなかった。
「事前にお配りした資料のとおり、対抗計画を実行します」
ハルトが送った計画には、次のことが記されていた。
【精霊王誕生について】
・天都攻略時、邪霊王4体を撃破して、相応のエネルギーを獲得した。
・4体分のエネルギーを用いて、精霊王並の上級精霊3体を生み出す。
・天都民をオリアス星系に移して、天都星系で精霊王2体を生み出す。
・太陽系民をオリアス星系に移し、マカオン星系で同1体を生み出す。
【精霊王3体の領域展開について】
・3族連合に1体ずつの精霊王を配して、精霊結晶を安定供給させる。
・領域化する宙域へ移動するため、3族から魔素機関の新技術を得る。
・精霊王の領域に天都民と太陽系民を三分割して、瘴気を供給させる。
【星系の主統治者について】
・天都星系は破壊し、タカアマノハラ家を天都に据える案は廃止する。
・アンドロメダ銀河の3星系には、主統治者ではなく、大使館を置く。
・豊かで巨大なヘルメス星系への遷都と王家の移動は、予定通り行う。
・公爵不在となるディーテ星系には、アマカワ侯爵家を陞爵して置く。
【3族連合への対応について】
・天の川銀河は王国領として、転移門は大使などを除いて、通さない。
・3族に高魔力者が必要な場合には、王国軍人や王国貴族を派遣する。
・3族が研究や、量産で人体を必要とする場合、重犯罪者を提供する。
・3族連合とは相互協力の関係を保ち、協力の対価を相応に得ていく。
これらによって王国は、全体構想を変えずに、戦後計画を進めていける。
アマカワ、タカアマノハラ、カルネウスの負担も増えず、ユーナの不満と次王への批判も生まれない。
そして人間の会議には挙げられなかったが、ルルが有するエネルギー結晶体2割の力も残る。
ルルが主張した『ハルトの精霊化時に用いる底上げエネルギー』も目減りせず、自分が抱え込んだ大量のエネルギーを使うマヤも同意した。
そのためハルトの周囲は、誰も反対しない案となっている。
なお天の川銀河への3族連合の進出を防ぐのは、隔絶した技術差から人類が依存状態におかれて、実質的に支配される事を避けるためだ。
3族連合の技術を選択して段階的に受け入れるにも、それらを判断するための知識を得るまでに、相応の時間が掛かる。
それまでの間、約束として受け入れを禁止しておけば、転移門を通過する際、精霊王によって作為的な侵入を自動的に弾ける。
既に天都星系には戦闘天体群を送ってもらったが、それはグレモリーの艦隊に対抗するためのやむを得ざる処置であって、天都民の回収後には撤収してもらう予定だった。
「暫定的な対応は、以上となります。ご質問の時間を設ける前に、女王陛下より、今後の方針をお示し頂きます」
自身の説明を終えたハルトは、ユーナに発言を譲った。
そしてユーナの第一声も、ハルトと同様に諸侯を制するものだった。
『次王は、武勲章の獲得数が1つ多かったジョスランとします』
発言がもたらした衝撃が、出席者達に伝播していった。
次王の選定は、選定期間を戦争が終わるか、膠着するまでとした上で、両王子の武勲章で定めるとしていた。
全てが予定通りとは行かなかったものの、天華ヘラクレスとの戦争は、既に終わったか膠着したと見なして良い。
アンドロメダ銀河に跳ばされた大泉や、ヘラクレス星人が主体性を残せるのだとしても、少なくとも数百年間は攻め込まれない状態に至れば、戦争は膠着している。
緊急事態は過ぎ去っており、ユーナが王位を譲ったところで、百年程度で王国が滅んだりはしない。
3族連合が負けない限り、王国は安全なのだ。
『継承は、3族連合に精霊王の領域を作った後とします。2年くらい掛かるでしょうから、ジョスランが士官学校を卒業した後になります。ジョスランは、姉の仕事も手伝って、王位継承の準備を始めなさい』
『畏まりました』
勅命を受けたジョスランは、厳かに答えた。
『現時点よりベルナールは、ストラーニ公爵代理の肩書きから、代理を外します。今後わたくしは、ストラーニ公爵家の一切に口を差し挟みませんので、ストラーニ公が全てを自由に決めるように』
『畏まりました』
ベルナールも面白味の無い言葉で、粛々と答えた。
ユーナによる家業の手伝いは、弟が学校を卒業するまでの間という範囲に収まったらしくあると、ハルトは感慨深く振り返った。
ジョスランの卒業まで待ってからの結婚となれば、25歳となる。
だが女王に即位した頃に、全く見通が立たなかった状態から見れば、意外に速く解決したと考えても良いかも知れない。
ユーナはジョスランに対して念を押した。
『国王への即位後であろうとも、あまりに戯けたことをすれば、教育の一部を担った姉が責任を持って叱ります。姉は、王国民が持つ伝家の宝刀です。抜けば即位後であろうとも斬れますので、そんな事は絶対にさせないように』
『御意。姉上には、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます』
ジョスランの返答に、ユーナは頷いた。
『退位後の姉は、夫と共に、静かで穏やかに暮らしたいと思います。ジョスランが国王の義務を果たし、ある程度の節度と良識を持てば、聖人君子で無かろうとも口出しをしません。その事を覚えておきなさい。以上です。それでは質疑に入りましょう』
その後の質問は、多岐に及んだ。
その大半はアンドロメダ銀河に関する事で、3族連合や、敵であるグレモリーとシトリー、王国が協力の対価に何を得るのか等であり、他には天都を制圧したクロケルの戦力に関するものもあった。
ハルトは、分からない事は分からないと答えた上で、確認するなり、交渉するなりの対応を伝えた。ユーナも方向性を示して、会議は速やかに進んでいった。
それらに応じながら、確かにジョスランには、未だ荷が重いとハルトは考えて、次王を決めてから引き継ぎ期間を取るのは、最善だったのだろうと結論を出した。
先進異星文明という重い課題は残ったが、ついに王国は、天の川銀河を統一した。
・あとがき
書籍版では、ベルナールが次王になります。
そんな書籍の第4巻は、明日(3時間後の13日)が発売日です。
電子書籍で直ぐに読めますので、
まだ注文しておられない方は、ぜひお取り寄せ下さい<(_ _)>