四話 互いが歩み寄ればその距離は倍縮まる
「よくよく考えたら、私は君のこと骨を折ったことくらいしかしら知らないね。もっと教えてくれるかな?」
俺は理解した。この手の輩は関わった時点で既に詰んでいるのだと。嫌々ながら自己紹介を始める。
嘘つき、詐欺師、この女狐め、と心の中で悪態をつきながら。
「俺の名前は海川聖。八十歳まで生きる予定。よろしく。」
「やっぱり死ぬっていうの嘘だと思ってるでしょ?」
「当然。」
車椅子に乗っているあたり何かしらの病気であり歩くこともままならないほど体が弱いことは理解できる。ただ、イコール死にはならないと思われる。
「うーん、まぁいいや。その辺はおいおい信じてもらうとしようか。ところでさ、お願いがあるんだ。」
「本当は面倒だと言わざるを得ないけど、こうなったら乗りかかった船だ。俺でできることならどんとこい。」
「かっこいいね。」
棒読みだったのはいうまでもなく、それは本心ではないだろう。
「私はね、この間までは都会のでっかい病院にいたんだ。さっきも言った通りかなりの大病でね、小さい頃から病院生活で友達なんて一切いなかった。」
淡々と語っているようだけれど、要所から感じられる悲しみのようなものがひしひしと感じられ、何故だか自分のことのように胸の内側へスルリとその言葉は入り込んできた。
「それでね、何度目かもわからない手術が今度あるんだ。今までやってきた手術の中で最も規模が大きく私の体が持つかわからないし、そもそもそれがうまくいかなければ時間的に病気で死んでしまう。」
キュキュ。
突然彼女は後ろを向いた。その時擦れた車椅子のタイヤの音が聞こえた。それにどんな意味があったかは知らない。けれど、憶測に過ぎないが顔を見られたくなかったのかもしれない。
「手術に備えて療養のために田舎の病院に来たんだ。向こうじゃ病室からほとんど出られなかったんだけど、こっちじゃ割と自由があってね。やっと友達ができると思ったんだけど、ご覧の通り高齢者ばかりだ。病院には申し訳ないけど、悲しかったなぁ。」
シーン、と音とも言えないそんな音が聞こえたような気がした。少し日が傾き始め、高齢者たちは各々の部屋へ帰る。
ここには俺ら二人だけ。そう、たった二人だけの世界だ。まるで時が止まったかの如く。僅かに外から聞こえる蝉の声だけがそうでないことをありありと示していた。
彼女はまたこっちを向いた。キュキュっと心地よい音を立て、満面の笑みで呟いた。
「そこに君が現れた。残り一週間で正直諦めてた。私の友達になって欲しい。私の、最初で最後の友達に。」
こんな笑顔を見せられて、余命幾ばくもないと信じることができない。けれど話を聞いてみて、どうやら嘘でないらしい。
彼女はこの歳で、自らが死を受け入れているというのか。
関わりたくない。そんな気持ちはどこかへ消えた。気づけば差し出された手を取っていた。
できることがあるのなら、なんでもしてやりたいなと初めてあった目の前の少女に対して思った。