十六話 この世界の魅力
最初はこの話のサブタイトルを十五話で使おうと思ってましたが、十五話のタイトルに十四話との繋がりを持たせるために今に至ります。
コンコン。午前十時、約束の時間。一秒たりともずれることなくその音がした。
「ど、どうぞ。」
緊張と興奮が入り混じり、声が裏返る。入って来た少年は茶化すこともせず少しだけ笑った。
「おはよう時雨。」
「おはよう聖。」
今更疑うことなどありはしないけれど、聖が来てくれたことが、そしてただのおはようという言葉が時雨にはどうしようもなく幸せだった。
「若葉さんもおはようございます。いきなりなんですけど提案があるんですが。」
「ん?それは別に構わないけど、何かな?」
「時雨を外に連れ出すことってできますか?」
「外出ねぇ...。」
体の弱い時雨にとって、普通の人から見れば危険でないようなことも命に関わる。けれども、外に出ることはきっと時雨にも良い影響を与えることだろう。見て、聞いて、触れて、感じれば必ず楽しいと思ってくれる。
「具体的にはどこに?」
「山は車椅子じゃ無理なんで、夏だし海とか川に行きたいなと。」
再び顎に手を当て目を閉じ試案する若葉さん。そもそも世話役の若葉さんが了承しなければ無理な話だ。だが、時雨のためともなれば納得してくれるはずだ。
若葉さんに近づきコソコソと耳打ちする。
「俺、自然に触れるってすごくいいことだと思うんですよね。病は気からって言いますし。体は医者が治療するんですから、心の方をなんとかしなくちゃ。」
「...わかりました。言い分はもっともですからここは受け入れましょう。でも、川は近いからともかく、海は申請しなくちゃいけないので明日にしてください。あと、私も同伴するから。」
「ありがとうございます!」
話に加わることのできない時雨が、いよいよしびれを切らして声をかけてきた。なんとなく、怒っているような気がした。
「私抜きでいったい何を話しているのかな?」
「時雨、川へ行こう。」
「いいの?本当に外に出られるの?」
車椅子から身を乗り出して今にも落ちてしまうかと思った。
「はい、もちろんです時雨様。明日には海にもいけますよ。」
「初めてだよ、海や川に行くのは。」
海や川なんて行こうと思えばいつだって行ける。歩いて数分、少し遠ければ自転車に乗って。そんなことすら時雨にとっては夢のまた夢。住んでる世界が違う。でもそんなことで悩むのはもうやめたんだ。
向こうの世界にいるのなら、俺が手を掴んであげるから、君もこっちに手を伸ばしてくれ。
期待に胸を高鳴らせ、熱い熱い眼差しを外の世界へ向け、頬を染める一人の少女の横顔を眺めながら、そんなことを考えていた。
夏といえば海か川ですよね。山は虫が多いですし。単純に筆者は泳ぐのが好きなのです。