十九の掟 魔女は力を欲する
20160818 全体的に手を入れています。
「はじめまして、じゃな。キャリー嬢。わしはミスト。皆からはヤドリギの魔女と呼ばれておる」
ソファに腰を下ろした魔女はまっすぐキャリーの目を見た。
「して、いまごろこの婆に会いに来たのは何の用じゃ? クロード」
クロードは膝に置いた自分の拳に視線を落とした。
「マリオン殿下の一件、お師匠様はご存知でしょう?」
「さて、何のことじゃったかのう。こんな北の果てに隠遁しておる婆が知っておるわけがなかろう?」
とぼける師匠に、クロードはちらりと視線を送った。
「その割には黒猫図書館でのキャリー嬢の一件はご存知でしたよね?」
魔女は胸を張ってふんぞり返った。
「そりゃ当たり前じゃ。あそこはわしが作ったものじゃからのう」
「黒猫図書館が、ですか?」
キャリーが驚いて声を上げると、魔女はうなずいて少し遠い目をした。
「五年前じゃったかの。あの器を作ったのは」
「お師匠様、その話はまたの機会に。今はマリオン殿下のほうが大事です」
「ふむ。……よかろう。説明してくれんかの」
そう言った魔女の目は笑っていなかった。
◇◇◇◇
「なるほど。……それでここまで来たか」
話を聞き終えて魔女はつぶやいた。
「あと八日、いや、戻る時間を考えると七日しかありません。その間にあの術を解除する方法を探さなければ……」
「そうじゃな、マリオン殿下は魔女として目覚めることになる。そうなれば……」
「ええ……王位継承権を持つ魔女が生まれます」
そう言い、クロードは唇を噛み締めた。
「しかし、誰が考えたものじゃろうの。人の器を空っぽにして、濃密な魔の力で満たすとは。道理でのう」
「と、おっしゃいますと?」
「うむ。……近隣の魔女たちが浮かれておる。知り合いも皆、今年の魔女の狂宴はすごいことが起こるから必ず見に行く、と今から張り切っておるわ。供物やらなんやら準備してのう」
「あの……魔女の狂宴とは、一体何をなさるのでしょうか?」
キャリーが疑問を口に出すと、魔女はうなずいた。
「魔女の生態自体は知っておるの? われらは木の又から生まれる。人のように親からは生まれぬ。いわば自然の落とし子じゃ」
「はい」
「魔女の狂宴とはの……年に一度、とある場所に集まって、魔女だけの祭りをするんじゃ。肉を喰らい酒を飲み、欲に溺れる。中でも一番の見ものは闇の王の召喚じゃ」
「闇の王……夜の王とも呼ばれ、魔女たちの力の源とも言われる、あの……」
「そうじゃ。我らにとって自然は母、闇の王は父じゃ。狂宴ではの、その力の欠片でも手に入れんと父を呼び出すのじゃ。われら魔女にとっては力が全てじゃからのう。肉を持たぬ父を呼び出し、力を食らうのよ」
魔女の言葉にキャリーは身をすくめた。その様子を見て魔女は笑った。
「まあ、本当に呼び出せたことは、わしが参加した限りでは一度もなかったがの。大抵が時間切れとなるか、その辺りをふらついておる小物が呼び出される程度じゃ。それも皆わかっておるから贄や供物をケチる。ケチるからまともなものは呼び出せん。悪循環じゃの」
パチっと薪が弾けた。
「じゃが、今回の狂宴は違う。何しろ贄が聖なる銀の血を継ぐマリオン王子じゃからのう」
キャリーが息を呑んだ音が聞こえる。
クロードも目を見開いて師匠を見つめた。
「やはり……そういう……ことですか」
「そうじゃ。贄は七日七晩、魔女の、闇の力に晒さねばならん。真の闇の王を召喚するレシピはとうに失われて久しいが、一つだけは言い伝えられておるのじゃよ」
「それが、銀の血ですか」
魔女は重々しくうなずいた。
「魔術の祖たるミストルティの血を濃く受け継ぐ王家のことじゃ。末裔とはいえ、その血は脈々と受け継がれておる。マリオン王子はミストルティの再来とまで言われた器の持ち主であったろう?」
「はい」
キャリーが頷くと、魔女はため息をついた。
「なれば、ミストルティが退けた闇の王の器として狙われても仕方があるまいの。真の闇の王をこの世に顕現させようとすれば、肉の器が必要じゃからのう」
長い沈黙が続いた。
薪は弾け、キャリーは言葉を切ったままの魔女を見つめ、魔女はクロードを見つめる。
クロードは眉根を寄せて黙り込んでいたが、観念したように唇を開いた。
「……知って、いました」
ぎり、と唇を噛む。鉄の味が口の中に広がる。
「クロード様……?」
「……だからこそ五年前、彼女を城から遠ざけた」
「ああ、彼女はマリオンよりはるかに強大な力を持っておるからのう」
「それで終わったと、もう何も起こらないと思っていたのです」
苦しそうにクロードは目を伏せ、右手で胸元を握りしめた。
「マリオン王子まで狙われることになるとは……夢にも思いませんでした」
「……クロード様、あの、分かるようにお話くださいませんか?」
キャリーは二人を交互に見ながら口を挟んだ。




