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108話 決戦準備

 ヘルメス星系への移民政策が軌道に乗った王国では、同盟との最終決戦に向けた準備が進められていた。


『決戦において、戦力の逐次投入を行ってはならない』


 これはランチェスター戦略方程式から導き出された軍事上の常識だ。

 常識を無視した末路としては、大泉星域会戦が記憶に新しい。迎撃戦力を出し惜しんだ大泉の迎撃艦隊は、王国軍に各個撃破されて、最終的に居住惑星を破壊された。

 戦力を送り出す際には、もちろん防衛戦力や出費も考えるべきだが、戦場で敵と戦う際には戦力が多い方が良いのは鉄則だ。

 従って、総戦力が不明瞭なヘラクレス星系への侵攻を控えた王国では、敵側の防衛戦力が絶大だと見積もった上で、動員可能な最大戦力を掻き集めていた。


「そもそも敵側の戦力は、どの程度あるのだ」


 正確な数字など出せるはずも無いが、想定しない訳にもいかない。

 軍務尚書エリオット・バーンズに問われたハルトは、天華ヘラクレス同盟陣営が生産できると考えられる邪霊結晶の総数から、敵の戦力を大雑把に予想した。


「敵の邪霊帝が生み出せる邪霊結晶を、王国と同等と見なした場合、戦闘艇を動かせる邪霊結晶は10億個くらい配備できると予想します。もちろん邪霊結晶を装着する操縦者と戦闘艇も揃えられるはずです」


 ハルトの予想は、バーンズを沈黙させるには充分だった。

 天華が邪霊結晶の入手に目処を付けてから、既に1年以上が経っている。天華最大の天都星系が無傷である以上、戦闘艇ユンフーを大量生産するなど造作も無い。

 生産数が多くとも、戦闘艇は星間航行能力のような高度な機能は有していない。構造は単純な兵器であり、銃の製造工場で光線銃を量産するように大量生産が可能だ。

 そして資源については、天都星系の天体数個を使えば足りる。

 しかもハルトが、ケルビエル要塞で大泉星系と本陽星系を蹂躙した後、天都星系にも侵攻した事で、危機感を覚えた天都では戦闘艇の量産は至上命題になっていたはずだ。

 人間に関しては、大泉と本陽で発生した難民が数十億人も居るので、王国よりも簡単に集められる。

 居住星系を破壊されて、職と財産を失った難民達は、自分と家族が生きていくためには職業選択の余地が無いのだ。戦闘艇に乗れば家族を養えると言われれば、応じざるを得ない。

 天都にとって、大泉と本陽は同じ天華人民だが、数百年前には他星系に分かれた他国民でもある。自国の安全のために、他国民に厳しい扱いをする必要があれば、国家として行うだろう。

 これだけの条件が揃っており、王国に技術レベルが劣らない天華が、防衛に必要な戦闘艇を揃えていないはずが無かった。


「最後の母星を背にした戦いは、後がありません。動員できるだけ動員するでしょうし、戦闘艇も作れるだけ作るでしょう。そして放置すれば、邪霊結晶は増えていきますし、いずれイスラフェルに近い大型戦闘艇も開発されるでしょう」


 バーンズの確認に、ハルトは確信を以て答えた。

 1年程度でイスラフェルに対抗できる大型戦闘艇の開発は出来ないだろうが、敵である王国側に見本があって、本陽星域会戦で帰還できなかったイスラフェルも入手したはずだ。数年も経てば、似たような戦闘艇が投入されるだろうとハルトは考える。

 現状では大型戦闘艇を用意できないので、戦闘艇の能力は低いままだ。

 その代わりに、戦闘艇を稼働させるために必要な邪霊結晶はC級ではなく、等級が低くて量産が容易なD級で済む。質が落ちる分だけ数は増えるので、配備できる総戦力は、全く下がらない。

 戦闘艇の性能が低くなれば、従軍者数と戦死者は増えるが、大泉と本陽の難民は数十億人も居るのである。

 バーンズが想像したのは、会戦後にヘラクレス星系を漂う10億の墓標だった。




 近未来に敵星系で実現させる地獄について、王国軍は準備に余念がなかった。

 王国は、元々4000万艇ずつのイスラフェルを6星系に配備していたが、そこから3000万艇ずつを引き抜いて、決戦用の戦力とした。

 また廉価版の大型戦闘艇スルトを量産して、リンネルのコピーを組み込み、深城系の王国民を含めた操縦者を追加で掻き集めた。

 さらに戦略衛星も、量産された。深城星系に浮かぶ大量の天体に魔素機関が取り付けられて、転移門からディーテ星系に送り込まれて、改造されていった。

 消費する資源量は膨大だが、無人の戦略衛星は戦死者を出さず、いざとなれば敵の惑星に突入させられる。有れば有るだけ良いと判断された結果、30個もの巨大な天体が、同時進行で改造されていった。

 8星系には防衛用の戦略衛星も合計12個が配備されていたので、それらを合わせた戦略衛星の投入可能数は42個となる予定だった。


 そして最後の一手として、元フロージ共和国民の一部を組み込むミラベルに、ハルトから提案が持ち込まれた。

 それは共和国民から、大型戦闘艇スルトの操縦者を募集する内容であった。

 対価として王国は、志願者1名に対して、その家族など最大8名をヘルメス星系に受け入れる事、家族達には生活再建資金として合計4000万ロデを渡す事、ヘルメス星系に無償で家を用意する事を示した。


「精霊結晶があれば魔素機関を動かせる。従って、本人が自発的な意志で志願するのであれば、老人でも良い」


 子供や孫のために志願する者は、それなりに居ると考えられる。

 天華ヘラクレス同盟が行うと予想した徴兵と同様の類いであるが、新星系に移民させる際に生活再建資金や、居住地を渡す名分が立つし、中立であった共和国民が王国のために戦う事で、志願兵の家族が王国民に受け入れられる下地も作れる。

 提案を受けたミラベルは、細目でハルトを見詰め返した。


「志願兵は、王国民の犠牲を減らすための使い捨て、ですわよね」

「有り体に言えばそうなる」


 物事の根幹を捉えた指摘に対して、ハルトはユーナの弟妹に対する再教育が行き届きすぎたのではないかと、内心でケチすら付けた。

 置かれた環境が特殊だったせいか、ミラベルには達観したきらいがあって、ハルトが中等部3年生であった頃の同級生達と比べても、思考力や洞察力が抜きん出て高い。

 惜しむらくは、ミラベルが王位継承の魔力に満たなかった事だろう。性格的にはユーナよりも女王に向いているとハルトは考えるが、王級魔力者ではないミラベルは、ディーテ王国の国王には決して成れない。


「これは任意だ。共和国は、天華とヘラクレスの同盟に3星系を破壊された。居住惑星と共に家族を殺されて、復讐したいと願う者も居るだろう。嫌なら志願しなくても、アルテミス星系で最低限は生きていける」

「お義兄様、意地が悪いですわよ。家族の人生を考えれば、拒否権など有りませんでしょうに」


 アルテミス星系における最低限の生活とは、王国民では無いために土地を購入する権利を持たない彼らが、土地の賃貸料を払いながら、不安定な労働者として働き続けるというものだ。

 王国領内であるために、王国が領有権や司法権を主張するのは当然の話であるが、彼らには王国の社会保障も適応されない。

 王国の食料生産能力は高いために、彼らは餓死こそしないが、自分達の星系で暮らしていたような制限の無い生活は望めない。

 ミラベルは領民の選択について、大前提を確認した。


「彼らを受け入れるわたくしにも、計画があります。わたくしは、元共和国民の魔力者、高度な教育や技術を有する者、若い子連れの夫婦など、生産性や将来性を期待できる領民を最初に選択するつもりなのですけれど」


 一体どのように保障してくれるのかと問うミラベルに、ハルトはミラベルに向けた条件を提示した。


「志願兵が1億人以上集まれば、女王陛下はヘカテー伯爵の戦争貢献に対して、侯爵への陞爵で報いられる。つまり伯爵の力でやろうとしていた事を、侯爵の力で行えるようになる」


 ミラベルが拒否した場合、伯爵家が受け入れられる領民は2億人であり、マクリール星系のように領民の権利を制限しても、4倍の8億人が上限だ。難民の移動に制限は無いが、たった1つの伯爵領に80億人が集まることは不可能である。

 そしてフロージ共和国民の全体に対して支援を考えているミラベルは、伯爵領に認められる上限の8億人よりも、侯爵領に認められる上限の32億人を選択するだろう、と、ハルト達は考えていた。

 そもそもユーナとハルトは、妹であるミラベルに厳しい条件を出す意志は無い。この条件は、むしろミラベルの意志に最大限の配慮をした、王国の都合との折衷案である。

 ミラベルは提示された好条件に即座には飛び付かず、支援の程を確認した。


「領民が増えた分の支援は、増える前の領民に対する内容と同水準で受けられると考えて、よろしいですか」

「そのように手配する。転移門と戦闘艇の輸送によって、王国の国力は飛躍的に向上中だ。現在の王国が欲しいのは戦力で、対価の支払いに躊躇いは無い。新たな王国領と王国民に対する投資と考えれば、惜しいという考えにすらならない」


 本音で語るハルトの様子に納得したミラベルは、わざとらしく渋々といった体で応じた。


「致し方がありません。受け入れます」

「よし、成立だ」


 ハルトは追加の条件を出される前に、素早く交渉の成立を宣言した。

 そして溜息を吐き、ミラベルに苦情を申し立てる。


「王級魔力者として、10年早く生まれて来るべきだったな。ここだけの話だが、どこかの専業主婦希望者よりも女王に向いているぞ」

「高評価を頂いて恐縮ですが、今般の危機を乗り越えるためには、どこかの士爵家の次男を掴まえて中枢に引き摺り出すという、極めて特殊な条件を満たす必要があったのだと存じます。ですから今上陛下は、お姉様が最適だったのですわ」


 話し合いを経ても、互いの認識は揺るがず、むしろ強化された。

 ミラベルの協力を得た王国は、難民として国内に避難しているフロージ共和国民80億人に対して、王国の社会保障と生活再建資金を得られる選択肢を提示した。

 それは童話にある北風と太陽の折衷案だったが、歩き疲れた旅人の多くは示された道を進んだ。

 最終的な志願者は1億6413万人にも及び、ヘカテー侯爵領には約12億人の限定的な権利を持つ新王国民が加わった。

 かくして王国は、ヘラクレス星系への侵攻準備を整えた。




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[良い点] >「王級魔力者として、10年早く生まれて来るべきだったな。ここだけの話だが、どこかの専業主婦希望者よりも女王に向いているぞ」 確実に某反逆者のいとこの婚約者にされて人生おわっている。そして…
[良い点] 敵になる奴は取り敢えず殺せを徹底できるのは、羨ましいと思っちゃアカンのかもしれんが、それでもやっぱ羨ましいで。 [気になる点] 「分からない」奴に分からせるのは、まあ、別にエエんや、大変や…
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