八の掟 図書館の職員は魔法を使ってはいけません
20160814)全体的に手を入れています
王立魔法学院を主席で卒業した王宮付きの魔術師……。
ええっと、魔法を使う人達が勉強するのが魔法学院で、そこを主席で卒業したのがキャリーさん。で、キャリーさんは王宮付きの魔術師……であってますよね?
「フィッシャーズ……どっかで聞いたことあったな。西の方の領主にそんな名前があったような」
タマさんが言うと、キャリーさんは胸を張っています。ちっちゃくなっても偉そうなところはかわらないみたいです。
「ええ、そうよ。西の領主は父なの。フィッシャーズ家は代々王宮付きの魔術師として王家を支えて参りましたの」
「で、その偉い人が何でこんな辺鄙な図書館まで来たわけ?」
「それはクロッシュフォードの魔法定理の本を探していたら、ここにしかないと分かって……。伯爵、お願いです」
キャリーさん、いきなりクロ館長の足元に膝をつきました。そして、深々と頭を下げてます。
「お願いです、王子を助けて下さい」
「キャリーさん、頭を上げてください」
クロ館長の声が響きます。でもキャリーさん、頭を上げません。
「伯爵のご協力がいただけるまで諦めませんっ」
「……俺は伯爵じゃありません」
「嘘ですっ! わたくし、伯爵の領地まで行ったんです! 領地の管理は確かに弟君が行ってらっしゃいましたけれど、伯爵位を戴いたのはクロード様、あなたで間違いありませんっ」
クロ館長、ぽりぽりと耳の後ろをかきながら、おひげが下に向いてます。
「クロ館長、諦めたら? それに、王子ってことはおまえにも関係のない話じゃないだろ? キャリーさんはペナルティでこの図書館を動けないわけだし」
「しかし、俺も図書館を空けるわけにはいかない。館長だし」
「それは館長代理の俺がいれば済むことだろ。それに魔法関係は俺はからっきしだ。おまえが行くしかないだろ?」
タマさん、クロ館長を口説きにかかってるみたいです。
ワタシはクロ館長が館長になる前のこととかタマさんのこととか、あんまり良く知らないですが、昔からの知り合いなのは聞いています。
多分、その頃の話なんだろうなあ、と思います。
クロ館長の子供のころを知ってるとか、うらやましいです。ワタシも聞いてみたいなぁ。昨夜のタンゴ亭でもちょこっと聞いたけど、もっと聞いてみたいです。
「お願いします、伯爵! 王子を助けて下さい!」
「でも、多分俺は君の思うような手伝いはできないと思う」
クロ館長は耳を伏せて目を閉じます。
「今の俺は魔法を使えないんだよ」
◇◇◇◇
「嘘……そんな、あの、魔法定理を組み上げた貴方様が、力を失ったと言うのですか……」
キャリーさんは座り込んだまま、うなだれています。ワタシは思い出しました。あの掟。
「クロ館長、掟のせいですね……図書館の職員は全員、魔法が使えなくなるあの掟」
クロ館長も目を閉じたままうなずきます。
「そんな……」
「ああ、こいつは魔力を失ったわけじゃないよ。封印されてるだけだ。図書館ってのはそれ自体が魔力に満ちている。その魔力を使うために、個人の持つ魔力は封印される。個人の魔力とぶつかるんだそうだ。だから、クロ館長は魔力を封印されてるんだ。まりーさんもあきちゃんもエディさんもそうだよな。俺はもともと魔力を持たないから関係ないんだけど」
えっ。ワタシもなんですか?
……ワタシ、魔法を使った覚えも封印された覚えもありませんけど、そうなんですか?
「図書館の館長を外れれば、魔力は戻る。キャリーさんの話から察するに、一刻一秒を争う状態なんだろ? クロ、行ってやれよ。マリオン王子に何かあったんだろ?」
「簡単に言うなよ、タマ。図書館の館長は任命制だろ」
「王族の火急の事情があればその限りでないって条項あったろ。行けよ。おまえにしかできないことだろ?」
クロ館長は長い間黙ったまま目を閉じてました。でも、耳はピンと立って、ひげもしゃきっと前に立ち上がってます。
うん、もう心、決まったんですね。
「クロード様っ。お願い致します。わたくしにできることでしたら何でもやります。どうか、どうかマリオン王子をお助けくださいませっ!」
キャリーさんも足元で土下座してます。クロ館長はキャリーさんの肩に手を置きました。
「キャリーさん、頭を上げてください。……タマ、頼んでもいいか?」
ぴぴっとひげを震わせて、タマさんはうなずきます。
「おう、行って来い。あきちゃん、クロのこと頼むよ」
「えっ? ワ、ワタシですかっ?」
タマさんとクロ館長の顔を交互に見比べます。なんで? なんでワタシ?
「あきちゃん、手伝ってくれるかい?」
クロ館長の真っ直ぐな視線が心にまで届きます。こんなクロ館長、見たことありません。……かっこいいですっ。ドキドキしますっ。
「は、はひっ。ワタシにできることならっ」
「あきちゃんさん、わたくしからもどうぞよろしくお願いいたしますっ」
キャリーさんまで床に頭をこすりつけんばかりに深々と礼をしてます。そんなっ、拝まないでくださいっ。
「じゃあ、一階のフロアに降りよう。エディさんとまりーさんにも見ていてもらわないとな」
クロ館長は立ち上がります。ワタシたちもクロ館長について下に降りていきました。