01話 悪役令嬢を憲兵隊にチクってみた
「念を押すが、これは尋問ではない。勿論、君は分かっているだろうがね」
「はい、分かっていますよ。校長先生」
欧米人をルーツとする白熊のように大柄な校長は、大きな身振り手振りで訴えた。
それに対して、日本人をルーツとする15歳の少年ハルト・ヒイラギも、素直に頷き返す。
この取り調べに選択の余地が無かろうと、軍から憲兵隊が来ていようと、素直に応じる限り暴力は振るわれないので、今のところ尋問ではない。
ハルトは、ディーテ王国の首星ディロスにある王立魔法学院の中等部3年生だ。
そして通っている中等部は、ハルトの祖先である日本人のデータを代々集めてきた祖父の家で遊んだ、日本の古いゲーム『銀河の王子様』の舞台と瓜二つでもあった。
『銀河の王子様』は、今から1700年前の西暦2037年に発売された乙女ゲームだ。主人公は女性で、学園で様々な男性と恋愛をする。
祖父の自宅でゲームを起動したのは偶然だったが、1700年前の人々が何を考えていたのかに強い関心を持ったハルトは、全てのエンディングを見るまでゲームをプレイした。
中等部で過ごしている間、ハルトは何度も既視感を覚えた。
公爵家令嬢が男爵令嬢を連れ出し、やがて男爵令嬢が転校した光景。
子爵令嬢が虐めを校長に訴え出て、訴えた側が数日後に自殺した光景。
ゲームで見た印象的なシーンが、ハルトの目の前で幾度も繰り返された。偶然で済ませなくなったハルトは、やがて公爵家が未来に行う事件に介入した。
総人口400億を誇るディーテ王国においても、公爵家は僅か5家の大貴族だ。
王国の1柱たるタクラーム公爵家は、前年に学院へ寄贈した品々に、『全生徒の魔力固定時、力を1割ずつ吸収して、自家の令嬢に加算させる装置』を紛れさせた。
公爵の目的は、王国の第一王位継承権を持つグラシアン王太子の嫡男、レアンドル王太孫に、高魔力の孫娘を嫁がせて長久の繁栄を得る事。
加齢停滞技術が飛躍的な進歩を続ける近年は、祖父世代が150年、親世代が200年、子世代が300年にまで平均寿命を延ばしている。
いずれ未来の国王となる王太孫に孫娘を嫁がせれば、2人の孫世代は500年後にも確実に生きており、おそらく王位に就いている。
ならば公爵家の長久の繁栄は、約束されたも同然だ。
ハルトにとっては、ゲームと現実が違うと分かれば充分だった。
半信半疑のハルトは、記憶を頼りに警備に穴が開く日に現場へ潜り込み、マスターコードを入力して装置を自己使用した。
結果、公爵家令嬢が得るはずだった魔力が、ハルトに加算されたのだ。
嘘から出た真なのか、過去にゲームで公開された話が人々の行動に影響を与えたのか、タイムマシンで過去に行った未来人が歴史を題材にゲームでも作ったのか。
思い悩んでも答えは出ず、魔力の固定日に異常値が示されて、今に至る。
「それでは聞かせて貰おうか。一体何故、9万もの魔力値を出せたのだね。これは有り得ない数値だ」
校長が追及するのも無理はない。なぜなら星間国家を誕生させた現代の人類にとって、魔力は不可欠なものとなっている。
かつて人類は、宇宙全体の質量とエネルギーを3つに定義した。
1つ目、『通常物質』4.9%。当時認識できた物質の全てだ。
2つ目、『暗黒物質』26.8%。遥か昔、質量だけ観測できた。
3つ目、『ダークエネルギー』68.3%。理論だけの存在だった。
そのうち3つ目のダークエネルギーを、西暦3737年の現代では『魔素』と呼び、それを扱える力を『魔力』と呼称している。
西暦2487年、ダークエネルギーを用いたウラシマ効果を起こさないハイパー航法型ワープが実用化された。それは魔力によって、10光年を片道1年にする技術だった。
宇宙船の操艦に不可欠な魔力の価値は、爆発的に跳ね上がった。
人類は、1万人に1人しか居ない魔力持ちを船長として、次々と太陽系外への進出を試みたのである。
西暦2521年、人類が初めて太陽系外の恒星系から生還を果たす。
西暦2754年、120光年先の恒星系『ヘラクレス』に定住。
西暦2823年、180光年先の恒星系『ディーテ』に定住。
西暦2928年、240光年先の恒星系『フロージ』に定住。
西暦2992年、270光年先の恒星系『マーナ』に定住。
各星系への移住者は、各々が様々な未来の展望を抱いた。だが地球人にとっては、全ての星系が資源搾取地でしかなかった。地球の植民星となってしまった各星系は、地球からの過大な要求に喘ぎ苦しんだ。
西暦3167年、ディーテ政府が地球の要求を拒絶し、懲罰艦隊を送り込まれて指導者を処刑される。その後、険悪化した地球との間で人類初の星間戦争が勃発。
西暦3282年、ディーテが地球に天体を突入させて戦争が終息した。
西暦3301年、残存艦艇1割となった帰還部隊から戦果を報告されたディーテは、その年から西暦をディーテ暦1年に改め、ディーテ王国として地球からの独立を果たす。ほぼ同時に、フロージ星系も中立として独立宣言を行う。
だがヘラクレス星系とマーナ星系は、壊滅した地球から避難した人類連合国家群に乗っ取られた。
以来、ディーテ王国は人類連合国家群を仮想敵国として、居住星系を広げると共に、様々な対抗手段を講じてきた。
その一つが、ディーテ独立戦争の功労者たちに、魔力量に応じた身分を与えて、貴重な魔力者を増やす事だ。
例えば、男爵家の当主になるためには魔力7290以上が必要で、それは全長7290メートル以下の宇宙船の魔素機関を動かせる力である。
戦時には軍艦を動かし、いざとなれば人類連合の各星系に特攻してもらう。その過酷な義務と引き換えに与えられるのが、王国の身分制度である。
事情聴取を受けるハルトも、ディーテ王国で1500家しかない爵位貴族家の子女が通う魔法学院中等部の生徒だ。
ハルトの父は男爵家の次男で、母は男爵家の長女。当初のハルトは、男爵家の血統に相応しい程度の魔力8140が計測されていた。
そして魔力が概ね最大値に達する中等部3年の前期終了時、加齢で魔力が下がらないように固定化を施したところ、なぜか10倍以上の魔力9万1150で固定された。
魔力9万は、王国最高と謡われる王太孫の魔力を3倍も上回る。
それほどの魔力があれば、全長90キロメートルの巨大攻撃要塞を、人類連合のあらゆる星系へ自在に送り込める。王国軍から憲兵隊が送り込まれた背景には、王国の存立にすら関わる事情があった。
事情聴取を予想していたハルトは、ずっと言い訳を考えてきた。
公爵家の告発は、証拠が無いために不可能だ。1本しか現存しない1700年も昔のゲームで犯人でしたと訴えても、お前が作ったのだろうと言われればそれまでだ。
現在の公爵は、ゲームでヒロインが妨害した時と同様に、魔石に強大な魔力を100人分も込めた装置が1年は保たないのだろうと考えている……はずだ。わざわざ復讐の対象者に名乗りを上げる選択肢は有り得ない。
ハルトの考えたのは、自身の魔力が装置とは無関係で、かつ国防に直結すると分かっていても隠さざるを得ない事情があった。というものだった。
「高い魔力量は、これまで隠していました」
「それは何故だね」
校長の口から、鋭い詰問調が発せられた。
「校長先生は、ジギタリス・タクラーム嬢が実家まで用いた虐めを行ってきた事をご存じでしょう。ボルツマン、オルソン嬢、ドローレス嬢。彼ら彼女らは、自殺ないし転校に追いやられました。具体的に何をやったか、クラスの生徒達から改めて説明が必要でしょうか」
「…………」
両隣の憲兵たちから鋭い視線を向けられた校長は、厳しい表情のまま沈黙を保った。
校長は、強い者に巻かれる小役人タイプだ。
虐めを行っていたジギタリスの実家は、国内に5家しかない公爵家。世の中は弱肉強食であり、校長もごく少数の被害に留まるのであればと見て見ぬ振りをする。
ヒロインが独自に証拠を積み重ね、タクラーム公爵家に対抗可能な王族や上級貴族の子弟を動かせば、正義の側に立った判断も出来る。だが対抗可能な権力が無ければ、問題をもみ消して終わりとなる。
「そのような理由で、私達の学年で子爵家以下の出自は、ジギタリス・タクラーム嬢から目を付けられないようにしてきました。私の実家も、分家した士爵です。そのため最終試験になって、ようやく本来の魔力を表に出せました」
ハルトが説明する向い側では、校長が両脇から憲兵隊に睨み付けられて、鮭を咥えた木彫りの熊のように固まっていた。
かくしてハルトの言い分は通り、そのまま解放される運びとなったのである。
悪役令嬢のラスボス化は避けられたわけだが、ゲームと現実との繋がりを確信したハルトは、次の展開に頭を抱えた。それは数年後に再開する、人類連合との星間戦争だ。
「……このままだと、首星が壊滅するんだけど」
連合の侵攻では数十億人が死に、首星は連合の支配下に置かれる。
ヒロイン達は後方星系に避難するが、戦火は次の星系へと燃え広がっていく。ハルト自身の命運も、お察しである。
「士官学校に行くしかないか」
思い付く限り最良の選択肢が、士官学校への進学だった。
ハルトはジギタリスの魔力を持っており、王国にはジギタリスが動かしていた巨大攻撃要塞が存在する。攻撃要塞で連合軍を押し返すなり、銀河の彼方まで逃げ出すなりすれば、生き延びる可能性は大いに高まる。
進路を考え直したハルトは、ドロドロした乙女ゲームの舞台から抜け出して、士官学校へ入学した。