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110話 必殺の矢

 ケルビエル要塞は、マクリール星系からヘラクレス星系まで250光年という距離を、僅か半月で駆け抜けた。

 それも直進したのでは無く、銀河基準面の天頂方向から大回りして、天華側の索敵網を迂回し続けながらである。

 高次元空間の案内役を務めたのは、ミラから『お肉を素材に作った』と称された白の精霊ルルと、『野菜を素材に作った』と称された黒の精霊マヤだ。

 いずれも精霊帝ミラの力を受け継いで誕生し、火星では精霊神のエネルギー結晶体から2割ずつの力を得て、特異な精霊帝に至っている。

 まるでステップを踏むかのように、高次元空間を軽やかな足取りで進んでいく彼女達に注意を促したのは、彼女達の契約者ハルトだった。


「攻撃には、効果的なタイミングがある」


 人間形態になりながら、キョトンと首を傾げる白黒の精霊達に、ハルトは説明した。


「身構えた敵を倒すのは難しい。なぜなら相手は、攻撃に即応するからだ。防御、回避、反撃、逃亡、あるいは増援を呼ぶ。だが、こちらを認識しておらず、身構えていない相手であれば、不意打ちを行える」


 ナイフを片手に正面から迫ってくる人間が居れば、危機感を抱いて身構えるだろう。だがナイフを隠し持った相手に、後ろから突然刺されれば、防ぎようが無い。

 不意打ちされた側は、第一撃を防げず、対応もワンテンポ遅れる。すると攻撃側は初手で失敗しても、第二撃を行い、あるいは逃げ出す事が出来る。

 すなわち攻撃の効果的なタイミングは、不意打ち出来る瞬間だ。

 ハルトが火星を用いて新たな精霊王を生み出した事は知られているだろうが、常識的に考えれば精霊王1体では、邪霊帝が居るヘラクレス星系に侵攻するとは考えられない。

 侵攻を想定していなかった人間側は、対応が遅れる。


 もっとも、不意打ちだけで確実に敵を倒せるとは限らない。

 敵を倒す側には、敵を倒せる手段と、それを活かせる実行者が必要になる。

 今回に当て嵌めれば、手段として、敵に勝る戦力と、邪霊帝を抑え込める精霊帝。実行者として、味方の全てを統率できるハルトが必要だった。

 さらに作戦の成功率を高めるために、大型戦闘艇スルトや戦略衛星を量産し、補助AIにリンネルを入れて、共和国民を志願兵に組み込んでいる。

 実質的に天都のみとなった天華と、最近まで星間航行技術を遺失していたヘラクレスは、王国8星系との正面からの潰し合いには抗しきれない。

 そしてハルトは、さらに一手を加えた。


「不意打ちは二重に行う。敵側は、こちらが精霊帝2体だとは知らない。最初はルルだけで攻撃して、効果的なタイミングでマヤを参戦させる。ルルと向かい合った邪霊帝を後ろから刺し殺す作戦だ」

『パパの作戦、ルルは効果があると思いますよ』

『それならマヤは、隠れますね』


 かくしてケルビエル要塞は、行程の半ばからルルのみが高次元空間の案内役となって、ヘラクレス星系から1光日の宙域まで到達したのであった。


 精霊帝や精霊王が生み出す領域は、恒星から1光日の範囲内に及ぶ。

 精霊達の力とは無関係に領域が1光日である理由は、恒星の魔素が届く範囲が大凡1光日だからだ。

 領域を展開した精霊達は、領域内の魔素や瘴気を浄化して、自身が使えるエネルギーに変換して糧としている。つまり領域を1光日よりも広げても、何のエネルギーも得られない上に、領域の維持にエネルギーを消費してしまう。

 従って精霊の領域は、1光日の範囲内となるのだ。

 恒星ヘラクレスから約1光日の宙域にケルビエル要塞が到達した直後、ルルは精霊神の精霊結晶を使って、白い転移門を生み出した。


『領域の外側に転移門を作れば、邪霊帝でもルルの邪魔は出来ませんよ』


 ケルビエル要塞から前方へ約2000万キロメートルの宙域に、アポロン星系と繋がる白色の輝きが1つ、爆発的な勢いで広がっていく。

 邪霊帝の干渉を受けていない転移門の大きさは、直径3000キロメートルほどで安定した。

 ディーテ星系に存在する2000キロメートルの転移門よりも大きく、民間船が行き来せず、基本的には王国側からの一方通行であるために、大軍を一度に引き込める。

 渦巻く宙域の中心部からは、ミラの属性である緑色の光球がこぼれ落ちており、転移門がアポロン星系に繋がった事をハルトに確信させた。


『予定通りに、ママの精霊界とだけ繋ぎました。ちょっと節約です』


 ルルは領域を作らず、精霊神の精霊結晶だけで転移門を維持している。

 王国には8星系があるが、8個の転移門よりも、1個の転移門である方がエネルギー消費量は少なくて済む。予めアポロン星系に王国軍を集結させていたハルトは、転移門の発生を確認すると直ちに命令を発した。


「コースフェルト中将、アポロン星系に連絡艦を出して、侵攻部隊を呼べ。カーン少将は、イスラフェルを直掩艇に出して、味方が来るまで要塞を守らせろ。最長でも2時間ほどで、大規模な敵が来るぞ」


 ハルトが天華ヘラクレス陣営であれば、ヘラクレス星系の領域内でケルビエル要塞から最短の宙域に、転移門を作らせる。

 作らせた転移門からは、天都星系の戦闘艇を迎撃に送り込むのだ。

 ヘラクレス星系の戦闘艇は、転移門で天都星系に移動させた後、天都星系からヘラクレス星系に戻せば、既存の方法でも移動をショートカット出来る。

 相手は邪霊帝であって、昇格から間もない精霊帝ジャネットに可能な事は全て出来るとハルトは考えている。

 ハルトの命令を受けた艦隊司令官のクラウディアと、戦闘艇部長のアロイスは、直ちに出撃を命じた。


「第01偵察小艦隊、緊急発進。前方の転移門へ突入しなさい」

「イスラフェル、全艇発進。当要塞から半径1億キロメートルの宙域に展開して、対宙防衛戦を開始しろ」


 クラウディアが号令した直後、要塞から30隻の偵察艦が加速状態で飛び出して、魔素変換光を輝かせながら、前方宙域の白い転移門に突入していった。

 同時に要塞の艦艇発進口からは、112万5000艇のイスラフェルが続々と飛び出して、56個の塊となりながら周辺宙域に幅広く展開していく。


 これからは時間との勝負だ……とは、ハルトは思っていない。

 王国は敵に先んじて、転移門を開く事に成功した。アポロン星系では突入準備も済ませている以上、王国側の方が早く宙域に展開できる。

 直接ワープが出来ない天華の戦闘艇は、王国軍の大軍勢を跳び越えてケルビエル要塞に直接攻撃を仕掛ける事は叶わない。

 従ってケルビエル要塞は、展開する王国軍に守られながら転移門を維持し続けて、数億の軍勢をヘラクレス星系から1光日の宙域に揃えられる。

 敵を上回る大軍の整然たる展開こそが王国軍の初手であり、不意を突かれた天華ヘラクレスの同盟は、為す術も無く直撃を受けたのであった。


「問題は、何をするか分からない邪霊帝だな」


 ハルトが一抹の不安を抱く中、要塞司令部のメインスクリーンに映し出されている転移門から、魔素変換光で輝く王国軍艦艇の洪水が溢れ出してきた。

 出現した艦艇は、マクリールと深城を除く6星系と、元フロージ共和国民が動かす大型戦闘艇スルトとで7つの軍団に分かれており、それぞれ大将級の艦隊司令官を司令官に充てている。

 転移門の正面に、1億6413万艇の大型戦闘艇スルト。

 そして転移門を中心とした六角形の頂点6ヵ所に、6星系から送り込んだイスラフェル3000万艇ずつを主力とした王国軍を配して、その後ろに王国艦隊と貴族艦隊を展開させる。

 第二次ヘラクレス星域会戦は、王国軍が投入する大型戦闘艇だけで、4億艇を上回る人類史上最大の軍事作戦となる。

 既に戦争は、星系争奪を目的とした資源獲得競争から、互いの絶滅を懸けた生存競争へと移行していた。

 艦隊の展開が始まってから、僅か20分。

 王国軍の前方2億キロメートルの宙域に、精霊帝ルルが発生させたのでは無い白い転移門が、大小の六芒星を重ねるように6個、突如として出現した。


『敵の領域内に、転移門の発生を確認。展開中の艦艇から約1億キロメートル。至近距離です』


 通信士官からの報告を受けるまでも無く、ハルトもスクリーン越しに、転移門の発生を目の当たりにしていた。

 そして想定していたよりも、遥かに早い迎撃態勢の立ち上がりと、特異なルルと同じ白色の転移門を生み出した敵に、強い警戒感を抱いた。

 一方で敵方の白い転移門を目撃したルルは、猫のように目を爛々と輝かせ、口元に僅かな笑みを浮かべながら所感を述べた。


『ルルを誕生させたエネルギーの核は、ママが吸収した邪霊王です。邪霊王を生み出したルルと同系統の邪霊帝は、もう一人のグランマになるのかもしれませんね』


 相手が、同系統の祖母だというルルの発言に、ハルトは思わず息を呑んだ。

 そして相手の脅威度を改めつつ、自分の娘を自称するルルに言い聞かせた。


「子孫を残す生物は、世代ごとに進化していく。ルルは邪霊帝の力に加えて、精霊帝ミラから魔力と経験、俺からも特異な魔力を受け継いで、火星では精霊神のエネルギーまで得ている。相手が祖母の1人程度なら、圧倒的に優れたルルの勝ちだ」


 相手の転移門に視線を向けていたルルは、ゆっくりとハルトの方に向き直って、見定めるような眼差しを送った。

 低次元生命体の主張を疑う気持ちも、少なからず混ざっているのでは無いかと予想しつつも、ハルトは言葉を重ねる。


「精霊神が単体で完璧なら、新たな精霊を増やす必要は無い。出来ない事を補う必要があるからミラを作って、ミラが目的を達成するためにルルを生み出した。祖先の足りない部分を補えるルルは、マヤとは方向性が違うだけで、才能はマヤと同じだ。もちろん邪霊帝よりも、遥かに上だ」


 ルルの瞳に、興味の色合いが強く出た事を直感的に感じ取ったハルトは、押し切って言い放った。


「ルルには、精霊神のエネルギー結晶体もある。この後の天都星系は気にせずに、全て使い切っても良い。古い世代の連中に、世代交代の時が来たと教えてやれ」


 ハルトの無茶苦茶な説得に、ルルは子供らしい無邪気な笑みを浮かべた。


『パパは、低次元生命体として消えてしまうのが、惜しいですね。もし良かったら、天命が尽きる前に魔力を回収させて下さい。ルルは特異な精霊帝ですし、パパとは魔力の相性も凄く良いので、自意識も残せます』


 ルルの誘いが何を意味するのか、ハルトは乙女ゲーム『銀河の王子様』の知識で知っていた。精霊による魔力の回収とは、精霊化の誘いだ。作中における悲惨なバッドエンドの救済として、エピソードの一部で行われていた。

 単純に死を迎える事と、死後に精霊になる事とを天秤に掛けたハルトは、精霊も悪くないと考えて保留した。


「精霊化か。娘の誘いなら悪くはならないだろうし、考えておこう」

『もちろん特別扱いです。それでは否定されない限り、魔力の回収を予約しちゃいますね。さてさて、気分も良くなったところで、グランマに世代交代の時が来た事を、分からせてあげましょう』


 前方宙域に視線を向け直したルルは、紫の瞳を見開くと、僅かに口を開閉させながら何事かを呟いた。

 直後、王国側の転移門の周囲6ヵ所に、新たな転移門が6つ発生した。

 それらは邪霊帝が発生させた6個の転移門に向かい合っており、ケルビエル要塞側が観測した直後には、それぞれが最初に繋げた転移門と同じ速度で、アポロン星系側から転移してくる王国軍艦艇を吐き出し始めた。

 先程のルルが行った口の開閉について、ハルトは転移門で繋がるミラにメッセージを送ったのだろうと想像した。おそらくアポロン星系側でも、送り出す転移門が7つに増えたか、巨大化しているはずである。


『前方宙域に、新たな転移門の発生を確認しました。我が軍の艦艇がワープアウトしています!』


 要塞司令部の通信士官が、彼にとっては最速の報告を上げる。

 荒々しい報告を聞き流したハルトは、司令官席の装置を操作して、出現する敵と向かい合う形で展開していく全軍に通信を送り始めた。


『司令長官アマカワ元帥より、全軍に告ぐ』


 未だ全軍が展開したわけでは無いが、既に敵の戦闘艇が迫っていた。

 両軍の転移門が向かい合う2億キロメートルの距離は、時速2億キロメートルの戦闘速度で進めば、僅か1時間で接敵に至る。

 転移門から一定の宙域には、味方の宇宙港や、ミサイル発射施設などを展開しなければならず、乱戦宙域には出来ない。


『第二次ディーテ星域会戦の折、前王陛下は大泉のウンランに向かって、必殺の矢を放ったと宣告なされた。必殺とは、必ず殺すと書く。そして我々は、殺すと言った以上、必ず殺す』


 ハルトの右手が静かに上がり、正面スクリーンに映る敵に向かって、勢い良く振り下ろされた。


『この宇宙に、王国の敵を生かしておくな。1人残らず殺し尽くせ。全軍、突撃しろ』


 ハルトは画竜点睛を欠くことなく、自身が取り得る全ての手を打って、最大限に振り絞った必殺の矢を敵に射掛けた。

 そして殺意が注ぎ込まれた数億の矢は、魔素機関の変換光を最大限に輝かせながら、王国の敵に向かって突き進んでいった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公のTS予約1丁入りましたー!
[良い点] 毎日投稿、残り3話楽しみだし、嬉しいなぁ。 今回も面白かったです。 [一言] 過去話読み直して来ましたが、引き付け戦術をヘラクレス側、天華側は取るみたいだが、邪霊神とかも使えてるとなると二…
[良い点] 連続更新ありがとうございます。 [気になる点] 精霊と人造知性体と人間の関係について 精霊がリンネルを敵視する理由。邪霊への進化説あるか? 低次元生命体が精霊に自力で昇格する場合と魔力の回…
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