十四話 もうすぐ手が届くかな
時雨側の朝を書きました。四日目スタートです。
男の子と手を繋いでいる。私は笑っていて、彼もそうだった。心が彼の優しさで満たされていくような気がしてとても気持ちが良かった。暖かい。互いの心が繋いだ手を介して伝わり合う。最早言葉なんていらない。
ただ隣にいてくれるだけでいい。
♢
「...もう朝。」
朝をこれほど気持ちよく迎えられたのはいつぶりだろうか。初めてかもしれない。
夜を短かく感じたのはいつぶりだろうか。初めてかもしれない。
泣くこともなく、嘆くこともなく、今日が来ることを楽しみにしていた。昨日まではあれほど鳴いていたと言うのに。
「希望か。聖がそうなのかな。」
まだわからない。希望なんてないと思ってたのに。だから、早々に人生に見切りをつけて死を受け入れたというのに。彼とのこれからを望んだりなんかしたら、きっとバチが当たる。私は十分恵まれた。
「おはようございます、時雨様。」
「おはよう若葉。」
ガラガラと音を立て若葉が入ってきた。困惑したような、けれどとても嬉しそうな顔をしていた。
「お気付きですか、時雨様。時雨様が私が来るよりも早く起きていたのは、最後にご両親と三人で会った五年前の誕生日以来ですね。」
そういえばそうだな。思い返してみても、今日ほど朝が来ることを待ち望んでいた日はなかった。母親父親、別々に会うことはあるが仕事が忙しい両親の予定が同時に空くことはほとんどない。
「そうだね。なんだか不思議な気分だ。」
続く言葉を思わず口に出しそうになるのをなんとか寸止めした。この言葉を出すのに、私の覚悟はまだ足りない。この気持ちが無駄になってしまうことが何よりも怖い。
聖は大切な人。彼ならば私から離れていくことなんて絶対にありえない。だからもうそれは怖くない。強がっていてもやっぱり死が怖い。虚勢を張って、なんとか心をこの世界に繋ぎ止めている。この恐怖を乗り越えた時、私は言えるのかなぁ。
聖に生きたいって。聖に.....。
未だ恐怖は消えない。時雨にとってその感情は何よりも大きく、到底簡単に消えるようなものではない。しかし、上回るほどでなくとも、それに匹敵するだけの感情が新たに生まれ始める。
まともに人と接してこなかった時雨に、その感情を理解することはできない。
「早く会いたいよ。」
午前八時。時雨にとって何よりも長い二時間だった。
次話は聖側の朝を書きます。