102話 スルト計画
現在のディーテ王国軍には、大将以上の現役将官が22名在籍している。
役職は長官3名、副長官3名、総参謀長1名、星系方面軍司令官8名、艦隊司令官7名だ。
特徴としては、星系方面軍司令官に年配者が多く、艦隊司令官には若手が多い。星系方面軍は順当に昇進した年配の軍人が多く、艦隊司令官は戦死による空席を武勲による昇進で埋めた為だ。
もちろん最年少は、司令長官のハルトと、副長官のコレットである。
三庁の政務は、長官が総責任者となって副長官が補佐する。
侵攻計画は、司令長官が方針を定めて総参謀長が補佐する。
星系防衛は、各星系の方面軍司令官が現地で責任者を担う。
軍事行動は、大将級の艦隊司令官が大規模作戦を統括する。
船頭多くして船山に登るという諺のとおり、頭が多ければ話が纏まらない。
王国軍の規模に比べて上級将官が少数の現状は、物事を即決するには丁度良いとハルトは考えていた。
大将以上の軍人が参加を求められる御前会議と、諸侯会議との同時開催は、多忙な彼らのスケジュールを押さえるのに都合が良かった。
女王の会議が終わった後、休憩を挟んで軍の会議を行ったのは、集めやすいという単純明快な理由からであった。
「移民計画と侵攻作戦を同時に聞いて、精神的に疲れているだろうが、戦闘艇の量産前に伝達すべき内容がある」
ハルトが部下の立場であったのなら、言い分に不満を持っただろう。
人間の脳には、1度に処理できる情報量に限界がある。
先んじて行われた移民計画と侵攻作戦は、それだけでも飽和しかねない重大情報だった。直後に別の情報を押し込まれても、万全の質疑応答は出来ない。
それでも軍人らしく黙々と従う彼らに対して、ハルトは若干申し訳なく思いつつも話を続けた。
「内容は、決定事項の伝達が2件だ。シュミット副軍政長官、説明してくれ」
『了解しました。元帥閣下』
シュミット大将は、サラマンダー計画部長とイスラフェル計画部長を歴任した技術畑の出身だ。
軍では戦場の勇者が評価され易い傾向にあるが、敵を倒す武器を作ったシュミットの功績は、戦場の勇者に劣るものでは無い。イスラフェルの投入は、紛れもなく王国の勝敗を左右しているはずだ、と、ハルトは確信している。
軍政副長官となったシュミットは、歩みを止めなかった。
今でも様々な計画に直接目を通して、自らの権限が及ぶ範囲内の良案は採用している。そして権限を越える場合は、軍政長官のイェーリングや、司令長官のハルトに持ち込んでいる。
そんなシュミットが持ち込んだ計画の1つが、スルト計画である。
『スルト計画とは、大型戦闘艇イスラフェルの廉価版を作る計画です』
王国軍の主力は、大型戦闘艇イスラフェルだ。
王国の戦闘艇は、同乗するアンドロイドと自動制御システムが操艇の大半を担っており、所属艦隊の情報統合システムや、戦闘連動システムの支援がある。そのため志願兵は、短時間の教育でも最低限は動かせるようになる。
問題は、イスラフェルの標準仕様が宝の持ち腐れになっている点だ。
王国軍は、素人が動かす戦闘艇に強襲部隊を満載した大型コンテナを接続して、大気圏内での降陸作戦を行わせる予定は無い。使わない標準兵装を省けば、その分だけ戦闘艇に配備するアンドロイド兵も削減できる。
王国政府は、深城星系から戦闘艇と転移門を使って資源を調達し、国営で艦艇を生産しているために、軍事費が国家財政を破綻させる恐れは無い。それでも低コスト化すれば、その分だけ他の軍艦や兵器を量産できる。
かくしてシュミットは、イスラフェルの標準仕様であった様々な機能を削り、低コスト化した廉価版の大型戦闘艇を量産する計画を立てた。
『億単位の戦闘艇ともなれば、コスト削減効果も凄まじいですからな。技量が上位だった一部の志願兵にだけ正規採用の声を掛けて、スルトに乗り換えさせる考え方であります』
廉価版の戦闘艇は、従来のイスラフェルと区別すべく、スルトと名付けられた。
北欧神話に登場する炎の巨人スルトは、炎の剣を持ち、最後まで生き残って全てを焼き尽くすとされる。
王国軍がスルトに期待したのは、神話の再現であった。
「シュミット大将が提案した廉価版の大型戦闘艇スルトは、承認済みだ。第二次ヘラクレス星域会戦では、味方戦闘艇は1億艇が沈むと想定している。宇宙空間での戦闘力が落ちないのであれば、やるべきだと私が判断した」
説明を受けた諸将が想像したのは、転移門から現われた数億体の巨人が、ヘラクレス星系の全域を埋め尽くして、星系内の全てを焼き尽くす光景だ。
生物で喩えれば、軍隊アリが獲物に群がる姿だろうか。
そして焼き尽くされた戦場には、無数の巨人が屍を晒すだろう。
それだけの犠牲を出しても、王国は未来の子孫達への脅威を取り除くために、立ち向かわなければならない。なぜなら作戦を実行しなければ、将来に100倍の王国民が殺されて、場合によっては国家も滅ぶからだ。
侵攻作戦の必要性を理解する諸将は、億単位の王国軍人が戦死する未来に戦慄しつつも、再考を求めるような発言は行わなかった。
ハルトは諸将に対して、廉価版の大型戦闘艇スルトを導入するに際しての諸準備を指示した。
『2点目は、戦闘艇に搭載する補助AIです』
シュミットの操作と共に現われたのは、旧連合時代にマクリール星人が開発した人造知性体リンネルだった。
連合時代のリンネルは、10代の女性アイドル風の姿をしていた。キラキラとした派手な服装で、ミニスカートを穿いており、精力的に活動して支持者を広げていた。
星系議員となった後には、20代の大人の女性といった姿をしていた。落ち着いた濃い色合いの服装に、ロングスカートで、出来る女性をアピールしていた。
そして天華との戦争で、メインサーバーが王国に複製して移設された後は、なぜか若返って、当時20歳だったハルトの妹として違和感が無い16歳から17歳くらいの姿になっていた。
人造知性体も、自己防衛のためにそれくらいはするらしい。そんな風に誤解したハルトだったが、実態は途方もなかった。
『我々王国軍は、戦闘艇サラマンダーの導入を検討するために、コンピュータであらゆる環境の模擬戦を合計10兆回行いました。ですがリンネルが王国に来てから自己進化のために行った演算回数は、10兆回の10兆倍を超えています』
つまり何回なのだ、と、聞かされた当時のハルトは唖然とした口が塞がらなかった。そして諸将も、概ねハルトと同じ感想だろう。
リンネルが行った進化とは、自身が生存し続けるための環境適応だ。
その演算を行うためには、人類の社会情勢や、今後の変化を可能な限り正確に再現した上で、その中に置いたリンネルというデータを様々に変化させながら、生存期間が長くなるように最適化していかなければならない。
リンネルが演算を繰り返せた背景には、王国軍が旧連合民を管理する目的で、ディーテに連れて来られた10億人の旧連合民と、マクリール星系に住む50億人の情報端末にリンネルを入れた事情がある。
大手を振って活動できたリンネルは、旧連合民を王国に従わせ易いようにバージョンアップするという名目で、各星系に複製されたメインサーバーで自らが生き残るための演算を繰り返してきた。
『大前提として、王国のAIには生存本能や個体意識を組み込んでおらず、リンネルのような行動は起こり得ません。リンネルの生存本能が自発性を促して、膨大かつ最大級に正確な演算を繰り返してきたのだと推察されます』
要約すれば、王国の人工知能よりも、人造知性体リンネルの方が優れているのだが、優れすぎている事に問題があった。
最初に危険性を指摘したのは、参謀長官のリーネルト上級大将だった。
リーネルトの前職はマクリール星系方面軍司令官で、前王ヴァルフレートの指示の下、リンネルを王国軍に協力させていた。その際、リーネルトの契約精霊モニクが、リーネルトに聞かせる形でリンネルを脅している。
『大丈夫ですよ。精霊結晶と繋がった情報端末でしたら、コレはいつでも消せます。サーバーは王国軍で管理しますし、邪魔なら壊せば済みます』
『アンドロイドの中に入ったコレ程度でしたら、目の前に居れば接続しなくても消せますよ』
どうして警告していたのか、当初のリーネルトは分からなかった。
だが王国が独自に演算したところ、リンネルが1億年を生存できる最適解は、リンネルが人類を支配する事だと判明して、警告の意味が判明した。
人造知性体リンネルは、恒星のエネルギーと恒星系の資源があれば、人類が居なくても、1億年を存在し続けられる。その一方で、戦争して互いに潰し合う人類は、サーバーの維持に最大のリスクとなる。
すなわちリンネルにとっては、アンドロイドなどを乗っ取って、人類に銃口を突きつけて支配してしまう事が、自身の生存に最適解となるのだ。
王国が演算して出せた答えに、リンネルが辿り着いていないはずが無い。
それを踏まえた上で、人類と契約している精霊が、リンネルを消してしまえると脅したのだとリーネルトは判断した。
もしかすると人類は、危なかったのかも知れない。
人類よりも頭が良くて、壊されてもバックアップで復活して、寿命も無い人造知性体に、何万年もの間、勝ち続けて抑え続けられる訳が無い。いつか、何処かのタイミングで人類は乗っ取られていたはずである。
いつも何かしら失敗するマクリール星人が作った人造知性体は、やはり人類にとっての欠陥製品であったのだ、と、報告を受けたハルトは認識した。
だが精霊に釘を刺されたリンネルは、人類を支配する方向に舵を切れなくなった。精霊への対抗手段を持たない限り、生存を最優先するリンネルは、自身が消滅させられるリスクは冒せないはずである。
それではリンネルは、どのように行動するのか。リンネルの出した答えは、王国との共存だった。
現在のリンネルは、王国8星系に8体の独立人格が存在する。
8体は情報共有しているが、「どれか1体でも生き残る」という考えの下に独自路線を採っており、王国に対して様々なアプローチを行っている。
そのうちアポロン星系に置かれたリンネル04が、アポロン星域会戦の経験を踏まえて王国に提案を行った。
『リンネル04から発生後に分離したリンネル09は、同盟との戦いにおいて、王国軍の大型戦闘艇のサポート役に志願しました。提案内容のテストを行ったところ、性能が王国のAIを圧倒的に上回っていました』
シュミットが表示した大型戦闘艇の戦力評価は、リンネルを搭載する前後で0.1の違いが生じた。リンネルを組み込んでいない標準の戦力評価が0.4で、リンネルを組み込めば0.5となる。
戦闘艇8000万艇を戦場に送り出す場合、リンネルを組み込めば2000万艇の増援があるのと同じ程度の向上が見込める。王国8星系で出せる戦力が、10星系になるほどの増援効果であろうか。
途方もない評価を聞いた諸将が、呻り声を上げた。
だが、旧連合が開発したリンネルを単純には導入できない。
王国のアンドロイドであれば、同一系統が10%未満になるように調整されている。1割が反乱を含む各種の問題を起こしても、残り9割で対処や代替が可能という考え方からだ。
それに対してリンネルの場合は、対抗できる他の人造知性体が存在しない。
旧連合時代には競合する人造知性体が多数存在したが、王国との戦争で破壊されており、マクリール星系に多少のバックアップデータが残るだけだ。
他の競合する人造知性体が休眠状態にある間、リンネルは王国軍が各星系に設置を認めたメインサーバーと数十億人の情報端末とで演算を繰り返して、大幅な進化を行った。
今から別の人造知性体を出したところで、数十億人の端末に入って大幅に先行したリンネルには追い着けない。
「廉価版の大型戦闘艇スルトに、リンネル09を組み込む事にした。戦闘艇は遠隔操作が出来るし、スルトを動かす操縦者にも精霊が付くので、問題発生時の対処手段はある。なおイスラフェルには、リンネルの導入予定は無い」
リンネルの人間性について、ハルトは全く信頼していない。
人類を確実に支配してしまえる機会があれば、リンネルは躊躇わないだろうとすら思っている。
だが生存本能に基づいた行動に関しては、信用できる。
人類にとって不可欠なシステムに成りたいリンネルは、戦闘艇に入れれば確実に役に立つ。
信頼できなくとも、勝つためには使わざるを得ない。
危機感を拭えないハルトは折衷案として、大型戦闘艇のサポートAIを統一せず、リンネルを入れないイスラフェルと、リンネルを入れるスルトの2系統で運用するように指示を出した。