二十五話 花火のように儚い人よ
私にしては少し長めです
バケツに水を汲み、蝋燭に火を点ける。今日は海風が穏やかでとても心地よく、炎が少し揺らぐ程度。煙を吸わないよう風上に立ち、そっと蝋燭に花火を近づけた。
「わわっ!」
お手本に俺が先にやってみせた。しゅぼ!と音を立てて紅、青、黄、緑と少しの間にコロコロとその鮮やかな色合いを変える。美しき夏の風物詩。遥か昔から愛された花火はやはり今尚変わらず俺たち日本人の心を魅了し続ける。それがたとえ打ち上げられることなかろうとも、手元で光散らすおもちゃであろうとも、なんら変わらない。寧ろこれは、より近くでその華を堪能するために至った結果だと、ススキの如く垂れ流れる火花を見ながら毎年そんなことを思っていた。
「本当なら夜の方が当然綺麗なんだけど、青空の下でってのも悪くねぇな。」
「粋だねって言ってあげようか?」
「無粋なやつだな...。」
俺は顔をしかめたが、にひひと時雨が笑った。
「まぁ、あれだな。冬の方が空気が乾燥していて綺麗に見えるとかそんな話も聞いたことあるが、冬じゃ風情が無いんだよな。」
「そうなんだよね。季節補正って言ってみようか。いくら化学的にどうのこうの言ったところで、それを見て感じるのは私たちの心って話なんだよね。」
先程の気不味さなんて全て忘れてしまってかのように顔を見合わせ互いににやけながら呟いた。
「「結局のところ夏が一番なんだよな(ね)。」」
若葉さんがやれやれと頭を抱えているのを尻目に見ながら時雨に手持ち花火を差し出す。
「これはあんまり煙が出ないやつだけど、気をつけろよ。」
「心配してくれるのかい?優しいね。」
それから時雨は嬉々として薬筒に火を灯した。
♢
「そろそろお時間ですよ。」
「そうですね。時雨、次で最後にしよう。」
最後の花火を取り出した。今までの花火よりも随分と細く頼りない。長くも大きくもなくもちろん派手さなど到底ありはしないが末長く愛されるものが確かにある。その刹那の灯火が終わりそのものであり、切なさが何よりも心に染み入るのだ。
「最後は線香花火って法律で決まってんだよ。」
「それは粋だね。」
パチパチと聞こえるともわからない音がしている。並んでそれを眺めつつ、時雨の方へ目をやった。高揚と興奮に頬を染め、その目には一切の余計なものが消え去り、線香花火が世界の中心となる。火薬の匂いがツンと鼻の奥を刺す。二人の火は小さく膨らみ夢の終わりを告げる。
どうか永遠にこの時が続きますように。
ポトリと無情にも火の玉は砂浜に吸い込まれた。終わって欲しくない。一度きりなんてありえない。もう一度、いや何度でもこんな夏を。いい加減短くなった蝋燭の火がフッと消えた。
「来年こそは、夜に。」
返事は返ってこない。どうしても時雨を見ることはできなかった。悲しんでたのか、驚いていたのか、はたまたしつこい俺に怒っただろうか。何もわからなかったけれど、俺の声はきっと波音に飲まれてしまったのだと信じる他なかった。
日曜日の間に投稿したかった




