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三十七の掟 ヤドリギの魔女とカッコウの魔女

「何をしに来たのか聞いてもいいかしら」


 背中を覆うほどの艷やかな黒髪を流し、胸の大きく開いた真っ赤なドレスを着崩し、長椅子にだらしなく体を預ける魔女は、目の前に立つ薄ぼけた姿の老婆に煙管を突きつけた。

 それに答えず、老婆は部屋の中をぐるりと見回した。広いダンスホール、緋色の絨毯。設えられた質の良いソファに見目よい青年が侍る。


「あんたは相変わらずだねえ、ゲール。派手だこと」

「その名前で呼ぶのはよしてよ。あたしには似合わないわ。せめてナイチンゲールって呼んで」

「古馴染みの誼で呼んでるんだよ、ゲール。カッコウの魔女だなんて、誰かと思ったじゃないさ。素直にウグイスの魔女だと名乗ればいいものを」

「よしてよ、あんたと古馴染みだとか。若い魔女ってことで通してるんだから、ウグイスの魔女なんて名乗ったら一発でバレるじゃないの」


 すると老婆――魔女ミストはやれやれ、とフードを被った頭を横に振った。


「魔女討伐をようく知ってる時点で化けの皮なんざ剥がれてるよ。……あたしがここに来たのはねえ、あんたがなんであれに力を貸したか、聞くためだよ」

「それに、あたしは別に何だってよかったのよ。見目良い子を手元に置きたかっただけ」


 それを聞いて途端にミストの表情が曇った。


「あんた……誰に騙されたんだい。あんたが好きなのはそこにいる、知性も教養も兼ね備え、美しくたくましく、しかも優雅な青年。そうじゃないかね? なんでまたあんな――幼い王子に力を流し込んだりしたんだい。誑かすにしても、あんたの好みになるまではあと十年はかかるってのに」


 ゲールはその言葉に笑い出した。


「はぁ? なにそれ。幼い王子? そんなのには興味ないわ。今の宮廷付き筆頭魔術師よ、あたしのターゲットは。昔はもう一人、金髪の素敵な子がいたのに惜しいことをしたわ。二人揃ってここに迎えたかったのよね」


 ミストはやれやれ、と頭を抱えた。


 ――あんたの狙いはフィリップ・フィッシャーズかいな。それにしたって、なんでこんなことに力を貸してるのやら。


「そういえば、今回の企みを立案した三派閥のトップの子たち、捕まったんですって? ばっかねえ。迂闊にもほどがあるわ」


 けらけらと笑う古馴染みに、ミストはふたたび首を振った。


「あの子たちは自業自得じゃろ。それにしても、本気で闇の王を顕現させようとか、若い子はとんでもないことを考えたもんだねえ」

「そうみたいね。どうせうまく行かないでしょうけど、あたしはどうでもいいのよ、そんなの。混乱に乗じて彼を迎えに行くだけだもの」

「あの子はそう簡単には落ちないよ」

「最初がどうであれ、最後に心を勝ち取ればいいのよ」

「やれやれ、ゲール。あんたは相変わらず恋多き女のままだねえ。その情熱と思いの持続力だけは尊敬に値するよ」


 ミストの言葉に、ゲールは不意に眉を寄せた。


「……よしてよ。あんたからそんな言葉……」

「婆には必要のないものだからね。そうそう、あんたの魔力に精神毒と肉体改造の魔法を混ぜてるのはあんたの意志かい?」

「なんですって? そんな姑息な技、使わないわよ、あたしは。……どこかであたしの魔力に載せてるんだ。なんて憎ったらしい……」


 やおら立ち上がり爪をかみ始めるゲールに、ミストは肩をすくめた。


「あんたのことだ。契約に則って必要な魔力はもう全て渡してあるんだろう? 渡した魔力をどう使おうと、向こうの勝手なんだろうさ」

「ええ、そうね。……契約は契約だから、もうあたしができることは何一つないけど、それはあたしの意志じゃないってことだけは保証する。それにしてもあの子たち、一体何考えてたの? 闇の王の召喚レシピなんてそんなに変わらないでしょうに」

「そういや古い文献を解読中だとか言ってたね。そんなの、大昔に何度も試したってのに。おおよそどこかで掘り出した古書で見つけてやってみたくなったんだろうねえ。いつの時代も同じだよ」


 ゲールはすとんとソファに腰をおろした。


「やったわねえ。……あの子たちに取って見れば新しい遊びに見えたのね。もう何百年も前から繰り返されてるってのに。まあ、それを知る魔女あたしたちも何も言わないし」

「とりあえず、あんたが首謀者じゃなくてよかったよ、ナイチンゲール。数少なくなっちまった古馴染みをまた一人失わなきゃならないのかと思ってたんだ」


 ミストは腰を上げた。


「……そうね。悪いわね、なにも手伝えなくて」

「そうそう、あんたがマリオン殿下に施したリップ痕ね。……クロードが今引き受けてるよ」


 ゲールは再び立ち上がった。その顔は蒼白だった。


「クロードって……あの金髪の?! なんで彼が……王城にいるのよっ!」


 掴みかからんばかりに詰め寄った古馴染みに、ミストはフードを少しずらして顔を見せた。


「クロードはね、マリオンの名付け親なんだよ。息子の危機に駆けつけたってところかねえ。まあ、あの子も今は昔の面影は一つもないけれど。……フィリップはクロードの親友だ。あんたの魔力がクロードとマリオンを傷つけたと知ればどう思うかね」

「ミスト……あんた、それバラしたらひどいからね」


 ゲールは冷たい目でミストを睨み据えた。


「もしバラしたら……あんたの正体をバラしてやる」

「じゃ、今回フィリップを誘拐しようなんてことは諦めるんだね」

「いやよ! それじゃ何のために力を提供したのか、わからないじゃないのっ!」


 なおも食い下がるゲールに、ミストは呆れ声をあげた。


「契約上の力の代償はすでにもらっているんじゃろう? それ以上は欲張りじゃないかねえ」

「欲張りだなんて、当然の権利じゃないのっ」

「権利などであるものか。どうしてもフィリップが欲しけりゃ、正面から当たるんだね」


 邪魔したね、とミストは腰を上げた。


「ねえ、ミスト。……あんたどうしてその姿を選んでいるの。あたしたちは魔女。好きな姿になれるのに」

「……野暮なことを聞くでないよ。あたしゃ心も体もすっかり婆さんさ。可愛い弟子が二人もいる。それで十分だよ」

 振り返り、そう言ったミストの表情はいつもになく優しい笑みを浮かべていた。

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