十七の掟 ヤドリギの魔女は例外です。
20160818 全体的に手を入れています。また、フィリップの口調を変更しています
キャリーはマーサに連れられて、城の中にある兄の部屋の前に立っていた。
兄に執り成しを頼んだマーサは、兄からの正式な召喚状を手に戻ってきたのだ。急ぎ登城しようとしたのに、マーサに念入りに手入れをされたうえ、なぜか図書館から持ってきた替えのメイド服に着替えさせられた。
図書館から持ってきたものはすべて籠に入れ、それ以外にも旅に必要な品をいくつも詰めて渡されている。
なぜと聞くと兄から指示があったという。
旅に出ろというのだろうか。あの時と同じように対処法を探すために。
重い気持ちを引きずり上げて、キャリーは扉を叩くと声を張り上げた。
「キャロライン・フィッシャーズ参りました」
扉が開かれるのにあわせて軽く礼を取る。頭をあげると、開ききった扉の向こうには赤い絨毯の敷き詰められた部屋があった。真正面には執務机と思しき重厚かつ巨大な机。
「早くお入り」
兄の声につられて足を進めると、後ろで扉が閉じる。
声の方に憤然と歩み寄ろうとしたキャリーは、目に飛び込んできた人物に足を止めた。
「クロード様!」
黒い天鵞絨のような毛並みの直立猫が立っていた。
駆け寄ろうとして、キャリーはクロードの様子に気がついた。開放されたことを喜んでいる様子ではなく、焦りと怒りが感じ取れる。
「……何があったのですか。まさか、マリオン様が……?」
「不吉なことを申すでない、キャリー。マリオン様をお助けするために、お前はここに戻ってきたのであろう?」
兄の言葉に遮られ、キャリーは頭を下げた。
「申し訳ありません。では……?」
「俺から話そう」
クロードは静かに口を開いた。
「マリオン殿下にかけられた術を解除するために、とある人物に会いに行く。君にもついてきて欲しい」
「とある人物……?」
「ああ。……会ってもらえるかどうかわからないが」
「お前も気弱なことを言うな、クロード」
クロードの目が細められる。
「とにかく時間がない。今から行けるか? キャリー殿」
「はい、大丈夫です」
ちらりと兄を見る。フィリップもうなずいた。
「では行こう。――フィリップ、くれぐれもあきちゃんを頼む。部屋から出さないよう、魔女たちに見つからないように」
「分かった」
キャリーは兄に一礼すると、足早に出て行くクロードの後を追った。
◇◇◇◇
城を出ると、クロードは北の方向へと進路をとった。図書館から飛行してきた時と同じ、クロードの飛行魔術である。あの時と比べて飛行速度は格段に早い。あの時はおそらく魔法慣れしていないあきちゃんに配慮してスピードを落としていたのだろう。
「クロード様、どちらに行かれるのですか。北の方向には森と山しかないと聞いておりますが」
「……着くまでまだ時間がかかる。着いてからは強行軍になる。今のうちに休んでいてくれ」
クロードはぴんと背筋を伸ばし、前を向いたままキャリーを振り返りもしない。その気配はどこまでも冷たく張り詰めている。
キャリーはあきらめて目を閉じた。
――マリオン様に何かがあったのだろう。兄とクロード様がこれほど急いで動こうとするなんて。しかも時間がない。マリオン様の誕生日まであと八日。それまでになんとかしなければならない。
キャリーは町中を通った時に感じた違和感を思い出した。
去年はマリオン殿下聖誕祭として大々的に打ち出し、城下町もそれに乗っかって賑やかなお祭りになった。各国からの使者や商人たちも集っていたし、大きな市も立った。
だが、今年は。
マリオン殿下に異変が起こったということは一部の者以外には知らされていない。せいぜいがとこ体調を崩し気味で公式の場に出られないことが続いている、という情報のみだろう。
なのに今年のマリオン殿下聖誕祭は、大きなイベントとして見なされていない。
これは、ようやく輿入れが決まった第三王女ハリエット様の婚姻の儀が行われるせいかもしれない。
そのため、直前に迎えるマリオン殿下聖誕祭は婚姻の儀の前夜祭的扱いになっている。それでも聖誕祭にマリオン殿下が出ないわけにいかない。
――もしかして、マリオン殿下の件があまり噂にならなくてもいいようにハリエット様のご婚礼をあわせたのかしら。それぐらいのことはやりそうだ。あの兄上なら。
流れていく外の風景に目をやる。森はますます深くなっていく。こんなところに誰がいるというのだろう。賢者と呼ばれる魔術師たちもいるにはいるが、人の少ない辺境には住んでいても人里離れて誰も訪れることのできない場所にはいない。
むしろ、自然あふれた場所は魔女たちの好むスポットだと言われているのに。
そのことに気がついて、キャリーはふと不安に囚われた。
周囲に感じられるのは自然の力や精霊の力ばかりだ。
――もしかしてクロード様はマリオン殿下に術をかけた魔女を捕らえに向かっているのではなかろうか。
そうだとしたら、力の制限を受けた自分とクロードの二人では太刀打ち出来ない。大勢の魔法兵を引き連れて来るべきだというのに。
「キャリー殿。何を考えているのかは分からないが、怖がらなくていい」
「えっ……」
「私たちはとある人物に会いに行くだけだ。捕まえに行くわけではない」
顔を上げると、クロードが目を細めてキャリーを見下ろしていた。先程までのピリピリした雰囲気は幾分かやわらいでいる。
「そうですか……」
「心配しなくていい。俺の師匠に会いに行くだけだから」
「えっ! クロード様の師匠ですか?」
「ああ。……会ってくれるとは限らないんだけどね」
苦笑するクロードの表情が苦々しく見えて、キャリーはそれ以上聞けなかった。