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蝉彼女  作者: 霜月叶手
二日目
10/37

十話 ようやくただ向かい合うことをやめた

今回はかなり長くなりました。毎回自分がいいと思ったところで切るようにしているつもりですが調節はかなり難しいですね。

「炭酸でよかったよね?」

「ありがとうございます。」


人もまばらの談話室の椅子に腰掛け、向かい合わせに座った。向かいの女性は俺に炭酸飲料を手渡す。自分はブラックコーヒーを飲みながら、さも私は大人であると言わんばかりにこちらに目配せした。


「いいんですよこれで。」

「いやいや、子供らしくていいと思うよ。」


なんて軽く言葉を交わす。

なぜこのような状況であるのかと言うと、


「ちょっとお姉さんと話さない?」


以上。少し不用心と思われるかもしれないが、わずかとはいえ人もいる中で妙なことはできないだろう。


「自己紹介が遅れてごめんね。私の名前は清水若葉しみずわかば)。時雨様のお世話係をしてるの。」


なるほど、よく見ると確かに高そうなスーツに身を包み、一つ一つの所作が丁寧と言うか、配慮が行き届いている。例えば、先程も俺が椅子に座る際は引いてくれた。談話室に入るときもドアを開けてくれた。


「それで、清水さんの話ってなんですか?」

「ノンノン!若葉さん!わかる?わーかーばーさーん!」


チッチッチと人差し指を俺の眼前で揺らしながら、鋭い眼光で睨むものだから気圧されてしまった。


「そ、それで若葉さんはどうして俺と話を?」

「ふふん!それはだね、時雨様にできた初めての友達の様子見。」


またもや睨まれる。先程とは比べものにならないくらいの強さで。射殺さんばかりのその目は、本物の殺意を乗せてでもいるのかと思わせるほど、怖かった。単純に恐怖した。


「そんなに怖がらなくてもいいのよ。言ったでしょ、ちょっとお姉さんと話さないってさ。」


時間が経過するごとに強くなっていく双眼にたじろぐばかりで、どうしようもない。挙句、冷や汗まで流れ始め、冷房が寒いと感じるほどに体感温度は低くなる。


「質問です。あなたはどうして時雨様の友達になろうと思ったの?」


答えを間違えば本当に殺されるのではと思ったけれど、子どもに本気で向かい合ってくれるのなら、こちらも本音を語るべきだ。


「友達になってくれと言われたからです。」

「ふーん。本当にそれだけ?」


それだけ?おそらく、友達になるのに理由なんていらない。若葉さんが聞きたいのはそんなことではない。聞く限り、時雨の家はかなりのお金持ちだと。つまりは、悪意を持って時雨に近付くのなら容赦はしないと言うことだろう。


「悪意はありません。ただ...。」

「ただ?」


若葉さんの迫力に負けぬよう、精一杯深呼吸をして落ち着かせた。


「まだ、友達でいられるのか、いていいのかすごく不安なんです。圧倒的に足りないんですよ、俺には。友達って本来対等なものですよね?けれど俺には、時雨と同じような思考も、感情も、欲望もないんですよ。あって二日どころか、彼女に同情なんて十年あってもできないですし、しちゃダメなんです。」


なんでもしてあげたいと思ったが、何もしてやれないのが現実。時雨の友達になる資格はきっと、同じ状況に身を置いた経験があるものでなければダメなのだ。この世界のほとんどの人間は、死からかけ離れた日々を送る。それが悪いわけではない。いや、誰も悪くない。


「聖君、君はいい人だね。」

「え?」


まさか言われると思ってなかった言葉に耳を本気で疑ったが、別人ではないかと思えるくらいの安心感をくれる笑顔が事実であることを物語っている。


「友達になってくれって言われてイエスと答えるのは至極簡単だよ。だけどね、自分が相手にとって本当の意味での友達になれるのかどうかを葛藤するって言うのは口で言うほど簡単じゃない。だから、君は優しい人だよ。」


彼女はすっと立ち上がると、ツカツカとヒールの音を立てながら窓際へ歩み寄る。


「ごめんね、驚かせちゃって。本当はわかってたんだ、君の人格なんて。時雨様があんなに嬉しそうに笑うの初めて見たかもしれない。でも、時雨様は両親と私くらいしか人を知らないから、ほんのちょっとだけ心配だったの。そして、嫉妬した。」


徐に袖で顔を拭った。


「たった一日で時雨様を変えれるなんてずるいなって。私は赤ちゃんの時から時雨様を知っているのにどうしたって友達にはなれなかったの。だから、君は時雨様の友達でいてあげて、最後まで。救われるのは時雨様だけじゃないんだからね。」


今回はさすがに答えがわかっていた。なんて言えばいいのかなんてわかりきっている。それでも、まだ踏ん切りがつかない。やっぱり俺は。


「彼女は強いじゃないですか。もうすぐ死ぬなんて思えないくらいに。しっかりと現実と向き合って、その気持ちに折り合いをつけて、納得してるじゃないですか。それでも、本当に俺は彼女にとって必要な存在だと思いますか?」

「割と頑固なのね。だったら、夜中の二時に107号室に来てみてよ。明日まで病院にいるんでしょ?本当は悪いことだけど、まぁバレなきゃね。」


そうして俺たちは談話室を後にした。




人々が寝静まり、物音一つするはずのない真夜中の病院で足音がする。足音は107号室の前あたりで止まった。

ぼそぼそと、か細い声が部屋の中から聞こえてくる。ひっそりと耳を立て、なんとか声を拾う。


「やっと...私にも友達ができたって言うのに...どうして。私もっと...。」


ああ、なんてことだ。俺は、大馬鹿野郎じゃないか!俺が彼女にとって必要かどうかが問題なのではない。彼女が俺を必要としているのかが大事なんだよ!


ようやく本音が聞けた。少年は唇を噛み締めその場を後にする。


「いやだよ!」


何を悩む必要があったと言うのだ。


「死にたくないよ!」


強いなんて俺の勘違いに過ぎなかった。


「もっと生きてたいよ!」


だから、俺は時雨の友達になることを今度こそ本気で誓った。








次から3日目入ります。

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