13話 ヒロインの父に呼び出された
王国軍の総司令部では、戦争に向けた準備が着々と進められていた。
敵の遠征艦隊に対する迎撃部隊は、16個艦隊が編制される。
攻撃目標は110光年先のロキ星系で、敵の進撃に先んじて先制攻撃を加え、敵軍に侵攻不可能な打撃を与える事が目的だ。
王国艦隊は、基本的に次のように編制されている。
中将隷下 艦隊2000隻、乗組員50万人。
少将隷下 分艦隊200隻、乗組員5万人。
准将隷下 小艦隊40隻、乗組員1万人。
従来は、問題の規模に応じて3種類の艦隊を使い分けてきた。
だが今回の場合、対処に必要な艦隊数は全軍でも足りない。迎撃に向かう16個艦隊は、可能な限り多数の艦隊を呼び集める方針と、相手の準備が整うより早く送り込む方針の折衷案から出た最大数だった。
そんな未曾有の大艦隊を束ねる司令長官として、第三王子のヴァルフレート・アステリア大将に白羽の矢が立てられた。
ヴァルフレート大将は、兄との王位継承争いを避けるために士官学校へと進み、重戦艦科を卒業した後は戦闘艦科の最初の階級である中尉に任官し、そこから1階級ずつ上げて大将に至った正規軍人だ。
彼は階級のみならず、人類連合と戦う旗印の血統、貴族を従えさせられる身分、軍人を完全に指揮統率できる経歴、国王からの絶大な信頼など、全軍の総司令官に必要な条件を全て兼ね備えている。
階級に煩い軍人であろうと、爵位に煩い貴族であろうと、歴史に煩い王国民であろうと、誰もが総司令官ヴァルフレート・アステリア大将の人事には異論を挟めない。
彼は戦時にしか与えられない上級大将に昇進し、16個艦隊を中心とした迎撃軍を編制して、人類連合を迎え撃つ準備を進めている。
そんな王国で最も重要な仕事を行う上級大将からハルトへの出頭命令が出されたため、士官学校の教師たちは慌てて特例の外出許可を出し、直ぐに行けとハルトを掴んで士官学校の外まで引きずり出し、迎えの飛行車輌に詰め込んで送り出した。
放り込まれた飛行車輌で首星ディロスの軍専用空路を飛ぶ事、およそ30分。
士官候補生として初めて国防省の司令長官室へと足を踏み入れたハルトは、部屋の主から階級では無く爵位で呼ばれた。
「アマカワ子爵、予定通りの時間だったな。結構な事だ。楽にしたまえ」
「恐縮であります。ヴァルフレート殿下」
子爵位で呼ばれたハルトは、やや安堵した。
徴用された子爵は、大佐待遇の扱いを受ける事になっている。相手が上級大将であるため、大佐から見ても雲の上の存在である事に変わりは無いが、士官候補生の階級で呼ばれていた場合は、「サー、イエッサー」としか言えなかっただろう。
「掛けたまえ。私にはあまり時間が無いが、これから話す内容は時間を費やすに値する」
「了解しました」
総司令官席から応接用のソファーに移ったヴァルフレートに続き、ハルトも着席した。壁際に控えていたアンドロイドが一礼をしてコーヒーを注ぎ、また一礼して壁際に戻る。それが終わるとヴァルフレートは話し始めた。
「先に私的な話を済ませよう。ユーナ・タカミヤの遺伝的な父親は私だ。卿はユーナにアマカワ子爵夫人たるを望み、カルネウス侯爵位を継ぐ令嬢との間で遺伝子提供の約束があると聞き及んだが、それらは事実か」
「事実であります」
先に忙しいと告げられていたハルトは、ヴァルフレートの意を汲んで即答した。
「よろしい。これは内密の話だが、私は王族として出征し、作戦成功の暁には功績に報いる形で公爵位を与えられる。その暁にはユーナの母親を側室に迎え、ユーナは公爵令嬢となる。それでカルネウス侯爵家の圧は防げる。後は基本的に子爵が解決したまえ」
「了解しました。閣下にお力添えを頂き、感謝申し上げます」
ユーナがフィリーネに対抗できる公爵家の後ろ盾が、呆気なく得られた。
身分問題が生じた際、ユーナが父の力を借りるのはストーリー通りの流れだ。ユーナが少し待っていてと告げた時、身分問題を解消するフラグが立ったのだろう。
これでアマカワ子爵家の後ろ盾は2枚になる。
トラブルが生じた際の保険が2種類に増える他、両家の間でバランスを保てば、大きな裁量権を得られる。
もっともヴァルフレートは、単に善意で手を貸したわけでは無い。
ユーナに公爵令嬢の肩書きを与えれば、新公爵家はユーナに責任を持つことになる。その娘を送るアマカワ子爵家に、公爵令嬢ユーナを与える価値があると判断したのだ。
アマカワ子爵は超高魔力で、精霊結晶も全株式を押さえている。その家と繋がりが得られれば、新派閥の形成時には有利に働く。
これらは迎撃作戦が成功した場合の話だ。ハードモードの第三王子がストーリー終盤まで生き残れない事に関して、ハルトは心に留め置いた。
「公私が半々の話に移ろう。卿にも出征して貰う。それこそが貴族の責務だ」
王国がハルトに子爵位を与えた理由の一端は、まさにそのためだ。
子爵家の場合、子爵家に相応しい魔力1万以上の者を一族から推挙すれば良いが、今のアマカワ家にはハルト自身しか居ないため、ハルトが出るしか無い。
貴族に成り立てで準備不足だと説明すれば徴用を回避できるだろうが、叙爵直後にそれでは風聞が悪い。ハルトは一礼して受け入れた。
「これが卿の階級と役割だ」
「階級ですか」
ハルトは首を傾げた。子爵家からの徴用者は『大佐待遇』となるが、正式な階級は与えられない。そして情報端末に送られた辞令と任命書を確認して、思わず目を疑った。
戦闘艦科からの徴用により、卒業時の階級である中尉へ任官。
巡洋艦1隻と駆逐艦3隻を撃破した功績により、大尉へ昇進。
敵の大義名分のねつ造を頓挫させた功績により、少佐へ昇進。
敵の准将以下128名を捕虜にした功績により、中佐へ昇進。
敵の侵攻情報を入手し早期伝達した功績により、大佐へ昇進。
フロージ星系戦での戦功卓越にて、勲7等グリーゼ章を授与。
要塞司令官職の不足による戦時昇進を以て、戦時准将へ任命。
アマカワ戦時准将を、ケルビエル要塞の司令官代理に任ずる。
「閣下、これは一体」
ハルトは呆然としながら、ヴァルフレートを見返した。
「貴族徴用では、軍の階級は上がらない。どうせ従軍するのだから、軍人として軍功も評価された方が良いだろう。従軍実績は残るため、貴族の責務は果たしていると評価される」
「それは、お気遣い感謝致しますが……」
ハルトは子爵家からの徴用では無く、士官学校からの徴用扱いとなるらしかった。
だが彼が気にしたのは徴用の根拠では無く、平時では有り得ない出世速度の方だ。
中尉に任官するのは全く違和感が無い。功績で大尉になるのも問題ない。国家規模の貢献に対しての少佐昇進も理解可能だ。だがその先は、ハルトの常識から逸脱していた。
「いきなりの昇進で驚いたか」
「はい。驚愕しております」
魔力者は貴重で、平時でも艦長までの昇進速度はかなり早い。
士官学校では即戦力を育てるべく、1年生でシミュレーション実習、2年生で航宙実習、3年生以降は実務実習が組み込まれている。そのため卒業時には、全員が3年間の操艦経験を持ち、任官直後に現場へ配属され、平均数年で数回昇進して艦長まで上がる。
魔力によって動かせる艦種は異なり、駆逐艦であれば少佐、巡洋艦であれば中佐、戦艦であれば大佐まで昇進していける。
ハルトには移動要塞を動かす魔力があるため、任官後は数年ごとに昇進して、将来は移動要塞の司令官である少将まで昇進できる流れはあった。それでも平時であれば、20年くらいは掛かったはずだ。
それらの常識が、一瞬で吹き飛ばされた。
「要塞を動かすには、最低でも司令官代理の准将でなければならない。士官候補生ならば理解できようが、階級が合わない運用は、組織に軋轢を生む」
「それには確かに同意します」
ハルトは第三王子が無理をした理由に、一定の理解を示した。
要塞は、王族級の魔力が無ければ運用できない。
そのため王族の徴用で『少将待遇』の要塞司令官、上級貴族家の徴用で『准将待遇』の要塞司令官代理が想定されている。だが一般貴族は『大佐待遇』で、要塞の運用は想定外だ。
ヴァルフレートはハルトに要塞を運用させるため、功績を個別に評価した上で、勲章を与えて戦時准将に引き上げるお膳立てをした。
強引な手法にハルトは呆れたが、それと同時に彼の目的も理解して敬礼した。
「謹んで拝命致します。小官は、攻撃要塞ケルビエルの司令官代理として、迎撃部隊の末席を担い、王国の勝利に貢献します」
「よろしい。卿の輝かしい戦歴に、新たな金字塔が加わる事を期待させて貰おう。新たな武勲を打ち立てれば、陛下の直系にして王族級に近い魔力を持ち、方々から引く手数多な見目麗しき令嬢を娶っても、他の貴族は何も言えないだろう」
そう嘯いたヴァルフレートは、端末を操作してハルトに大佐及び戦時准将の階級を発給した。
これでハルトは情報端末の身分証や、襟元の階級章などに、大佐あるいは戦時准将の地位を表示できるようになった。さらに胸部には勲章も表示される。士官候補生が一変して、いきなり歴戦の軍人である。
そんなハルトが配属されるケルビエル要塞は、王国軍が運用する7大要塞の一つだ。
移動要塞は4基。王族級の魔力で動かす直径2万7000m級。
防衛要塞は2基。王族2人分の魔力で動かす5万4000m級。
攻撃要塞は1基。王族3人分の魔力で動かす8万1000m級。
移動要塞は、王族級魔力で動かせて、地方星系の反乱抑止の威圧目的を兼ねて、恒星間運用されている。兵器搭載量は膨大で、戦艦に比べて圧倒的に分厚い装甲を誇る。巨大要塞が星々を巡る姿は圧巻で、高魔力者の力を分かり易く示せる。
防御要塞は、移動要塞に備えられた機能の他に、軍港機能や避難民受け入れ機能、惑星改良機能を兼ね備えている。首星が破壊された際には、膨大な避難民を受け入れて、破壊された惑星を居住可能レベルに復旧させる事が出来る。
攻撃要塞は、防衛要塞に備えられた機能の他に、軍事物資や造船、都市建造機能まで備えた独立軍事拠点の機能を持っている。
但し、防御要塞と攻撃要塞には大きいが故の弊害もある。
魔素機関は複数名で動かせないため、大きな要塞に魔素機関を分散配置して、魔素変換のエリアを分割している。複数の魔素機関で可動範囲を分けており、要塞全体を包めないのでワープは使用できない。
それをハルトが動かす場合、本来は不可能なワープが実現できる。
「卿が士官学校に進学して以来、専用の魔素機関建造は進めてきた。だが流石に、これほど早く投入するとは思っていなかった」
ケルビエル要塞は、全長では駆逐艦の68倍だが、エネルギー変換量は単純計算で4556倍に達する。
それは魔素機関から変換される魔素の融合反応が、単純倍加しないからだ。
各艦のエネルギー量を推定する場合、艦の全長の二乗で計算する。
駆逐艦1、砲艦1、軽巡洋艦3、巡洋艦8。
三等戦艦17、二等戦艦35、一等戦艦63。
三等要塞艦117、二等要塞艦201、一等要塞艦306。
移動要塞506、防衛要塞2025、攻撃要塞4556。
この数値は、単独で魔素機関を稼働させた場合のみ実現する数値だ。攻撃要塞に王族が3人乗った場合は、506を3つ足して1518にしかならない。だがハルトが乗れば、エネルギー量は4556になる。
ヴァルフレートが期待するのは、攻撃要塞を単独稼働させた駆逐艦4556隻分の戦闘力だ。実現すれば絶大な戦果をもたらし、先程の新公爵家や公爵令嬢に届くだろう。
「念のために伝えておくが、卿は士官学校を卒業では無い。階級や功績は会戦後も残るが、二年の後期では必要な教育課程が終わっていないだろう。士官学校の教育は、将官へ至るには不可欠だ。徴用が終われば、引き続き勉学に励み給え」
「了解しました」
「よろしい。仔細は情報端末を確認し、要塞司令官代理として意見があれば、改修している工作部隊に伝えよ。魔素機関や精霊結晶との接続に関しては、卿が懇意なセカンドシステム社のカーマン博士に協力を仰いで任せても良い。それらは私の名前で許可を出しておく」
ヴァルフレートからの伝達は、そこまでだった。
その後はユーナに関する話題が交されたが、その大半はユーナの母親であるマイナとユーナの性格が似ているというものだった。母親がユーナを育てたのだから、性格が似るのも道理だろう。純真で、ほんわかしており、鋭敏なヴァルフレートとは対極の人物らしい。
王位継承争いから離れて軍に身を置いたヴァルフレートは、そんなマイナと出会って癒やされたのではないだろうかとハルトは考えた。
ヴァルフレートは本当に多忙だったらしく、結局ハルトはコーヒーが冷め切る前に会話を終えて退出した。
フィリーネの件でコレットのような追及を受けずに済んだ彼は、大いに安堵した。