素直じゃなくても好きって言って 2
あー、暇だ。
本当なら、研究室に篭もって実験を繰り返しているはずのこの時間に、何で私は縫いぐるみに囲まれとるんだ。
クマ、ウサギ、ヒツジ、ライオン、パンダ。
愛らしい姿のこいつらが、今は憎い。
カインの野郎、ワザとだな。
『お兄さんはお仕事に行ってきますからね。クマさんたちと良い子にしてるんだよ』
そう言って、嫌味な程優しい顔して私の頭を撫でたカインは、出かけて行った。
なぁにが、『クマさんたちと良い子に』だっ!!
私はバリバリのキャリアウーマンだぞっ!!
泣く子も黙る、魔法薬研究室の最年少室長だぞっ!!!
挙句に、お前の上司だっ!!!
文句を言って、蹴りの一つでも入れてやりたかったが、屋敷の使用人の目もあり、叶わなかった。
引きつりながらも、笑顔であいつを見送った私を、誰か褒めてくれっ。
あー、それにしても、本当に暇だ。
用意されたのは、縫いぐるみだけじゃなく、絵本やお絵描きセット、パズルなんてものまであったけど、いかんせん幼児向けだ。
こんなもんどうしろって言うんだっ。
一応、用意してくれたメイドに悪いので、適当に使った形跡は残しておいたが…。
唯一ありがたいのは、一人にしておいてくれることだ。
カインがそう指示したのか、私は部屋に一人。あ、ニャン太は一緒だが。
普通幼児には何人かの世話役を付けるこころだが、カインもそれはさすがに気の毒だと思ったのだろう。
幼児のマネごとをするなど、屈辱の極みだからなっ。
コンコンコン。
お?なんだ?
「はい」
昨日ドアノブを掴むのに必死だったこともあって、自分で扉を開けないことにした。
「セシリア様。奥様がお見えになりました。お茶をご一緒に、とのことです」
「へ?オクサマ??」
えっえっえええーーー!?
カインって結婚…っ
「あ、失礼致しました。カイン様のお母様のことです」
私の仰天ぶりに、メイドが慌てて訂正した。
「えっ?はっ?オカアサマ…お母様…っ王妃様っ!?」
「はい。このお屋敷では、王妃様のことを奥様とお呼びしておりまして…」
王妃様っ!?ヤバいっ!!えっ?私一人でお相手するのかっ!?
ってか、なんで王妃が来るんだっ!!
息子の家だから、当たり前っちゃあ、当たり前だけどっ王妃だぞっ!?
テンパって固まったままの私を、メイドが促す。
いっ、行くしかないがっ、ここは五歳児のフリをするべきなのかっ!?
そもそも、五歳児ってどんなのだっ!?
おいっ!カインッ!!早く帰って来てくれーーっ!!!
王妃が待っていたのは、サンルームだった。
「セシリア様を、お連れ致しました」
「ありがとう。ここはもう良いわ。下がって結構よ」
えっ!?二人っきりっ!?
ちょっ、待っ、置いてかないでーっ!!
無情にもメイドは出て行ってしまう。
「うふっ。突然ごめんなさい。私、カインの母のサラです」
「あっ、私は、セシリア・マグ──」
ヤバいっ!家名を名乗ったら、私が研究室の室長だって、バレちまうっ!
どうするっ!?どうするっ!?
「ふふふっセシリアちゃんね。可愛らしい名前だこと。今日は王妃としてではなく、カインの母として参りました。だから、そんなに畏まらなくても大丈夫よ。私のことは、サラお母様とでも、呼んでちょうだい」
「は、はいっ」
っふぅーーっ!!ヤバかったーっ!!
「カインが可愛らしいお嬢さんを預かったと聞いたものですから、私も会いたくなってしまったの。ふふっ。でも、本当に愛らしいこと」
「そんなっ、いえっ…ありがとうございます」
「セシリアちゃんは、カイルの上司の方のご親戚だそうね?」
「はいっ。突然ご厄介になることになりまして…、ご迷惑をお掛けしておりますっ」
ううううっ、ボロが出なけりゃ良いんだがっ!
「ほらほら、そんな畏まらないでっ。普段どおりで構わないのよ。…カインの上司となると…直属のマグレーン室長ね」
ドッキーーーーンッッッ!!!
「はははは、はいっ。姪です」
「そう…。たしかに、よく似ているわ」
「………」
本人ですからねーーーっ。
ヤバい、なんだこの緊張感はっ。
お茶を飲む手が震えるっ。
「マグレーン室長は、本当に優秀な方ねぇ。私もつい先日、若返りの妙薬なるものは出来ないか、依頼してみたの」
「っぐっっゴホッゴホッ」
「あらあらっ、大丈夫っ?」
「ゴホッ、はいっ、だっ大丈夫ですっ。失礼致しましたっ」
そう。まさに、それだ。私が失敗した実験は……。
細胞を活性化させることで、肌の若返りを目論んだのが、このザマだ。
「歳を重ねると、どうしてもシワやらクスミやら、気になってくるでしょう?あっ、セシリアちゃんに言っても、まだ分からないわよねっ。ふふふっ。まぁ、セシリアちゃん、頬っぺがプニプニしてるわっ。可愛いっ。ずっと触っていたくなるわぁ」
王妃は、私の頬をプニプニと指で挟んで、感触を楽しんでいる。
「王妃様は」
「やだっ、サラお母様って呼んでちょうだいっ」
「…サラお母様は、とってもお綺麗ですよ」
事実、年齢不詳の美人だ。
かの国の麗しの人、と有名な吟遊詩人が歌って、他国にも王妃の美貌は知れ渡っている。
「まぁっ、ありがとうっ」
喜ぶその様は少女のようで、カインのような成人男性の母とは、とても思えない。
たしか、十七歳で当時王太子だった国王に嫁いだから…、四十…五…四十五歳!?
みっ、見えんっ……。
「ああ、やっぱり女の子って可愛いわねぇ。うちは男ばっかりだったから…。お嫁さんだって、まだ居ないし」
「…王太子殿下には、婚約者の方が居ると聞きましたけど…」
「そうっ。居たのよっ。でもねぇ、あれ、破談になっちゃったの」
「えっ!?」
王太子殿下の婚約が破談っ!?
お相手って確か、隣国の王女で、ご成婚間近って話じゃなかったかっ!?
「あ、これまだ公表してないから、内緒ね」
内緒ねって……。それって機密事項なんじゃないのっ!?
良いのかっ!?こんな子供に話してっ!?!?
「母上っ!」
慌てた様子で、カインがサンルームにやって来た。
「あらぁ、カイン。もう戻って来ちゃったの?」
「父上から、母上が私の屋敷に向かったと聞いたんですっ。何してくれてるんですか、あなたはっ」
おー、カインッ。
今はお前の存在が、ありがたいっ。
王妃はなかなかの破天荒なんだっ。
「しまったわ。口止めしておくの忘れたわっ」
「口止めってねぇっ。…セシリア、母がすまないね」
カインは申し訳なさそうに謝る。
「いえ。王妃様とご一緒出来て楽しかったです」
やー、ほんと、疲れたよ。
ボロはでそうになるわ、機密を漏らされるわ。
「セシリアちゃん、サラお母様でしょ?」
「あ、すみません。サラお母様」
「………はぁー」
おい、何でカインがため息吐くんだよ。ため息吐きたいのは、こっちだろっ。
「で、母上は、何しにいらしたんですか」
「あら、母親が理由無く息子の家へ来てはいけないの?」
「…私が仕事で、屋敷にいないことは知っていたでしょう。そもそも、用事があれば、研究室に来る方が近い。何せ、研究室は城の敷地内だ」
「……」
「母上」
「っ、そんな怖い声出さないでちょうだいなっ。セシリアちゃんに会いに来たのよっ」
「はぁ。やっぱり」
カインは額に手をあてながら、ぐったりして椅子に腰かけた。
「良いじゃないの。お茶を飲んでお話してただけよ。余計なことは言ってないし。…あ」
「!?『あ』って何ですっ?『あ』ってっ!」
「違うわっ!ちょっと、ロイドの話をしちゃっただけ」
「兄上の?…あー。…セシリア、どうか内密に」
言えるかっ!!公表されてもないのに、王太子の婚約破談だってー、なんて言おうものなら、不敬罪だわっ。
しかし、王妃の手前、一応素直に頷いておく。
「だって、私女の子が欲しかったのよっ」
「はぁ?」
「私が選んだお洋服着せたり、一緒にお菓子なんか作ったり、恋の相談にのったり!すっごく憧れていたのに、産まれてきたのは、みーんな男の子!五人も産んだのに!」
王妃の話に、カインは最早虚ろな目になっている。
「それは、何回もお聞きしました」
「でもねっ、いつかお嫁さんという、可愛い娘を連れてきてくれるだろうと期待してたのよ!それがっ!それがよっ!!揃いもそろって、独身っ!!!結婚の『け』の字も出やしないっ!どうなってるのよっ」
王妃は椅子から立ち上がって、カインを責め立てる。
そう言えば、そうだな。王族は比較的早くから婚約したりするのに、カイン含め王子たちは、皆独り身。
唯一婚約者のいた、王太子も破談となっては、王妃が心配するのも分かるな。
「どうなってるのって、言われましてもねぇ。まずは兄上たちからでしょう、順番的に」
「この際、順番なんてどうだって良いのよっ!」
キッと睨む王妃に、カインは怯む。
「セシリアちゃんだって、そう思うでしょ?私、普通なら孫が居たっておかしくないのにっ」
この若々しい王妃が、おばあちゃんってのは想像出来ないけど、まあ、そうだな。
王太子は御年二十七歳。子供の二、三人居たっておかしくない。むしろ、王太子なのだから、居ないほうが不自然だ。
「サラお母様は、早くお孫様が見たいのですか?」
「そうよー。セシリアちゃんみたいに可愛らしい女の子なら、尚の事早く見たいわっ!」
「カ、カインお兄…様」
くうっ!この呼び方嫌だっ!!
「なんだい?セシリア」
さっきから聞いてりゃ、カインの奴私の事、呼び捨てにしてやがるっ。
だから、その余裕面やめろっ!
「サラお母様のためにも、早くお嫁さん見つけた方が良いんじゃないですか?」
「…母上のこと、サラお母様って呼ぶんだね」
無視かよっ。しかも、さっき王妃にお母様呼びしろって言われてんの、聞いてただろっ。
「ええ。いけませんか?」
「ううん、全然」
カインの野郎、笑ってやがるっ。王妃が帰ったら、覚えてろっ!こんにゃろーっ!
「……セシリアちゃん」
「はい?」
「あなたっ、私の娘になる気はない?」
「「は?」」
「やーんっ!だってだって、私、セシリアちゃんのこと、とーっても気に入ってしまったんだものっ」
娘って、養子!?それは困るっ!
いや、だって、この姿は実験の失敗によるものだしっ、元の姿は成人女性、ちょっと嫁き遅れ年齢だよっ!?
「母上っ」
「息子のお嫁さんになって欲しいのっ」
「え?」
オヨメサン…およ…お嫁さんっ!?!?
「はああぁぁぁぁぁぁーーーーーっっっっっ!?!?」
設定を書いていた紙を、無くしてしまいました…。何とか思い出して、最後まで書ききります。