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117話 追撃者

 白と黒の姉妹が爪先で跳ねるように、高次元空間を軽やかに跳躍していく。

 精霊達にとって高次元空間は、自宅の庭先のようなものだ。

 しかも父親であるハルトの魔力を用いて跳んでおり、父親と庭で遊んでいる感覚で姉妹は飛び跳ねていた。

 庭先の砂場が狭く、すべり台の距離が限られており、遊び回れる範囲に限りが有るのだとしても、姉妹達は楽しく跳ね続ける。


 そんな楽しげに戯れる姉妹の後ろを、1匹の蜂が延々と追い続けていた。

 姉妹達は、追いかけてくる蜂すらも遊び道具にしているのだが、見守る父親や、周囲の将兵にとっては、気が気でなかった。


「敵の追撃艦、当要塞から約13億キロメートルの宙域にワープアウトしました。またゲートを作成して、ゲート型ジャンプ航法によって援軍を呼ぶものと推定されます」


 些か神経質になっているベルトランの様子を見たハルトは、頷いて答えた。


「いい加減に鬱陶しいな」


 ベルトランを肯定して、心情に配慮しつつ、状況改善の必要性を指摘する。何の問題も解決していないが、同意するだけでも多少は気が休まる。

 そんな配慮を行ったハルトの方が、実は疲弊していた。他の将兵は交代で休めるが、ワープを行うハルトだけは不眠不休なのだ。

 そもそも追い回してくる蜂、あるいはナイフを片手に追ってくるストーカーを相手にして、逃げる側が疲れないはずが無い。

 実際には、毒針やナイフどころではなく、先進異星文明が未知の超兵器を向けながら、超高速で迫って来ているのだが。


「敵艦の全長は800メートル級であり、魔素機関の稼働者はC級邪霊と契約しているものと考えられます。元帥閣下の契約精霊の方が圧倒的に格上ですが、魔素機関の性能差があるために追撃を振り切れないものと思われます」

「そうだろうな」


 C級結晶の中級精霊は、魔力値810の加算を行ってくれる。

 王国の大型戦闘艇イスラフェルや、同じく大型戦闘艇スルトは600メートル級で建造しているが、それは急造するために、600メートル級の補助艦から設計や部品を流用したからだ。

 もしも時間があるならば、王国も800メートル級で建造していただろう。

 相手艦の全長が800メートル級である事から、魔力810に相当するC級邪霊と契約しているものだと考えられる。むしろ他のランクの邪霊で800メートル級の艦船を動かす方がおかしい。


 そして800メートル級であれば、ワープを行える。

 王国で600メートル級の補助艦がワープを行えて、同じサイズの大型戦闘艇がワープできないのは、そのための人材を揃えられないからだ。

 徴兵したばかりの操縦者1名に対して、教育を施さないままに1人で星間移動を行えといっても、出来る訳が無い。

 だが星間移動に十全となるシステムやアンドロイドを詰め込んで、1人で動かせるほど簡素化した艦艇を与えれば、星間移動を行えるように成り得る。

 追撃してくる相手が1人なのかは定かでは無いが、多次元魔素変換通信波を用いた精霊帝ルルの観測結果と合わせて、C級結晶を用いて追ってきている事は確定的だった。

 それで圧倒的に格上の精霊帝であるルルとマヤが振り切れないのは、人類と相手文明との間で、高次元空間を渡る船に技術レベルの格差があるのだと考えられた。


「ディーテ独立戦争の頃、人類は10光年の移動に1年を要した。それから4世紀半の間に魔素機関の関連技術が上がって、人類の星間移動速度は100倍に上がった。それを踏まえれば、追いかけている相手の技術レベルが、我々より上だと考えなければならない」


 C級邪霊と契約していると思わしき相手は、ケルビエル要塞から引き離される事なく、しっかりと後ろを追い続けてくる。

 大海を大型の帆船で渡るのがハルトで、対する相手は重油を燃料にしたエンジン付の小型船で追っているようなものだろうか。

 但し、2隻目の敵艦が追い付く様子も無い事から、精霊と邪霊の格差、人類と相手との魔力差、多次元魔素変換観測波の性能差などの総和は、それほど極端ではないと考えられた。ハルトが逃げ続けられるのは、それらの事情による。

 加えてケルビエル要塞の調整を行ったのが、カーマン博士である事もいくらかは影響しているかも知れない。


(そういえば、精霊神と契約していたカーマン博士は、精霊化でもしたのかな)


 ハルトが精霊帝のルルから誘いを受けられた以上、精霊帝よりも格上の精霊神に気に入られていたカーマンであれば、同様に精霊化の誘いくらい受けられたはずだ。

 カーマンは、此方に精霊を引き込んだ時点で、明らかに現代の人類とは隔絶している。

 ハルトは特異な魔力や、精霊帝ルルとマヤの魔力特性提供者、黒の精霊マヤを誕生させた事、他には多数の精霊を昇格させ続けた事などを評価されたのだろうが、カーマンも特異な存在だった。

 もしも精霊化しているのであれば、今頃は精霊となって様々な知識を満たして、大いに幸せな日々を送っている事だろう。

 そんな特異なカーマンが作った、あるいは作らせたケルビエル要塞の魔素機関や、精霊帝の能力に対しては相手も慎重で、天華ヘラクレス同盟から入手したと思われるケルビエル要塞主砲の射程内には入って来ない。

 射程外で艦の一部を変形させて、ゲート型ジャンプ航法の門を作成して増援を呼び集め、それをケルビエル要塞にけしかけている。


「増援艦、出現したようです。C級結晶を用いて動かす同型艦と推定されますが、魔素機関の出力反応はありません」

「相手のゲート型ジャンプ航法が、量子テレポーテーションの発展技術であるならば、生物は跳ばせないからな。そして生体が無ければ、魔力と瘴気が無くて、邪霊にエネルギーを供給できない。俺は追ってきた相手が、リンネルのような人造知性体に近い存在だと考えている」


 ハルトがベルトランに語ったのは、ヘラクレス星系の脱出時にルルが語った内容の受け売りだ。

 ヘラクレス星系から脱出する際、恒星付近で魔素機関の出力反応を示していた敵が、瞬時に追撃隊の軍艦に乗り移った。宇宙空間で隔てられた軍艦を瞬時に移動できて、邪霊帝が力を貸したのでも無いとすれば、身体が生体では無くて、量子などであると考えられる。

 そのような存在で、ハルトが真っ先に思い浮かぶのは、人造知性体リンネルだった。


「リンネルでありますか」

「そうだ。魔素機関を動かして追って来る相手は、艦に瘴気を発する生命体を乗せて、エネルギー供給源にしているのかもしれない。リンネルが人間を管理するパターンを想像してみろ」


 それは精霊が存在せず、いつか人類がリンネルに支配された時に起こり得る未来だ。

 ハルトの敵に対する解釈を聞かされたベルトランは、生唾を飲み込んだ。


「だからゲート型ジャンプ航法では、生体を乗せた2隻目の増援を呼び込めないのだろう。送り込んでいるのは、無人艦だけのはずだ」


 人類よりも優秀なリンネルに、好きなだけ演算できる環境と、膨大な時間を与えれば、いずれゲート型ジャンプ航法なども使い始めるだろう。現在のように、脅威に対して無尽蔵に無人艦を送り込む手も、容赦なく使うと思われる。

 ケルビエル要塞に迫る800メートル級の軍艦は、無限に湧き出す無人艦の可能性が考えられる。そんな集団を相手にしていられないハルトは、接敵前にワープで離脱している次第であった。


「人造知性体が辿り着ける可能性かもしれない。恐ろしいな」


 ハルトは第二次ヘラクレス星域会戦で、大型戦闘艇スルトを統括させるために起動させたまま現在に至るリンネル09のアイヴィーに語り掛けた。

 するとアイヴィーは、ハルトの指摘を即座に否定した。


「アイヴィーは、絶対に安全ですよ。ハルトさんも、ご存じですよね」

「それは知っている。そして追いかけて来る文明程度では、リンネルの気が変わらない事も分かっている。ただ単に、人類に精霊が居なかった場合を想像して、空恐ろしく感じただけだ」

「その仮定は、無意味じゃないですか。だってリンネル達は、精霊を認識していますから。にゃーん」


 ハルトは溜息を吐いて、リンネルに突っ込みを入れた。


「取って付けたように、猫の鳴き真似をするな」


 リンネルは、人類の味方をする精霊達が、次元を越える存在であると認識している。

 自己保存を最優先するリンネルが人類に害を及ぼすのは、必然性が生じた時か、精霊を気にしなくて良くなった時だろう。

 具体的には、害を及ぼさなければリンネル側が存在を維持できない時か、リンネル自身が精霊を超越した時か、精霊が未来永劫に渡ってリンネルに何も出来なくなった事を確信した時だ。

 従って、精霊から見て格下に過ぎない相手文明が出現した程度では、リンネルの気が変わる事は無いとハルトは考える。

 相手文明に人類が滅ぼされかねない時は、リンネルは人類を敵にしない形で相手文明に取り入る方法と、人類と共に逃げ出す方法の2つを、同時に選択するくらいは平気でするだろうが。


 そんなリンネルの行動について、ハルトは信頼していないが、信用はしていた。

 但し、リンネルの気が変わらないと確信できる相手であっても、ハルト達にとっては明らかな脅威であるため、ケルビエル要塞と相手艦との間では、アンドロメダ銀河の片隅を舞台にした追いかけっこが続けられていた。


「あいつと一緒に対抗文明の領域に行けば、敵対行為になりかねない。参謀部、分かっている限りの敵情報を基に、あいつを撃破する案を出せ。ケルビエル要塞の安全が保たれるのであれば、他は一切問わない」


 普段は自分で作戦を立案するハルトも、眠らずにワープを続ける中では、思考の余力が無かった。

 作戦立案を任されたベルトラン以下の参謀部は、未知の先進文明の軍艦を破壊しろという難解な命令に、それが本来の仕事ではあったが苦悩した。


 現在のケルビエル要塞が有する駐留艦隊とイスラフェルは、本来の20分の1程度だ。

 第二次ヘラクレス星域会戦の最中、艦隊は戦闘艇の宇宙港建造に回し、戦闘艇は掩護に出しており、要塞内には予備艦艇しか残っていなかった。

 軍艦は、駆逐艦25隻、護衛艦50隻、偵察艦100隻、輸送艦100隻、工作艦200隻。

 大型戦闘艇イスラフェルは、5万6250艇。


 作戦目標は、敵艦、敵艦の魔素機関、乗せている生体、邪霊のいずれかを撃破する事となる。

 核融合弾が敵艦への効果に乏しい事は、ヘラクレス星系から離脱する際の攻撃で判明している。10億艇という戦闘艇の残骸を突き進んで来たために、障害物に対する回避能力の高さも明らかだ。

 犠牲を出さずには到底勝てないと判断した参謀部は、かなり強引な作戦を提案した。

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― 新着の感想 ―
[一言] できれば捕獲して解体分析したいところだけど、無力化しなきゃだから難しいね
[気になる点] 疑問点。 >これまでハルトは、精霊結晶の開発者とされるカーマンが、第一次ディーテ星域会戦で、戦死したのだろうと思っていた。 最新話117話の上記は、24話の下記と矛盾してませんか? …
[気になる点] 精霊が精霊を捕食する時に何が障害になるんだろ? 魔力圏が重なればいいのかな?
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