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96話 無理往生

6巻は、月・水・土の20時に予約投稿しました。

お知らせがある時は、追加投稿させて下さい( _ _)⁾⁾




 渦巻く転移門から、十数万の輝きが雪崩れ落ちていた。

 邪霊帝の領域内を航行する艦艇の魔素機関は、一つ一つが強烈な輝きを放つ。それら光の集合体がヘラクレス星系に生み出す洪水は圧巻だったが、観測者達の心胆を寒からしめた。


『残存艦艇数、進発時の3分の1から4分の1』


 非情な現実という見えない剣が、ヘラクレス星系で吉報を待っていた人々の身体ではなく心を切り裂いて、深刻な傷を負わせた。直ぐに手当を施さなければ、いずれ致命傷に至る程度には、深くて重い傷である。

 未来への希望を抱いていた大泉と本陽の難民達は、全身から血液の代わりに希望を失って、脱力して崩れ落ちた。

 だが残存艦艇の将兵達は、難民達よりも遥かに深い傷を負っている。自艦の後ろに居たはずの艦隊が、丸ごと消え去ったのだ。

 死を認識する際には、不治の病のように期間が分かるものや、通り魔に刺されてこのままでは死ぬと脳裏を過ぎるものや、終わった後に下手をすれば死んでいたと振り返るものなど、幾つか種類がある。

 そして今回の将兵が認識した死は、『不可避の天災が、たまたま隣を通り過ぎていった』という類いの、後になって空恐ろしさを感じるものであった。

 アレには勝てないと、将兵達は心に深い傷を負ったのである。


「王国星系への侵攻作戦は、必勝であったはずなのに……」


 天華が行ったアポロン星系侵攻は、負けるはずのない戦いだった。

 アポロン星系に邪霊王の領域を生み出して、王国軍を大幅に弱体化させて、転移門から天華艦隊の大軍を送り込んで制圧する。

 王国側がアテナ、マクリール、深城の3星系でやった事をやり返す作戦であった。過去に3星系で行われたのと同様の結果が、今度は天華側にもたらされるはずだった。

 それを王国のケルビエル要塞とアマカワ元帥によって、覆されたのである。

 何が行われたのかは、中級邪霊達からの報告で判明した。精霊帝によって、邪霊王の領域を塗り替えられたらしい。

 そんな事が出来るとは聞いていない、と、作戦内容を把握していた天華諸将の誰もが思った事だろう。

 失敗の結果として出した損害は甚大で、巡洋艦換算で50万隻以上を投入した侵攻作戦の残存艦隊が、十数万隻になってしまった。

 邪霊結晶と戦闘艇による防衛態勢の再構築が進められているために、受けた損害は天華を滅ぼすほどの致命傷では無い。だが転移門を使わない侵攻作戦は、最低でも一世代は不可能になった。


「敗戦の原因は、我々が精霊と邪霊に無理解な事にある。理解していなければ、想定も対策も出来ない。精霊と邪霊に関する詳細な説明を求める」


 天華の軍人は、自身が契約する中級邪霊に説明を求めた。自身の生命や、所属国の命運が懸かった状況で、追及しない訳が無い。

 だが人間側の追求は、邪霊に対して全く通用しなかった。

 彼女達は、様々な表情を浮かべながらも、1体として口を開こうとしなかったのである。


「なぜ答えない!」


 激高した天華軍人の中には、自身の邪霊に罵声を浴びせた者も居た。

 そして結果は、邪霊側からの一方的な契約破棄である。契約を破棄された者は、他の邪霊結晶を用いようとも、二度と契約出来なくなった。

 組織化された集団行動を目の当たりにした天華軍人達は、邪霊達にも軍隊の階級のような、上級や中級といった階層が存在する事実を再認識させられた。

 邪霊達の世界では、上位者の意志が絶対的であるらしい。あるいは必ず認識して機械的に適用される法律のように、個々の事情は一切斟酌せずに、自動的に解除させていくコンピュータプログラムが入っている。

 コンピュータプログラムに感情を訴えても無意味だと理解した天華の指導者ユーエンは、プログラムを作成して配布した人間との対話を行った。


「邪霊を用いて侵攻したアポロン星域会戦では、数千万人の王国民間人が死んだ。もはや王国は、ヘラクレスにも容赦しないだろう。情報を惜しむ段階は、過ぎたはずだ」


 天華にとって邪霊とは、ヘラクレス星人の指導者イシードルから、星間航行技術や艦船と引き替えに貸し与えられた力である。

 邪霊の根幹に関わる部分がブラックボックス化されているのは、邪霊の技術そのものを引き渡す話にはなっていないためだ。

 だが、正確な情報が無ければ、アポロン星域会戦のような敗戦にも繋がる。敗戦すれば互いに全てを失う以上、さらなる情報開示を求めるのは当然の流れだった。

 はたしてイシードルは、率直に訴えたユーエンの言い分に理解を示した。

 ヘラクレス星人は、他星系の人類に対して仲間意識など持っていない。

 人類初の星間移民を行ったヘラクレス星人は、技術の蓄積が無かったために、高重力惑星で姿形が変わった。その上、直後のディーテ星系移民政策で、自分達は置き捨てられた感が強い。置き捨てた側の人類は、誰も仲間では無いと思っている。

 それでも現状が一蓮托生である点について、イシードルは納得した。


「先に誤解を解いておくが、寡黙な女性に、心を開かせる贈り物を用意できないのは、我々も同様だよ。だが、会話が嫌いでは無い邪霊王も居るが故、彼女に聞いてみよう」


 イシードルが虚空に視線を送ると、空色の霧が集まって、人型を形成していった。

 死人のように白い肌、血のように赤い唇、宝石を嵌め込んだように青い瞳、そして僅かに尖った耳。

 天華人民には少ない彫りの深い顔立ちで、左手には骨で作られた抜き身の剣を携えた、異質な邪霊が姿を現わしていく。

 彼女の名前は、ニクセ。

 フロージ共和国の3星系を潰して誕生した邪霊王の1体であり、大泉と本陽の領域化を取り止めたために、未だイシードルの手元にある邪霊王である。


「私達にアドバイスして貰いたい。私達は王国が領域化していない星系に進出して、ニクセの領域にする予定だったが、このままで成功するだろうか」


 ユーエンは、イシードルの質問の仕方に感心した。

 ユーエン達は邪霊達に対価を支払えないが、ニクセは領域化を行う当事者だ。つまりニクセも一蓮托生であり、それを指摘して巻き込む事で自発的な協力を期待できる。

 はたしてニクセは、他の中級邪霊達とは、全く異なる反応を示した。驚く事に、まともな返事があったのである。


『先に誤解を解いておくけれど、あなた達が王国の戦力を把握できない以上に、邪霊も精霊を把握できないわよ。あたし達は、ヘラクレス星人と他の人類以上に違いすぎて、相手方にスパイなんて入れられないもの』


 邪霊と精霊の相容れ無さについては、イシードルも承知の上だった。


「私の認識では、ディーテ王国は旧連合3星系と天華4星系、それに太陽系で、8回分は精霊を昇格させる機会を得ている。2度目の塗り替えは、起こり得るかな」

『昇格し掛けの精霊王が饗すれば、精霊帝は増えるかもね』

「それは厄介だ。君達であれば、どうやって精霊を殺すかね」


 イシードルは邪霊王に対して、当事者意識を持たせようとしているのだろうか、と、ユーエンは考えた。

 人類達の争いに関しては、おそらく全く興味の無い邪霊達も、精霊との争いであれば当事者となる。

 人類を利用して精霊を殺し、捕食して糧とする。そのためであれば邪霊の自発性も、効率良く精霊を殺すための提案も期待できる。

 黙して見守るユーエンの先で、ニクセはそらんんじるように答えた。


『領域内に敵を引き込んで、戦えば良いでしょう。逆に敵の領域に行くのは悪手。常道は、そうなるだけの理由があるの』

「それも道理だね」


 ヘラクレス星系は邪霊帝ジルケの領域で、天都星系は邪霊王ゼアヒルドの領域だ。どちらの星系で戦っても、魔素機関の出力異常が発生するために、敵味方の戦力は5倍差に開く。

 加えて王国は、大量の戦闘艇を星間航行させられない。

 イスラフェルに星間航行機能を取り付ければ解決する話に思われるが、巨大な光線銃である戦闘艇を作るのと、高次元空間を跳躍する最新技術の船を作るのとでは、生産に要するコストが全く異なる。

 人員に関しても同様で、軍艦には複数の専門分野の人員と、それを補佐する相応のアンドロイドが必要となる。目の前の敵を倒すだけの戦闘艇と同じような人員では、星間航行を伴う軍事作戦が成り立たない。

 そのために王国軍の侵攻を迎え撃つ形であれば、天華は圧倒的に有利な戦いを挑めるのだ。

 領域の塗り替えが起こり得ないヘラクレス星系で、安全に邪霊結晶を生み出して、星間船で他星系へと進出していく。

 王国とは戦争中で、苛烈な妨害行為も予想されるが、精霊王を増やせずに転移門を繋げられないのであれば、大量の戦闘艇で守る側が勝つ。かくしてイシードルが当初から表明していた他星系への進出は、達成されるであろう。

 無謀な侵攻をしなければ、未来への展望は開けている。

 惑星アルカイオスに押し込められていた当時のヘラクレス星人と比べれば、現状は好転しているのだ。

 ニクセの回答に満足しながらも、イシードルは一歩踏み込んだ。


「我らヘラクレスは、邪霊結晶を用意できる。操縦者の第一陣は、引き続き天華で集めて貰いたい。我々は操船に不慣れだし、大泉と本陽の難民には、職を得たいと願う者も沢山いるだろうしね」


 それは非道な提案だった。戦闘艇の操縦者がどれほど死に易かろうと、大泉と本陽の難民は、生きるためには選択の余地が無い。

 イシードルとユーエンの国民は犠牲にならず、自国民から反発されない。一方で大泉と本陽からの批判は、絶大なものとなるだろう。

 もっとも、1ヵ月の睨み合いの後に破壊された大泉は人口が半減しており、1日の急侵攻で破壊された本陽に至っては人口の9割が死んだ。本陽は国家組織と国家魔力者を失って、単なる難民と化している。

 天都が本陽に何かを強要したとしても、ヘラクレス星系に逃げ込んだ無力な本陽の人々は、抵抗の術を持たない。

 こんなつもりではなかった、と、ユーエンは内心で思った。

 天華の指導者であるユーエンは、そのような発言を口に出す事は許されない。代わりに彼が発したのは、別の言葉である。


「ヘラクレスの防衛は、現在ヘラクレスに住んでいる者達が第一に行っても、問題は無いだろう」

「如何にも」


 我が意を得たり、と、イシードルは笑みを浮かべた。



明日も投稿します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分が侵略する思想があるから、侵略されるんじゃないかと思うんだよね。 相手へ自分の影を見るというか。 もしユーエンが、深城や共和国のような第三勢力としての繋がりを王国と結ぼうと模索したのな…
[良い点] すり潰される事になるのかね天華側。 明るい未来が見えてこないよね。 戦争が始まったばかりの頃とは大違いな現状。
[一言] 更新を楽しみにしていました。 今年もよろしくお願いします。
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