五の掟 閉館中は立入禁止ですっ!
20160818)全体的に手を入れています
翌日。いつもどおりに出勤します。
うふふ、皆さんと一緒に行ったタンゴ亭は実によかったですよ~。
飲み物も食べ物もめちゃくちゃおいしかったですし、クロ館長のいろいろなお話も聞けました。
タマさんは意外とお酒に弱くて、あっという間に潰れてました。クロ館長に担がれてお部屋の方に早々に退場されちゃいましたけど。
エディさんはご家族が待ってると言って夜半過ぎには帰っちゃいました。その頃にはお店も看板で、ワタシとまりーさんはクロ館長に送っていただいちゃいました。
飲み物が美味しかったのは幸せでしたぁ。アルコールは飲めないのですが、アルコールの入ってないものもいっぱいあって、選び放題でした。
と、にまにましながらいつもの道を通っていると、ものすごく焦った顔をしたエディさんにすれ違いました。ワタシよりも早くエディさんが出勤されてるなんて、珍しいですね~。
ワタシが鍵を持っているので、入れないはずなんですけど。
「あ、おはようございます。何かあったんですか?」
「あ、おはよう、あきちゃん! 昨夜誰かが図書館に忍び込んだみたいなんだよ! クロ館長を呼びにいまからタンゴ亭に行くところなんだけど、まりーさんが来たら中に入らないようにって伝えておいてっ! 入り口は綱引いて立ち入れないようにしてあるから、あきちゃんも入っちゃダメだよ!」
それだけ言うと、エディさんはすごい勢いで走って行きました。
閉館中……とりわけ雨が理由の閉館中は、何人たりとも入ってはならないのです。館長であっても司書であっても。
それを……一体誰が……。
ワタシも急いで図書館に向かいます。入り口にはいつものバンさんが所在なげに立ってました。入り口は閉まってるし、綱張ってあるし、困惑した顔してます。
「バンさ~ん」
「あきちゃん、こりゃ一体どうしたんだい? 今日は雨が降ってないのに閉館かい?」
そういいながら今日の新聞を差し出してくれます。ワタシは受け取ってから首を横に振りました。
「いいえ、何でも夜の間に誰かが入ったらしくて、今エディさんが、クロ館長を呼びに行ってるんです」
「なんてこったい! そりゃ大変だ。あきちゃん、わしらの手伝いが必要ならいつでも呼んでおくれな」
「ありがとうございます」
ありがたい言葉です。もし人手が必要になったら、村の人にお願いしなくちゃいけません。
バンさんは手を振りながら帰って行きました。いつもは図書館で朝ごはんを食べて行かれるので名残惜しそうでしたけど、開館できない以上、ワタシも何もできません。
少ししたらまりーさんが来ました。
「おはようございますー。あらー?」
ワタシは事情を説明します。
「あらまあ、それは掟破りですわねー。どうしましょうかー」
「とにかくクロ館長待ちですぅ」
「困ったわねー。あきちゃん、お茶飲みますー?」
まりーさん、手提げから魔法瓶を取り出します。お昼のためのお茶だと思うのですが、のどが渇いていたのでありがたくいただきます。
「この調子だと朝ごはん、よそで食べなきゃいけませんねー。どうしましょう。いっそのことクロ館長を呼びにいって、タンゴ亭で食べるというのはどうでしょうー?」
「でも、エディさんがもう呼びに行ってますし、すれ違いになりそうですよう」
「それもそうねー」
朝ごはんの思案をしてるうちにクロ館長が来ました。タマさん、エディさんも一緒です。あ、なんだかお腹いっぱいな顔をしてます。やっぱり朝ごはん、タンゴ亭で食べたんですねぇ~。
ちょっと恨めし顔してやりましたっ。
「クロ館長」
「うん、話は聞いた。エディさん、扉は開けてない?」
「いや、鍵がかかってなかったんで、もうあきちゃんが開けてくれたのかと思って中に入っちゃったんです。そしたら二十冊ほど飛び出して来ちゃって。中では本たちが飛び交ってます」
すんません、とエディさん、頭を下げます。
「参ったなあ……。それに夜中にも誰かが侵入したってことは、それなりに逃げられちゃってる可能性はあるわけか。仕方がない。今日は蔵書の総点検だ。飛び回ってる本をまずは鎮めないと」
ちらっとクロ館長がタマさんを見ます。タマさん、大きく伸びをするとうなずいて扉に近寄りました。
「ドロが散るからそこ、避けて」
みんなが扉から少し離れると、タマさん、四足猫の姿になって、すっごい勢いで地面を掘り始めました。飛び散る泥や土を避けながら見ていると、あっという間にタマさんの姿は土の中に隠れました。
それからどれぐらい経ったでしょう。玄関の天窓からもくもくと煙が上がりました。少し紫がかった煙ということは、本の動きを止めるためのお香を焚いたんですね。
玄関の扉が内側から開きました。タマさんがほそーく扉を開けています。後ろでばたばたがんがんぶつかる音が聞こえるのは、本が扉にぶつかったり飛び回ったりしてる音なんですね。
「クロ館長、いるか」
「ああ、ここだ」
扉に歩み寄ります。
「どうも様子がおかしい。止煙香を焚いたんだがいっこうに効かない。夜中に侵入者があっただけじゃなくて、何か他の原因があるんじゃないか?」
「他の?」
止煙香とは、文字通り、本の動きを止めるお香なんですが……。
「うん、図書館自体が『掟』を叫んでるからね。それに呼応して本が暴れてる感じだ。扉を開けたら全部逃げちまいそうなくらい暴れてる。悪いがさっき掘った穴からみんな入って来ちゃくれないかい。こっちの大扉は内側から鍵をかけとくから」
「わかった」
扉は閉じて、鍵がかかる音がします。
「エディさん、先導してもらえますか。あきちゃんはその次。まりーさんはその後ろ。僕は最後に入ります」
「よっしゃ、任しとけ」
タマさんが掘った獣道を、エディさんが歩いていきます。その後ろをワタシも歩きます。
うわ、狭い。雨の翌日なので周りも水がしみて泥だらけです。これ、向こうに出られたらお着替えが必要ですよう。
「よいしょっと。これが出口か。あきちゃん、ほれ、手をだしな」
目の前を歩いていたエディさんが消えたと思ったら、出口の明るいところから手が伸びてます。
つかむと軽々と持ち上げられました。エディさんほんと力持ちぃ。
周りを見回すと、明かりがついてないのではっきりはわかりませんがキッチンのようです。喫茶室の方までは本が飛んできてないようなので、すこしだけ安心します。
「うわー、泥だらけ。あとで床の掃除だなぁ」
「その前に、顔を洗ったほうがいいですよー、エディさん。おひげが泥だらけですー」
まりーさんに指摘されて、キッチンの流しで洗います。ワタシも手を洗わせてもらおうっと。
流しはワタシでは背が届かないので、まりーさんに抱っこされて洗います。
「はい、おしまい」
まりーさんにっこり。あれだけの中を通ってきたのに、顔にはドロ一つついてません。すごいです。
タマさんが喫茶室に戻ってきました。飛んできた本に殴られたのかちょっとおしりが痛そうです。
「さて、どうしますかね、クロ館長」
「確かに図書館全体から圧迫を感じますね。『掟』の。……もしかして、不法侵入者がまだ館内にいるのかもしれません」
「えっ」
確かに、掟に逆らうと図書館から出られなくなるのはよくある話だし……。
「とりあえず、お茶でもしましょうかー。本はここまでは来ませんし、あきちゃん、おなかすいてるでしょー?」
まりーさんに言われて、お腹がきゅ~と鳴ります。
「後の方々は朝ごはんはお済みですかー?」
「ああ、タンゴ亭で……」
とエディさんが口を滑らしました。
やっぱり。
エディさんをじとっと見ます。エディさんは知らん顔で口笛吹いてます。わかりやすすぎます。
「じゃ、タマさん、すみませんが二人前のモーニングをお願いできますかー? 私は皆さんの分のお茶をいれますから」
「了解。座って待っててくれ」
カウンターには座れませんので、喫茶室内のテーブル席に座ります。ほどなくしてジューっといい音がしてきました。この匂いはベーコンでしょうか。ベーコンエッグは大好きなのです。紅茶のかおりもしてきました。泥にまみれてることをすっかり忘れてご飯を待ちます。
「ほいっと。ロールパンの買い置きがなくなってたんで、トーストですまん。その代わりベーコン厚めにしといたから」
タマさんはそう言いながら美味しそうなベーコンエッグのプレートを置いてくれます。パンはロールパンのほうがワタシは好きなんですが、ベーコンエッグならトーストの上に乗っけてベーコンエッグトーストにするので問題ないです♪
「はい、あきちゃんにはミルクティね」
まりーさんもミルクティを持ってきてくれて、前の席に座ります。エディさん、ちょっとうらやましそうにこっちを見てます。だめですー。あげませんー。
「じゃあ、いただきますー」
「いただきます」
ナイフとフォークでトーストにベーコンエッグを載せて、ぱくり。ベーコンの塩加減がたまりません。
付け合せのサラダに手をのばそうとしたところで、カウンターの方から声が聞こえました。
「モーニング、わたくしにもいただける?」
びっくりしてみんな振り向きます。
カウンターに座っていたのは、三角形のとんがり帽子をかぶった、あの魔法使いのおねーさんでした。