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三十一の掟 精神毒は危険です!

「では、少し離れていてくださいね」


 アーシャの指示で二人がベッドサイドから二歩ほど離れると、彼女はポケットから本を取り出した。


「クロッシュフォードの魔法定理……」


 キャリーのつぶやきにアーシャはにこっと微笑み、それから呪文の詠唱に入った。

 それは長く、高く低く歌うような旋律で、歌いながらアーシャはあきちゃんを中心とした空間に球形に魔法陣を展開していく。

 キャリーはその光景に目を見張った。あきちゃんの体を覆っていく赤い文字。その手首から術者であるアーシャへ赤い糸のように文字が連なって伸びていく。

 球形の魔法陣が全てあきちゃんの体を覆い尽くすと、アーシャは詠唱を終わらせ、大きくため息をついた。


「無事彼女の魔力を引き出せたようだね。さすがはヤドリギの魔女の弟子だ」


 ベッドに横になり、全てを至近距離で見ていたクロードは緊張を解いてほっと口元をゆるめた。


「ええ、さすがはクロード様の編んだ定理ですわ。それにしても……すごい魔力量ですわね、本当に」


 少し頬を染め、目の周りを赤くしてアーシャは言い、それからあきちゃんの体を慎重にもう一つのベッドに移動させた。


「時間はあまりない。マリオン殿下からリップ痕を移してくれ」

「ええ。……少しだけ目を閉じていてもらえます?」

「ああ」


 クロードは目を閉じた。


「えっと、フィリップ様とキャリー様も目を閉じてもらえます? ……少し恥ずかしくて」

「え、あ、はい」


 どういう方法でリップ痕を移すのだろう、と興味はあったが、言われたとおりに二人とも目を閉じる。

 その間にアーシャはマリオンの唇に人差し指を走らせた。深い紫のリップ痕から濃い魔力が溢れ出ているのを確認して、顔を寄せる。

 息がかかる距離まで唇を寄せると、アーシャはおババ様から聞いた呪文を唱えた。それは先ほど使った魔法定理とは違い、短い言葉だったが、キャリーには聞き取れても意味が取れない言語だった。

 そのまま、アーシャはマリオンの向こう側に横たわるクロードの顔に同じように唇を寄せ、息がかかる距離で同じように呪文を唱えた。


「……移し終わりました。目を開けてもよろしいですわよ」


 キャリーとフィリップが目を開けると、クロードは目を閉じたまま、苦痛に顔を歪ませていた。


「クロード様?!」


 近寄ろうとしたが、先ほどベッドから離れろと言われたままだ。キャリーが逡巡している間に、アーシャはベッドをぐるりと回ってクロードの横にやってきた。


「大丈夫ですか?」

「ああ……なんとか。濃い魔力の上に……何か、紛れ込んでる」


 ろれつが周りにくいのか、クロードは途切れながら口にする。


「外に漏れている魔力の質は変わりませんわね……王族以外の器には毒になるものが混じっているのかもしれません。すこし我慢してください」


 アーシャは再びマリオンの側に回ると、マリオンの額と胸に手を当て、短く呪文を唱えた。


「……マリオンの体にも残ってますわね。麻痺毒……ううん、神経じゃなくて精神に影響を及ぼす毒ですわ」

「解除できるか?」

「こればかりはおババ様の協力を仰ぐほうがよいわね。マリオンの体の解毒ができたら戻ってきますわ」

「早めに、頼む。……麻痺はともかく、精神毒は、キツイ」

「分かりました。……フィリップ様、もう一度城に入る許可をいただけますか?」

「ええ、もちろん」

「ありがとうございます。次に来る時はクロード様もいないのでカモフラージュはできません。フィリップ様に一芝居打っていただきたいのですが、構いませんか?」


 フィリップは目を丸くしたが、内容を理解して顔を引き締め、うなずいた。


「分かりました。では、その際は合流ポイントを知らせてください。お迎えに参ります」

「お願い致します。……クロード様、頑張ってくださいませ。なるべく早く戻ります」


 クロードはうなずいた。もう声を出すのも辛いのかもしれない。

 アーシャは赤い鎖で繋がれたあきちゃんを抱き上げて左肩に抱えると、マリオン殿下の体を右肩に抱えた。

 それから歌うように詠唱を始める。それがクロードが使っていた飛翔魔法だとキャリーは気がついた。二人を担いだ彼女を白い魔法陣が浮かび上がる。


「窓は開けられませんから、地下の抜け穴から参ります。フィリップ様、わたしが部屋を出ましたら、クロード様の言うとおりに結界を張り直してくださいませ。よろしいですわね?」

「ああ、承知した」


 キャリーはカーペットをめくりながら、もしかして、と口を開いた。


「塔からいなくなったあきちゃんを探すのに地下道に捜索隊が出ている可能性があります。屋根裏の抜け穴からのほうが安全かも知れません」

「でも、屋根裏からだと魔女たちの視界に入りますでしょう? 二人を担いだわたしが目撃されるのはかなり危険です。地下道への抜け道は一応王族以外には秘匿されている情報です。宮廷魔術師の方でも入れないでしょう。もし地下道に何かするとすれば罠がせいぜいだと思いますわ。地下道への結界を五番目のマリオンに一任していたように、兄たちはそれほど魔力が強くありません。それに今のわたしはあきちゃんの魔力を使える魔女です。二人抱えていたとしても、わたしが負けることはありませんわ」


 その言葉を聞いてフィリップは目を見開いた。


「分かりました。アーシャさん、お気をつけくださいね」


 キャリーが言うと、アーシャはにっこりと笑い、うなずいた。


「一刻も早く向こうに戻り、解毒法を見つけて戻ります」


 それだけ告げて、アーシャは開いた抜け穴に身を踊らせた。


「キャリー、あの方は……」

「フィリップ、あれは俺の弟弟子、ヤドリギの魔女ミストの弟子のアーシャだ」


 クロードが唸るように告げる。フィリップはクロードを振り向き、じっとその黒い瞳を見つめていたが、やがて肩を落としてため息をついた。


「分かった。……では、結界を展開する」


 そう言ったフィリップの顔はいつものように毅然としていた。

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