二十六の掟 魔女の枷
今日は短めです。
20160818 全体的に手を入れています。
「それでは、行ってまいります。おババ様」
アーシャの言葉に魔女はうなずいた。後ろにはすでに移動用の飛行魔法を展開したクロードとキャリーがコートを着込んで待っている。
「気をつけての」
「はい。……必ず戻って参りますから」
にっこりと微笑んでアーシャは踵を返した。今の一言で彼女の覚悟は分かっている。
魔女ミストは浮上する三人を見上げながら、つぶやいた。
「無事、戻っておいで」
その言葉は、雪混じりの風にさらわれて消えていった。
◇◇◇◇
来た時と同じように森の上を飛んでいく。
アーシャは座り込んでクロッシュフォードの魔法定理の本を広げて読んでいる。
「五年前とは言え、よくこんな本を書き残していましたね」
「人を勝手に殺すな」
「あら、申し訳ありません。そんな意図はありませんのよ。でもこれ、まだ改良の余地はありますわね」
「ああ、途中で書き起こしたものだからな。完成形は昨日教えた通りだ」
「大丈夫ですわ。頭に入っていますから。これは念のためにわたしが預かっておきますわね。ところで、どこに着陸するつもりです?」
「正面から戻るしかないな。君はフードを被って。姿変えの魔法をかけておくが、声を出さないこと。本物のアッシュネイト姫が戻ってきたと知れたら今度は君が軟禁される。あきちゃんはヘタしたら偽物扱いで処刑だ。……キャリー嬢、彼女の正体についてはフィリップにも告げないように」
キャリーは呼ばれて顔を上げた。
「兄上にも告げてはいけないの?」
「……アッシュネイトとメイザリーの二人が揃って本来の姿で城に戻れるようになるまでは、知らせてはいけない。王立魔法学院の卒業式にメイザリーの影武者が来たと言っていただろう?」
「ええ」
「フィリップは同席しなかっただろう」
「え……ええ、そうね」
卒業式に列席していた王宮付きの魔術師たちを思い出してキャリーはうなずいた。妹が卒業するのだから顔を出すのは当然だと思っていたのだけれど、列席者に兄の顔はなかった。もちろん、父兄席にも。それで自分は期待されていないのだ、と落胆したのだ。忘れるはずがない。
「あいつはごまかすのが下手なんだ。……偽物のメイザリー姫を目の前にして、不自然な行動をしかねないと自分でも分かっているから自粛したんだろう。おそらくアッシュネイト姫の本物を目の前にして、それが見知らぬ魔女だと振る舞うことが出来ない。だから、黙っておいたほうがいい」
「……分かりました」
あの氷のような兄がそうそう表情を崩すとは思えないが、しぶしぶキャリーはうなずいた。
「正面からはわかりましたけれど……ということは、わたしをマリオンに呪いをかけた魔女の一人として捕縛していくつもりなのね?」
するとクロードは振り向いて口角を上げた。
「ご明察だ。それならば、マリオン殿下のところまで無理なく案内させることができる。これを付けて」
差し出されたそれは幅広の銀の腕輪だった。いくつもの色貴石が埋め込まれ、紋様が刻み込まれている。
「これは、魔女の枷ね。魔女の力を抑えるという」
「そう。お師匠様から借りてきた本物だ。疑われないようにこれをはめておいてくれ。魔術師には効かない代物だから、君が身につけても問題ない」
「解除はこれをはめた者のキス、だったかしら。キャリーさん、これ、わたしの左手首につけていただけない?」
「わたくしが、ですか?」
「ええ。宮廷付き魔術師のあなたがいいわ。お願い」
キャリーは腕輪を受け取りながらじっくり観察した。ぴりっと首筋が逆立つ。かなりの力が込められているものだろう。貴石は大小の差異はあれどほぼ同じ形で、全部で七種類。
それから、目の前に差し出されている左手首に腕輪を嵌め、留め具で止めるとカチリと音がして留め具の境が消えた。
「これはっ」
「なるほど、こじ開けようとしても無理ね」
ほんのり微笑んで、アーシャは小さな魔法を幾つか呼び出した。炎も水も風も、きちんと発動できる。魔女の持つ能力以外には本当に効果がないのだ。
「次にこれを外せるのは、全てが終わった後ですわね。キャリーさん、必ずまたヤドリギの魔女を訪ねていらしてね? そうでないとずっとこれを付けっぱなしになっちゃいますわ」
アーシャの口調は平静を保っていて、口元も微笑みをたたえている。でもほんの少しだけ、指先が震えていたことをキャリーは知っていた。
「はい、必ず」
キャリーは頭を下げた。必ずマリオン殿下もクロード様もアーシャさんも助ける。そう心に誓って。