111話 争奪戦
アポロン星系の攻略に失敗した大泉の支配者層は、惑星アルカイオスの衛星軌道上に浮かべた大型スペースコロニーに住んでいた。
スペースコロニーは、安全性が低くて運用コストも嵩む。事故が起これば惑星に多大な影響を及ぼす事から、王国では入植初期と他星系への移民過渡期を除き、殆ど運用が認められていないほどだ。
そのような場所へ住まざるを得なかったのは、戦争に負けて故郷を破壊された支配者層に対する一般人の怒りが向かってくる事が懸念されたためだ。
天都のユーエンが天都星系に住ませない代わりに提供したスペースコロニーは、高さ200キロメートルの円柱型で、中には蜂の巣板のような、多階層の多目的施設が入っている。
エネルギーは恒星光発電で、資源の大半はスペースコロニー内のリサイクルだ。
円柱の周りには、リング状の多目的宇宙港が取り巻いており、軌道エレベーターのような多数の柱が両施設を繋いでいた。
天華陣営は、残り1体の邪霊王を有している。スペースコロニーは、王国の星系を奪い取るか、新星系に領域を作った際に移民するまで運用される予定だった。
その日、大泉のウンランはスペースコロニーの中央司令センターから2ブロック離れた自らの居住スペースにて、睡眠中だった。そこに端末のアラートが鳴り響き、ウンランは夢の世界から叩き起こされたのである。
端末を手繰り寄せて起動させたウンランは、手っ取り早く、自らの契約精霊マリエルに問うた。
「状況は!?」
『王国の精霊が、領域の外側にある1光日の宙域に到達。そこで持ち込みのエネルギーを使って、疑似領域を展開して、転移門を生み出したよ。邪霊が契約者に伝達中。ウンランの端末のアラートは、あたしが鳴らしたの』
つまり邪霊達が、自発的に警告を発した事になる。
持ち込みのエネルギーや疑似領域など、聞き捨てならない言葉が次々と飛び出してくる中、ウンランは疑問を棚上げして最優先事項に取りかかった。
「そうか、分かった。私の名前で、第一種実戦配備の発令を出してくれ」
『良いよ。それとこれは、アポロン星域会戦の再来と思ったら良いかも。ジルケ様の領域内でも、相手は対抗できるから効果は限定的。だから居住惑星に近付かれる前に、早期迎撃した方が良いよ』
ウンランが着替える僅かな間に、マリエルはウンランの名前を使った様々な命令を大泉軍に流していった。
天都とヘラクレス首脳部に緊急通報を命令。
王国軍の想定規模と、迎撃部隊の発進命令。
さらにヘラクレス星系内に、6つの転移門の入り口を増やして、侵攻してきた王国側に向かい合う形で転移門の出口も作り、戦闘艇を送り出すようにとの命令を出した。
『普通に展開すると間に合わないから、ジルケ様にお願いしたよ』
マリエルが依頼して作り出させた6つの転移門は、天都星系と繋がっている転移門の正面、建造施設の係留所、スペースコロニーの傍に1ヵ所ずつ。そして戦闘艇の宇宙港に3ヵ所だった。
6つの転移門を使って送り出すべく戦闘艇は、ヘラクレスと天都の両星系で合計10億艇に及ぶ。
それだけの数が量産されていたのは、アポロン星域会戦以前の計画で、邪霊王2体を用いて王国2星系に転移門を繋げて、侵攻する計画があったためだ。
もっとも天華の戦闘艇は全長120メートルで、イスラフェルの全長600メートルと比べて体積が約16分の1、戦闘力は10分の1しかない。
アポロン星域会戦と同様に、魔素機関の出力異常効果を得られないのだとすれば、天華の10億艇はイスラフェル1億艇と互角の戦力でしか無かった。
『あとは頑張ってね』
まるで他人事のようにマリエルが締め括った直後、ウンランはスペースコロニーの中央司令センターに駆け込んだ。
王国と同盟が生み出した転移門の中間宙域で、目に優しくない爆発光が、無数に瞬いては消えていた。
無数は些か大げさで、王国側の第一陣である1億6413万艇の大型戦闘艇スルトと、天華側から発進する10億艇規模の戦闘艇ユンフーとが、最前列から順番に潰し合っているに過ぎない。
それでも接敵した全域で爆発光が輝くために、両軍の正面は白い雲で覆われたように、真っ白に染まっていた。
バラバラに動くよりも、整然と並んで有利な射程で潰していく方が遥かに効率的だ。リンネルのAIが支援するスルトは、密集隊形で突入する重装歩兵の如く、同盟の戦闘艇を蹂躙していった。
『第一次攻撃隊、敵と交戦中。6つの星系軍と敵は、上下左右に広がり続けており、交戦宙域は2億キロメートルを超過しました。魔素の嵐による通信障害が頻発しており、総司令部からの戦闘指揮にも支障が出ております』
「現場の指揮は、各指揮官に判断させろ。作戦目標は、敵を殲滅する事だけだ。何も迷う必要は無い。目の前の敵を殺せと命じろ」
迎撃開始が想定外に早く、王国側は準備していた核融合弾の発射施設の展開が間に合っていない。その上で正面から突撃する以上、迎撃側との単純な潰し合いになるのは不可避だった。
既に数百万艇のスルトが爆散しており、それに8倍する天華戦闘艇ユンフーも残骸と化している。戦闘宙域には、戦闘艇の残骸が吹き荒れており、物理的な脅威を避けるために両軍が上下左右へと広がり続けていく。
リンネルを組み込んだ大型戦闘艇スルトと、敵ユンフーとの戦力評価は12.5倍差である。
いずれも半素人の操縦者であり、王国側が評価未満の戦果しか出せない理由は、領域が相手側に優勢である事を示しているものだと推察された。
そして厄介な事に、同盟側は転移門の位置を少しずつ後退させていた。
敵を追いかける王国側は、残骸の中を進んで、損害を出さざるを得ない。
『ルル、このまま戦闘を継続したとして、精霊神の精霊結晶は、敵星系に辿り着くまでにどれだけ消費しそうだ』
『パパの戦い方次第です。グランマだけがエネルギーを補充できるので、長期戦になるほど不利ですよ。だから後続の部隊も全部出して、短期決戦をお勧めします』
自分次第だと指摘されたハルトは、その通りだと大いに納得して恥じた。
短期決戦してしまえば良いのは道理で、精霊や邪霊は、契約者が居なければ此方に干渉できない。
いかに邪霊帝が強大でも、同盟側の戦闘艇を排除して惑星アルカイオスを破壊して無人星系化すれば、瘴気というエネルギー供給を断たれて、領域を維持する価値が無くなる。
直接契約者のイシードルが没した後は、勝手に引き上げる事も有り得るだろう。
ハルトは直ちに通信装置を操作して、全軍に命令を下した。
『司令長官アマカワ元帥より、全軍に命ず。第二陣以降も直ちに参戦して、短期決戦で敵を叩き潰せ。当星系の領域は、敵側の手にある。敵の出力異常効果を、無限に妨害できるわけでは無い。妨害効果があるうちに、敵を殲滅しろ』
頻発する通信障害の中、何度も繰り返し送られたハルトからの命令を受け取った6軍は、各々の隷下にある第二陣のイスラフェルに参戦を命じた。
爆発光に向かって、等速で流れ始めた6つの光の濁流は、大海に流れ込む6つの大河をハルトに連想させた。
注ぎ込まれる光の濁流は、死の海で操縦者達を溺死させている。
拡大投影された映像には、整然と突き進む死神達の黒い影が、爆発光に浮かび上がっていた。
普段から星系防衛を担い、大型戦闘艇スルトよりも遥かに熟練したイスラフェルの操縦者達は、訓練の成果を遺憾なく発揮して、同盟側の未熟な操縦者達を押し潰していった。
スマートに撃ち取れず、強引に押し潰す形となってしまうのは、イスラフェルの数が多すぎるためだ。各方面で3000万本ずつの主砲による一斉射は、撃たれた宙域の敵にとっては、何処に逃げても避けられない光の滝であろう。
そしてハルトは、現状の戦い方を推奨した。
『戦闘宙域の全域で、我が軍が圧倒的に優勢です。戦線は横から前にも広がりつつあります』
「このまま押し込め。戦闘艇を注ぎ込んで、敵の対処能力を飽和させろ」
膨大な戦力を敵に正面から叩き付ける以上、敵が出す戦力との潰し合いになる事は、最初から織り込み済みだった。
イスラフェルが参戦した戦場では、王国軍が進む分だけ、押された同盟側は後退せざるを得ない。然もなくば、大型戦闘艇の群れに呑み込まれて圧殺されるからだ。
両軍の戦場は、恒星系内へと強引に押し込まれていった。
第三陣となる貴族軍は、様々な動きを見せていた。
ハルトが全軍に攻撃を命じており、通信障害が頻発中のために、裁量権を持たされた現場の判断に差が出たためだ。
参戦している両王子のうち、第一王子ベルナールは、第二陣の後詰めとなって、王国軍の戦力が薄い部分を補っていった。彼自身は直接的な戦果を挙げていないが、自軍を適切に投入して、堅実に全体を支えさせている。
一方でジョスランは、高速の部隊で敵の側面に回り込んで、敵味方の交戦宙域から外れた敵の後続側に向かって、長射程の要塞や艦隊主砲で安全に戦果を挙げている。ジョスランの新たな武勲章の獲得は、ほぼ確実な状況だった。
総司令官の立場で考えれば、ベルナールの動きが正しい。
だがジョスランが参加しているアルテミス星系方面軍は、タクラーム公爵家が持ち込んだ軍勢が多くて、ベルナールのアテナ星系方面軍と同等程度には陣形の薄い部分が補われている。
自分が正しいと思えば頑固なのがベルナールで、分かり易く実利を選択するのがジョスラン。そしてジョスランに不足する部分を、タクラーム公爵やリシンが補っているのだと見なした時、ハルトには不意に次王の姿が脳裏を過ぎった。
タクラーム公爵家の装置という問題は残るが、次王についてはチームとして総合力の高いジョスランになる事が、妥当な選択だと思わざるを得なかった。
「ジョスラン王子が次王になりそうだが、ベルナール王子の動きは堅実だった。これで決まるのだとすれば、両王子は個人の優劣では無く、性格の違いが影響したと証言しよう」
ハルトが視線を向けた先に居たクラウディアが、苦笑を浮かべた。
第二代国王に戴冠するはずだったクラウディアの祖先、初代コースフェルト公爵は、王国の未来のために弟に王位を譲り、王国民を率いて星間移民を実現させた。
王国初の星間移民に比べれば楽かもしれないが、自ら損をして、王国民のためになる事をしているのであれば、クラウディアの意に沿う。彼女は言葉に出しては語らなかったが、ハルトの意見には賛同している様子だった。
数による強引な力押しで進み始めた王国軍は、自軍の犠牲に比して約8倍の敵艦艇を倒す戦果を挙げながら、惑星アルカイオスに向かって進み続けた。
撃墜対被撃墜比率が落ちているのは、追撃する王国軍が、高速で飛び交う残骸の中を進んでいるためだ。
破壊された両軍の戦闘艇が、残骸として宙域で地雷の嵐になっている。シールドが万全では無い以上、直撃を受ければ損害を被らざるを得ない。
それでも圧倒的な戦力を投入した王国側は、同盟側の戦闘艇を蹴散らしながら、恒星ヘラクレスまでの約260億キロメートルを時速2億キロメートルで進み続けた。
『当要塞の周辺宙域に、敵の転移門らしき反応が一瞬だけ発生して、消滅しました』
通信士官から報告を受けたハルトは、ルルが干渉して打ち消したのだと確信した。
祖母の1人であるらしき邪霊帝が行える事は、ルルも行える。より正確には、邪霊帝が行った事を見て、やり方を学習して、即座に妨害しているらしくあった。
王国軍艦艇の魔素機関に発生している出力異常には、あまりリソースを割かずに、致命的な事にだけ徹底的にエネルギーを使って対処している。
ハルトはルルの方針についても是認した。
「邪霊帝の干渉は、基本的に味方の精霊が防ぐ。だが、早期決着が肝要だ。戦闘艇の犠牲に構わず、このまま力尽くで、敵星系まで一気に押し進めろ」
王国側は大軍であるが故に、疲労度が増した部隊は最前線から下げて、自動操縦で操縦者を休ませながら進撃する事が叶った。
一向に進撃速度を落とさない王国軍は、やがて数千万艇の犠牲と引き替えに、ヘラクレス星系から約50億キロメートルの距離に到達した。