九話 追い風が吹き始める
主人公以外の登場人物が現れます。
まだ十二時を回ったばかり。いささか早すぎる別れを、先ほど告げられた。
「なんて言えば、時雨は...。」
たった一人、トランプを片付けながら呟く。
自分の想像以上だった。何もかもが違う。きっとこの世界も俺たちとは全く異なる見え方をしていることだろう。
「俺は...友達として...。」
いや、どうだろう。何を言ってるんだ俺は。違う、違う、違う。友達としてとか、そんなんじゃないだろ!
俺はまだ、彼女と友達でいる気なのか?
二日目にして早くも折れ始めた心。揺れ動く、陽炎が如く。できないなんて絶対に言いたくはないけれど、俺には、到底...。
ミーン、ミーン、ミーン、ミーン。
「うるせぇな!」
答えのわからない問題に少しだけ気が立って、好きなはずな蝉の声にさえ、苛立ちを隠せずにピシャリと窓を閉めた。
♢
「正直...気まずいな。」
箱に詰めたトランプを片手に、病室の前に立ちすくんでいる。107号室。瀬見時雨。個室。ただただ、それを見つめた。
ようやく覚悟を決めて、ノックをする。心臓がバクバクと大きな音を立て、どんな顔をすれば良いのかとぐるぐる脳みそが回転する。
しかし、返事はなかった。念のため、もう一度拳を握りドアを打とうとしたその時、
「あれ?時雨様に用事かな?今は検査中だから、また後で来てもらえる?」
スーツ姿の女性に呼び止められた。
「もしかして、あなたが海川聖君?」
この夏は、出会いの呪いにでもかけられたのかもしれない。