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二十二の掟 愚痴は酒を飲んでから

20160818 全体的に手を入れています。

 クロードは居住まいを正した。髭はピンと張り、耳も綺麗に立ち上がっている。


「マリオン王子の状況は、すこぶる悪い。額に三つの魔女のくちづけを受けて魔力と生命力をギリギリまで吸い取られた状態で、今朝俺が訪ねていったところ、唇に新しいくちづけの痕があった。この四つ目のリップ痕から、魔女の持つ濃密な魔力が流し込まれている。この後、八日後の魔女の狂宴まで力を流し込み続けられたら、お師匠様のおっしゃるとおり、肉を持つ魔女の父、闇の王がマリオン王子の肉体に復活することになる」


 肉を持つ闇の王の復活。それがどれほどの脅威になるのだろう。キャリーはごくりとつばを飲み込んだ。


「で、聞きたいことは?」

「……お師匠様、四つのリップ痕が誰のものなのか、四つのリップ痕を除去する方法があるのか、魔女の力の流入を防ぐ方法はあるのか、お教え願いたい。俺の知識ではくちづけを贈った魔女を倒す以外に方法がないのです」


 クロードの言葉を魔女は目を瞑ったまま聞いていた。しばらくそのまま黙り込んだ魔女は、ゆるゆると目を開くと言葉を紡いだ。


「魔女のくちづけは魔女の呪いじゃ。呪いを逸らすには相手を弑するか、それ以上の力で跳ね返す以外ないの」

「やはり……」

「魔女の狂宴で召喚を邪魔するのは最後の手段じゃろう。これは狂宴に参加する全ての魔女を相手にすることになる」

「そんなこと、できるんですか?」

「まあ、無理じゃろうの」


 キャリーの言葉に魔女はそう言ってほっほっほと笑った。


「クロード坊や、わしは今回も動かんぞ」

「心得ております」


 クロードは頷き、言葉を続けた。


「では、その四名の魔女について、教えていただけませんか?」

「教えられん。魔女仲間を売るのは信義に悖る」


 師匠の言葉にクロードは目を閉じ、そっとため息をついた。キャリーも眉を寄せて唇を噛んだ。


「じゃが、久しぶりに愛弟子が女連れで顔を出したんじゃ。たまには愚痴を聞いてもらおうかのう」

「あら、お師匠様、珍しいですわね。じゃあ、秘蔵のお酒でも出しましょうか。軽くつまめるもの、準備しますわね」


 うふふ、と笑ってアーシャは立ち上がると扉の奥に消えてしまった。


「お師匠様、彼女に変なこと、教えてないでしょうね?」

「なにが変なことじゃ。あの子ももう十七。成人の儀も済ませたし、酒も嗜む程度に付き合ってもらっとるだけじゃ。あの子の作るつまみは美味いぞ」

「……いずれ彼女には城に戻っていただくつもりなんですから……」

「それは彼女が決めることじゃ。それに、どうせ戻ったところでどこぞに政略結婚で出されるだけじゃろう? 塔に閉じ込められた生活はあの子には似合わんよ。このまま行方不明のほうが良かろう」

「それでは困るんです」


 ちらりと魔女が顔を上げた。


「困るのはお前だけじゃ。お前が元の姿に戻るためだけに、彼女を連れ戻すのか?」


 クロードは膝に置いた両手をきつく握りしめた。

 キャリーは目の前の二人のやりとりに眉をひそめた。

 あきちゃん――アッシュネイト姫と間違えられた彼女を連れた状態でも、クロードは捕縛された。既に一度捕縛され、罰を受けているにもかかわらず、だ。成長した本物のアッシュネイト姫を連れてクロードが城に戻ったところで、罰が撤回されることはないのではないだろうか。

 メイザリー姫が本当の意味合いで帰城しない限り、クロードの呪いは溶けないのだろう。


「……その話は全てが終わってからにしましょう。今語ることではありません」


 クロードはそれだけ言うと、ソファの背もたれに体を預けて目を閉じた。


 ◇◇◇◇


 アーシャの持ってきた秘蔵の酒は果実酒だった。山で取れる果物だけで作ったそれは、縮んでしまったキャリーでもおいしく飲めた。彼女の作るつまみはどれも美味しく、あっという間に皿が空っぽになっていく。


「さて、腹もいっぱいになってきたし、酔いも回ってきた。そろそろわしの愚痴に付き合ってもらおうかのう」

「じゃあ、酔いざましに野菜スープ、持ってきますわね」


 テキパキと奥から鍋を持ってくると、アーシャはカップにスープを注ぎ分けて置いた。


「なんじゃ、これからがいいところなのに、酔いざましかえ?」

「お師匠様は続けてお酒を召し上がって頂いていいですよ。お二人は酔っているどころじゃないでしょうから」


 にっこり笑って、アーシャは自分の席に腰を下ろした。


「魔女と一言で言うても、一枚岩ではない。派閥というものがある。大抵が力強き魔女におもねり、おこぼれを狙う者たちが集うものでの。もちろんそういうものに参加せぬ者も多い。わしもその一人じゃ」

「でも、魔女としてはトップクラスの力をお持ちなんですよね、お師匠様って」

「そうなんですか?」

「ああ、ヤドリギの魔女ミストといえば、かつては十柱にも数えられていたからな」

「十柱?」

「昔は強い魔女をそう呼んでいたそうだ」


 キャリーの疑問にクロードが答えると、魔女は首を振った。


「御大層な肩書なんざ邪魔にしかならんよ。むしろ面倒事が増えるだけじゃ」

「そうですわね。今でもお師匠様を自陣営に引き入れようと各派閥の方々が押しかけようとなさいますし、入り口のトラップもよく壊されてしまうので大変なんですわよ?」

「派閥同士の争いに引き込まれるなぞ冗談ではないわ。派閥同士仲が悪いところもある。狂宴でも別々に闇の王の召喚をやっておったしの。ところが今回は違う。共同で召喚すると言い出した。そこに贄が銀の血の王子と来ては、間違いなかろう?」

「……なるほど。で、今回共同でやろうとしてる派閥の中心は誰なんです?」

「メイア、ローサ、マリューの三人じゃの。どうせあの王子の宣言を聞いて、報復しに行ったところで顔合わせしたんじゃろ」


 クロードは記憶をたどる。フィリップから聞いていた名前のうち、二つが合致していた。


「じゃあ、四つ目のリップ痕も三人のうちの一人ですか?」

「だといいのじゃがのう。……もう少し古い者が絡んでおるようじゃ。先の三名はまだ生まれて百年ほどしか経っておらんでの」

「百年……」


 キャリーは続く言葉を飲み込んだ。


「魔女は子供を成さない代わりに長命なんだそうです。ね? お師匠様」

「からかうでないわ」


 アーシャのクスクス笑いに魔女は少し声を荒げた。


「ともかく、魔力の主はわしと同じくらい古い。同期の者はもうさほど残っておらんのにのう……」

「それは……どうしてですか?」


 キャリーの言葉に、クロードが口を挟んだ。


「五百年以上前に行われた大々的な魔女討伐のせいですね。あの時は魔女というだけで全て討伐対象だったから。市井に降りていた善良なる魔女すら容赦なく狩られた。だから――今回のマリオン王子の宣言は魔女の逆鱗に触れたのです」

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