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三十九の掟 企ての終焉

「クロード様っ!」


 何度呼んだか知れない。揺さぶっても全く目覚めないのはやはり一度体を乗っ取られた影響なんだろうか。

 キャリーは不安を押し殺しながら、何度も声をかける。

 目の前のクロードに集中していたせいで、背後のことなんか全然気が付かなかった。

 何かが体に入ってきた、と気がついた時には遅かった。視界が暗くなってようやく、自分に何かが起こっていると気がついた。


「な……に?」


 闇が体にまとわりついている。

 手を見れば、指先まで黒い霧状のものが蛇のように巻き付いている。

 鏡を見れば、エプロンドレスをまとったキャリーの全身が同じように霧状のもので巻かれていた。背中には闇が蝙蝠の羽のように広がっている。

 霧が触れているところから熱を奪われているのが分かる。背中と指先がどんどん冷えて行っている。寒さで体が震えてきて自分を掻き抱いた。


「寒い……」


 立っていられなくて、絨毯の上にぺたりと座り込んだ。ベッドの毛布を震える手で引き剥がし、身に纏う。それでも内側からどんどん冷えていくような感覚に陥る。寒いのに額には汗が浮かんできた。

 闇を散らす魔法を幾つか口に登らせようとしたが、震えた唇ではまともに詠唱できない。

 いつだったか、寒さで意識が飛ぶということを聞いたことがあったが、こんなところで自ら体験することになるなんて。


「クロード様……」


 つぶやきだけ残して、キャリーは意識を手放した。落ちていく意識の中で、誰かが『何故、変容しないっ!』と叫んでいるのを聞いた気がした。





「ほれ、起きな、お嬢ちゃん」


 その声にキャリーは目を覚ました。どれくらい眠っていたのだろう。顔を上げるとどうやら床に座り込んだまま、毛布にくるまって眠っていたみたいだ。

 顔を上げると、フードを深く被ったスラリと背の高い魔女の姿があった。


「ミスト様……?」

「ああ、ありがとうよ。お嬢ちゃんのおかげで、最悪のシナリオにはならずに済んだ。……立てるかえ?」


 魔女の差し伸べた手につかまってキャリーは立ち上がった。老女とは思えない力強さに、キャリーは驚きながらも礼を述べる。


「クロード様は……?」

「ああ、さすがに精神毒で参ってたようだねえ。乗っ取られかけてたようだけど、よく抑えてくれたもんだ。間に合わなきゃ、今頃自分の手で心臓をえぐり出して死んでたよ」


 やっぱり、とキャリーは身震いをした。あの行動は、やはりそうだったのだ。意識を失い、操られたクロードの手を抑えたのは間違いではなかった。

 魔女の手がすっと頬に伸びてきて、キャリーはびくっと体をこわばらせた。


「女の子が頬に傷なんかつけたままにするもんじゃないよ」


 傷薬をつけてくれたのだろう、丹念に塗り込められた傷はさほど痛みを感じなかった。頬に手をやると、傷跡があったとは思えなかった。


「でもまあ……これのおかげで闇の王の召喚は失敗したわけだし。お嬢ちゃんのお手柄と言えるねえ」

「え……あの、今は何時ですか?」


 そんなに長い時間眠っていたのだろうか。キャリーは慌てて外を見回そうとしたが、外が暗いと分かるだけだ。


「まだ夜中の二時だよ。魔女の狂宴は続いてるけどね、闇の王の召喚の儀式は終わったんだよ」

「終わった……? どういうことですの? それに、あの黒い霧は、どこに……?」


 そっとクロードを見やる。苦しむ様子も見えず、安らかに眠っているようだ。


「面倒だから、説明は全員揃ってからにしようかねえ。お嬢ちゃんもお休み。もう心配することはないからねえ」


 追い立てられるように簡易ベッドに横たわり、毛布をかぶる。

 あれだけ恐怖を煽っていた地鳴りも魔女たちの笑い声も闇の気配も今は何一つ残っていない。


「あの、クロード様は」

「大丈夫じゃよ。精神毒の解除はしておいた。まあ、意識を失っていなければ、体を操られることはなかったんじゃがの。軟弱な奴じゃ」

「いえ、クロード様は……」


 そんなことない、どれだけ苦痛に苛まれていても、全くそれをおくびにも出さなかった。並大抵な精神力じゃないはずだ。


「いいんじゃよ。……ほれ、お前さんももうお休み。クロードは明日まで目を覚まさんじゃろう。わしもここについておるでの」


 魔女ミストの口調がいつもの優しいおババのものになる。キャリーは小さくうなずき、目を閉じた。





 結局次に目が覚めたのは翌日の朝。魔女の狂宴がすっかり終わった翌日だった。

 キャリーが目を覚ました時には枕元には兄フィリップが詰めていた。魔女ミストもそのままこちらにいたようで、フィリップの後ろから顔を覗かせた。

 クロードはキャリーより少しあとに目覚めたが、精神毒の影響と七日もベッドにいたせいで、やつれて見えた。ベッドから立ち上がるときのふらつきようから、足の筋肉もずいぶん衰えているみたいだ。


「ともかく、一度うちに戻ろうかの。フィリップ殿、そなたも一緒にの」

「はい。こちらもお話しなければならないことが山積みですから、お供致します」

「兄様、わたくしが表に出ても大丈夫なの?」


 こそっと耳打ちすると、フィリップは微笑みを浮かべてうなずいた。


「大丈夫だ。あきちゃんとお前が行方不明になったのも全て魔女のせいになっているから」

「えっ……」

「ともかく出かけるとしよう。同じ話を何度もするのはかなわんでの」


 魔女ミストの言葉にしたがって、クロードたちはマリオン殿下の塔を降りた。

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