122話 銀河間文明の邂逅
先進異星文明の1つであるウェパルの管理知能『ヴァラク773』を乗せたケルビエル要塞は、ウェパルと同じ3族連合の1つ、クロケルに属するオリアス星系に向かっていた。
ハルトの生死にも直結するケルビエル要塞内部に、先進異星文明が有する未知の物体を乗せられたのは、ルルのおかげだ。
ヴァラク773が居た白色矮星773は、一時的にルルの領域と化した。
星系を領域化したルルは、同行するヴァラク773の全機能を掌握して、ハルトを害せないように工作している。
自身の領域内で、契約者の脅威を排除する。それは精霊達の常識であり、ルルは堂々とハルトの脅威を排除した。
かくして先進異星文明の管理知能が、ケルビエル要塞に同乗した次第だ。
『アマカワ様は、ゴエティアの美醜で大変凜々しい姿をしていらっしゃいます』
ウェパル皇帝から、ウェパルへの好印象を与えろと命じられているヴァラク773は、斯様に宣った。
ゴエティアの外見は、人類から見てクラゲに近く、心理的な距離感が生じざるを得ない姿だ。そしてゴエティアから見た人類も、同様の所感を与えかねない。
協働関係に障害となる問題に関して、両者を仲介する精霊のルルは、人類側に投影するゴエティアを人間の姿に、ゴエティアに送る姿をゴエティア系のクラゲになるように変換した。
そのためハルトは、大変凜々しい黒クラゲの姿に見えている……らしい。触手が標準より太いとか褒められても、ハルトは全く嬉しくないのだが。
他方、ヴァラク773は、振り袖に袴を履いた茶髪の女子大生に変換されている。「小顔で可愛い」等と褒められれば、触手を褒められた時のハルトのような所感を抱かせる事は必至であろう。
差し当ってハルトは、当たり障りの無い回答をした。
「そうか。だが電子思考体であるならば、アバターは自由に変えられるのではないのか」
『いいえ。ゴエティア族の皆様には、アバターの元となる固有情報があって、逸脱は出来ません。肉体があれば、概ねこのようになるという姿を再現されます。ですからアバターの外見で、個体識別も可能です』
「身体を持たないが故に、身体的特徴による差別が無くなったのか?」
ルルの翻訳は正常に行われていたが、ハルトはゴエティアとの常識に齟齬を感じた。無論、10万年以上も量子思考体として文明を継続する相手の常識が、ハルトと完全に一致するはずもないが。
『自分が持たない固有情報に惹かれるのは、差別ではなく補完です。個々に不足するもの、求めるものが異なりますので、絶対的な優劣にはなりません』
要するに、巨乳好きと貧乳好きに優劣は無いという事だろうか、と、ハルトはリンネル達が断念した議論の解釈を行った。
『但し、近縁他種族に対する感想は異なります。文明成立以前からの敵対関係が、互いの認識に刻み込まれています。ゴエティアの感性では、3族連合や、主従関係にあるグレモリーとシトリーであろうとも、相容れません』
それでも連合を組めるのだから、目的のためには遺伝子レベルの嫌悪感すら克服できるほど、理知的な集団なのだろうとハルトは評価した。
それですら戦争を行うのだから、知的生命体が争う事は不可避なのだとも、思わざるを得なかったが。
「ゴエティアの我々に対する認識や、人類と協力関係を結べそうな件については、了解した。これから向かうオリアス星系について教えて貰いたい」
『畏まりました。恒星オリアスは、太陽の約2倍という質量を持つA型主系列星です。アンドロメダ銀河と同様に、天の川銀河でも主系列星全体に占めるA型の割合は低いでしょう』
「そうだな。恒星の輝きが強いおかげで、進路が分かり易い」
ヴァラク773が語った太陽云々は、中継役のルルが、ハルトに分かり易いように言語を自動翻訳しているのであって、実際には773が太陽を知っているわけでは無い。
言語の自動翻訳は、人類も有する技術だ。そしてルルの自動翻訳は、そんな技術の延長上にあるものだと考えられる。それでも自重して、ハルトが理解できる範囲の技術に留めているのだろうが。
『オリシス星系の質量も大きくて、恒星を除いても地球1万個分があります。その希少な星系を用いて、超長距離を繋ぐゲートが設置され、周辺宙域を中継する星系となっています』
「地方都市のようなものか」
『はい。ですから3族が集まれる星系の1つになります。何かしらの問題が無い限り、既に集まっているはずです』
「そうか。肉体を持つ我々は、ゲート型ジャンプ航法を行えない。移動速度が遅くてすまないな」
現代における人類の最速は、約1年で片道4000光年だ。
精霊の登場以前、人類の星間移動速度は、約1年で片道1000光年だった。
それが精霊と契約した魔素機関の稼働者になると2倍の速度に上がって、複数名体制で24時間休まずに跳び続ければ、さらに2倍の速度に上がる。
但し、魔素機関の稼働者を2名体制にするくらいであれば、2倍の艦船を運用するのが軍の常識であるために、大軍の進撃速度は半減する。
大軍の行軍で考えれば、約1年で片道2000光年が妥当だろう。
そしてケルビエル要塞は、約1年で片道1万光年の速度を出している。
だが亀の歩行速度が薬物で2倍、依怙贔屓で5倍になって兎に勝てたとしても、所詮は亀であって、鶴の飛行速度には勝てない。
交渉を持ち掛けた相手の鶴を待たせてしまう事に対して、亀の速度で進むハルトは謝罪を述べたのだった。
それに対してヴァラク773は、微笑みながら問題ないと答えた。
「ゲートを介さない移動速度としては、邪霊を用いるグレモリーに匹敵します。味方のゲートが置かれていない宙域へ移動する速度としては、ゴエティアから見ても画期的です」
画期的という言葉は、ハルトにとって意外だった。
ゴエティアほど進んだ科学文明であれば、ゲート型ジャンプ航法の他にも光速を超える技術を有しているのではないかと考えていたのだ。
だがゲート型ジャンプ航法でしか光速を超えられないのであれば、現在のゴエティアが、アンドロメダ銀河の4分の1程度にしか進出出来ていないのも道理だ。
ゲート型ジャンプ航法は、出発地点と到着地点にゲートが無ければ使えない。最初にゲートを設置していない宙域に行くためには、光速以下の速度で移動しなければならないのだ。
ゴエティアが星間文明を成立させたのは、およそ13万4000年前。
その頃に母星から光速以下で向かったゲート設置部隊が到着した宙域こそが、ゴエティアにとって最も遠い到達地点となる。アンドロメダ銀河の円盤部26万光年に届かないのは、その法則に基づくからだ。
アンドロメダ銀河の恒星数は、天の川銀河よりも遥かに多い。
それらの有望な恒星に、魔素機関と精霊の力で辿り着けるようになれば、戦力的に大幅な強化が見込めて、3族の劣勢を挽回できる。
光の壁を突破できるのがグレモリーだけであった状態から、精霊によって3族も可能になるのは、3族にとって画期的なのだ。
「魔素機関の移動は、軍事のみならず、資源確保でも有用なのだな」
分かり易い説明を受けたハルトは納得すると同時に、3族の事情を詳らかにするヴァラク773が有する知能の高さにも感心した。
ハルトと交渉する3族は、良い条件を引き出したいはずだ。
そのためには、3族が欲する物の価値を教えない方が、交渉で有利に働くという考え方も有る。
だがヴァラク773は、ハルトとの信頼関係を構築する事が、最終的に最大の利益に結び付くと判断したのだ。
人類と、魔力や瘴気を持たない科学文明のゴエティアとでは、長期に渡って補完し合える関係を続けられる。それをヴァラク773が確信した上で、ゴエティアの求めるものをハルトに示したのだ。
(魔力と科学で補完し合えるが、科学の先行は途方もないな)
ゴエティアにとってヴァラク773は、その辺に配置していた、重要度の低い白色矮星管理知能の1つに過ぎない。
それがディーテ王国で、万能の人工知能にも成り得る。
ヴァラク773が1体あるだけで、政治、行政、軍政、星系管理までを幅広く補わせられるだろう。
人類にとってゴエティアは、圧倒的に先行した人造知性体リンネルのような存在だ。
対抗する即席の手段は、リンネルに対するのと同様で、精霊を用いる事だ。
人工知能が人類の乗っ取りを企もうとしても、精霊王が領域化している王国8星系では不可能で、精霊界である高次元空間を経由する艦船も、電子的な支配を打ち消せる。
自分達を滅ぼそうとするグレモリーと、邪霊への対抗手段を持ちたい3族は、その脅威が存在する間は、優先順位を間違えないはずだ。
そしてグレモリーの問題を解決したとしても、他の銀河にも邪霊は存在し、ゴエティアだけでは滅ぼせないので、精霊と組む人類との協力関係は失えない。
人類は世代交代で実体験を失うが、寿命が無い上に情報伝達が得意であろうゴエティアは忘れないので、協力関係は維持し続けられる。
ハルトは3族よりも、むしろ人類の子孫について心配した。自分の死後までは面倒を見切れないので、遠い未来は子孫に託すしか無いのだが。
「人類とゴエティアとの補完関係は、望ましいと思う。詳細は交渉だな」
どのみち折り合えるだろう、と、ハルトは確信した。
高次元空間を跳び続けて240時間、ハルトは交渉に指定されたオリアス星系に到着した。
到着と同時にヴァラク773は、移動中にハルトと交換した情報を3族連合に共有した。
『ヴァラク773より3族連合に、天の川銀河のディーテ王国軍・最高責任者アマカワ元帥より齎された情報を共有します』
それは光速で行われて、3族から選ばれた交渉担当者に行き渡った。
ハルトが天の川銀河の天都星系にある転移門を閉じたい事、アンドロメダ銀河に橋頭堡を作りたい事について、ハルトが説明しないままに理解されたのである。
交渉担当者達は、オリアス星系の恒星中心部には居なかった。
ケルビエル要塞がオリアス星系の恒星に向かおうとしたところ、直ぐに通信が返ってきた。
『パパ。スクリーン投影では情報伝達が不充分なので、方式を変えますね』
「ああ、任せる」
どのような通信になるのか知る由も無いが、スクリーン投影よりも良い形になるのだろうと信じたハルトは、方式をルルに一任した。
すると周囲が急速に暗くなり、ハルトが座していた司令部が、深海のような世界に変化した。
ハルトが素早く周囲を見渡すと、そこには仮面の貴公子、薄桜色のドレスを着て慈愛に満ちた少女、悪戯な笑みを浮かべるセーラー服の少女が浮かんでいた。
自己紹介を受けるまでも無く、3者の前面には肩書きが浮かんで見える。
・クロケル族 侯爵級思考体 葬送のアルマロス
・ウェパル族 公爵級思考体 聖歌のパメラ
・レラジェ族 侯爵級思考体 共鳴のオルニアス
対するハルトは、自身がどのように伝わっているのかについて気になった。
ヴァラク773が詳細は送っているが、敢えて単純化するならば、『ディーテ族 公爵かつ侯爵 アマカワ元帥』だろうか。
敵国から二つ名を付けられるのであれば、殲滅や星壊などと名付けられかねない等と思う間に、仮面の貴公子姿をしたアルマロスから声が掛かった。
「状況は了解した。相互協力を進めよう。オリアス星系を領域化して良い。速やかに天都の領域も破壊されよ。我々は、至急これらを求める」
これらと口にしたアルマロスの前に、要求されたものが映し出された。
・鹵獲したダリアの軍艦
・グレモリーと対等な精霊結晶を中心として提供可能な精霊結晶
・人類の魔素機関と関連技術
示された一覧の下には理由も添えられていた。
3族連合の人員は精霊と仮契約を行い、他の星系に跳んで、そこから魔素機関で繋げたゲートからオリアス星系に増援を呼ぶと。
増援を呼ぶ目的は、グレモリーに狙われるであろうオリアス星系の防衛、並びに天都星系の攻略支援であった。
ハルトは、相手が自分よりも遥かに話が早いと感心しつつ、即断した。
「承った。ダリアの軍艦と、要塞にある人類の魔素機関、並びに関連技術を提供する。ルル、可能な精霊結晶を提供してくれ」
『分かりました。ですが今は、余裕がありません。まずは暫定として、魔力の供給が無くても10年間使える結晶体を用意します。今後、天の川銀河から供給を受けるか、こちらでエネルギーを回収しながら生産する形になります』
ハルトは細かい指示を出さなかったが、意を汲んだルルは即座に可能な数字を示した。
・機能限定C級結晶 1億個 (単艦ワープ可能)
・機能限定D級結晶 10億個(多次元魔素変換通信波可能)
数字を見たハルトは、3族側にとって若干厳しいのでは無いかと考えた。
アンドロメダ銀河には、数兆の恒星があり、その8分の1を支配する3族連合は、版図が数千億個の恒星に届いていると思われる。
恒星間を繋ぐゲートの送受信用に配るのであれば、相応にD級結晶が必要だ。
だがマヤは、天都攻略を行った後、王級の上級精霊2体も作る必要がある。ヘラクレス星系の邪霊帝からエネルギーを吸っているが、攻略で使うエネルギーは未知数だ。
ルルもアンドロメダ銀河に残って門も開くために、余裕は無い。
これで大丈夫だろうか、と、ハルトは交渉相手達を窺った。
「確認させて頂きたい。今後は、どの程度の供給が可能なのだろうか」
「天都星系の攻略で余裕がなくなったとしても、マカオン星系の旧連合民をアンドロメダに移して増やせば、毎年同量くらいは安定供給可能だと思いますよ。人間を増やせば増やすだけ、供給量も増えます」
3者にも聞こえるように行われたルルの補足説明に、アルマロスは頷く仕草をしてみせた。
ルルがハルトに分かり易く変換しているのだろうが、同席する聖歌のパメラと共鳴のオルニアスも、それぞれに驚き、納得する様子を体現していた。
「期待量を遙かに上回る。現状の打開も可能だろう。これに対して我らは、精霊結晶に見合った技術支援を行う事とする。その他にも要求があれば交渉に応じる。重要度の高さから、クロケルからは、私自身が専属に付く」
アルマロスの決定に、他の2族も続いた。
「ウェパルからは、わたくしパメラが付き、アマカワ様に末永くお仕えします」
「レラジェからは、侯爵級思考体のあたし、オルニアスが着任します」
慈愛に満ちた瞳を向けて語ったパメラの後、オルニアスも宣言した。そしてオルニアスが言葉を足した。
「3族がそれぞれ派遣するのは、ディーテ王国と3族が、それぞれ個別に協力体制を結ぶ形になるためです。文明の常識違いから、どこか1族と仲違いしたとしても、交渉断絶にならない保険的な意味合いがあります。ご承知下さい」
「ご配慮痛み入る。こちらこそよろしく頼む」
自分よりも賢い相手に主導して貰う形に、やりやすさを感じながら、ハルトは3族との交渉を成立させた。
・あとがき
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