三十三の掟 魔女たちは少年を愛でる
北の森で魔女が幼子の夢に入り込んでいた頃。
キャリーはまんじりともせずクロードのそばに座っていた。クロードはすでに眠りに落ちている。
夜も更けてそろそろ寝なくては、と思いながらも、最初の夜を何事もなく過ごせるのかの自信がなく、目を眠っている間にクロードに何か起こるのではないかという恐怖が拭えない。
日が変わる頃、クロードは普通に眠りについた。
普通、と言っていいだろう。が、眠りにつくまでは時折苦痛に顔を歪め、つらそうな息を吐いていた。
麻痺毒はその都度解除している。が、精神毒は解除のしようがない。
アーシャが戻ってくるのを待つのが今の自分の仕事だ、と自分を鼓舞して、フィリップが明日訪れるまで起きておこうとクロードの枕元に座っている。
眠りに落ちてからは苦痛を訴えることはない。夢には精神毒は現れていないのだろうか。それとも、夢の中で苛まれていても体には現れてこないのだろうか。
ともあれ、部屋と塔の周辺に幾つかの監視を配置しておいた。彼女たちのことだ、きっと施策がうまくいっているのか覗きに来るに違いない。
不意に意識に監視からのアラートがのぼる。少し緩みかけた気分を引き締めて、キャリーは外の気配に集中した。
部屋の内側自体はフィリップ兄の力で四角く覆われ、一切の接触を断っている。もし入り込もうとすれば上か下の抜け道だろうと思ったが、案の定上から彼女たちはやってきた。が、抜け道の蓋を開けたところで彼女たちは舌打ちをした。
『やだ、結界が強くなってる』
『バレたんじゃない? あの男の仕業ね』
『あの男いいわよねえ。銀髪が綺麗だし、美丈夫っていうのかしらねえ。虜にして祭りに連れ歩こうかしら』
きゃらきゃらと魔女たちが喋っているのが聞こえてくる。声の様子から三人。これがマリオン殿下につけられた三つのリップ痕の魔女だろう。
中に入れなかった三人の魔女は、外から中を眺めることにしたようだ。見えているのはフィリップとキャリーが仕掛けた、マリオンの架空の姿だ。
『カッコウの魔女の魔力、相変わらずすごいわねえ。少し啜りたいくらい』
溢れかえる魔力に目をうるませる魔女の顔が天井の抜け道に大写しになる。
カッコウの魔女。それがマリオン殿下――今は正しくはクロードだが――に流し込まれている魔力の持ち主だと気がついた。
『ダメよ、今は我慢しなくちゃ。あと六日で完成するんだから、そこまで待ってたっぷりいただけばいいのよ』
赤い唇を舐めながら、誰かの顔が笑う。どれも長い黒髪に白い顔、赤い唇にぱっちりとした瞳で区別がつかない。
『そうね。あの王子を弄れなかったのは残念だけど、我慢することにするわ』
『あら、少年愛好者だったかしら、あなた』
『これだけ長生きすると、ね。どんなにいい男もあっという間に老いるんだから。可愛い時期からかわいがるほうが長く楽しめるでしょう?』
三人の声が次第に遠くなっていく。キャリーは話していた内容を反芻してようやく理解した。
――魔女たちは夜な夜なここに通ってきてはマリオンを甚振って遊んでいたのだ。
おぞましさに吐き気がこみあげてきてキャリーは口元を押さえた。
「なんてこと……」
クロードを起こして今あったことを正直に話すべきだろうか。
でも、こんなことを女である自分の口から話すのはものすごく抵抗がある。
「どうしよう……」
「……キャリー嬢……?」
呼ばれて振り返ると、クロードが薄目を開けていた。
「クロード様? 起きて……」
「ああ、なんだか煩くて……今のは魔女たちだね。……結界で抜け道を閉じておいてよかった」
息をついてクロードは目を閉じた。
「あの、どこらへんから聞いておられました?」
「そうだな……結界がどうのと話しているあたりから」
「なら比較的最初からですね。……カッコウの魔女ってご存知ですか?」
しかしクロードは首を振り、息をついた。
「お師匠様に確認しないといけないな。明日、お師匠様に手紙を送ろう」
「ありがとうございます」
兄にも告げて対策を頼まねば。もし有名な魔女ならば、居場所を見つけることも容易いのかもしれない。そう告げようと口を開こうとすると、クロードが声をかけてきた。
「キャリー嬢、明日フィリップが来たら、魔女が来たことを知らせておいてくれ」
「わかりました」
「流石に一日に二度も来ないだろう。……君ももう寝るといい」
うなずいて、キャリーはようやく立ち上がった。
眠くはない。むしろ目が冴えてしまったが、クロードの言うとおり、この後もう一度様子を見に戻ってくるとは思えない。
まだ先は長いのだ。あと六日――。
無理をして倒れている暇はない。兄では無理な任務なのだ。最後までやり遂げられるように自分を律するのも任務のうち。
着の身着のままベッドに横たわると、眠る努力をするべく目を閉じた。