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十四の掟 附則一の一

20160818 全体的に手を入れています。

「なぜ、帰ってきたのですか」


 縄を打たれた直立猫は魔法省の大臣執務室にいた。

 目の前には黒ローブの男が立っている。スラリとした背に銀の髪を長く垂らし、冷たく整った白い顔は静かな怒りに満ちている。

 青い目を向けられたクロードは目を閉じ、ため息をついた。


「キャリー嬢に聞けばいい」

「妹は王宮付き魔術師でありながら無断で出奔した罰に屋敷で謹慎させております」

「そうか。――では、お前に聞く。フィリップ、マリオン王子をなぜ守れなかった」


 クロードは目を開き、フィリップと呼んだ目の前の男を睨みつけた。


「それを貴方が言いますか。五年も放置しておいて」


 フィリップもまたクロードを睨む。――かつての同僚ともを。


「マリオン王子はあのまま素直に成長なされれば、俺が帰ってくる必要もなかった。それに――俺はここを追われたんだ。戻れるはずもないだろう?」

「そうですね……その姿もあの時のペナルティですか。貴方なら簡単に解除できようものを」

「それはできない――まだ」

「まだ、ですか」


 フィリップは口元を歪めた。


「彼女はまだ目覚めないのですか」

「目覚めさせるつもりはない。今の人格がようやく馴染んだところだ。昔の辛い記憶など、思い出す必要はない」

「だから――貴方は馬鹿だというのです」


 フィリップはぎりりと唇を噛む。


「挙句の果てに魔力の源として連れ戻るなんて……」

「仕方がない……マリオン王子を助けるには、今の俺の魔力量では魔女たちに太刀打ち出来ん」


 クロードの言葉にフィリップは目を眇めた。


「図書館の掟か。それともあの時のペナルティか?」

「後者だ。今の状態が最大値だからな」

「十分の一もないじゃないか……」


 愕然とする同僚にクロードはうなずいた。


「だからあの魔法定理を書いた。いずれ――彼女を元に戻す際には必要になるからな。だが、今はマリオン王子のことだ。王子を救うには、彼女の魔力量が必要なんだ」


 ため息をつき、フィリップは指を鳴らした。クロードを縛っていた縄が緩む。


「座ってくれ。――長い話になる」


 そう言ったフィリップの顔は、魔法相の顔ではなかった。


 ◇◇◇◇


「ああ、アッシュネイト姫、ようお戻りくだされた」


 白髪交じりのおじいさんが膝をついてワタシの両手を握りしめます。黒い上着に白いシャツが眩しいです。


「あの、ワタシはあきちゃんです。アッシュネイトという名前ではありませんけど」

「いいえ、見間違えようがございません。爺は小さいころから姫をよく存じ上げております。お小さい姿になってしまわれていますが、それこそ姫の幼いころのお姿そのままです。間違いありません」

「ワタシは知りません」


 少し高い椅子に座らされているので、足が床につきません。ぶらぶらさせながら、目の前のおじいさんを見つめます。


「きっとあの者の魔術に違いありません。姫を害するなど、万死に値します。――さあ、姫。おいでくだされ。姫の部屋は昔のまま維持してございます。きっと部屋に戻れば何か思い出されることでしょう」

「いやです。クロ様に会わせてください」

「わがままをお言いなさるな。――姫を」


 おじいさんの後ろに立ってた女性兵士に言うと、あっという間に抱き上げられてしまいました。じたばたもがきますが、全然離してくれません。


「じっとなさってください、姫。危のうございます」

「おろしてください。ワタシは姫でもなんでもありません」

「姫はまだ混乱しておられるのだ、耳を貸すな。――さあ、こちらへ」


 お城の中だと思うんですが、抱き上げられたまま、ずんずん進んでいきます。周りの人たちはお城に仕えてる人なんでしょう。おじいさんを見るとささっと道を開けて両脇で頭を下げてます。

 角を曲がったり階段を昇ったりして、ずいぶん長く連れ回された気がします。

 最後の階段を登り切ったところに茶色の扉がありました。おじいさんが鍵をポケットから取り出して、扉を開けます。

 ふわっと、風が通りました。なんだか黄緑色のにおいがします。


「奥へ姫を。そなたたちは窓を開けて風を通しなさい」


 後ろに控えていた女の人達が先に入って行きます。ワタシを抱えた女性兵士は最後に足を踏み入れて、奥の部屋に続く扉から隣の部屋に入りました。

 そこは緑で統一された寝室でした。ベッドカバーは深い緑色で、絨毯と同じ色です。壁紙は薄い黄緑色で、カーテンも同じ色でした。

 女性兵士はベッドの上にワタシをおろします。


「こちらでお待ちください」


 女性兵士が出て行くと、入れ替わりにおじいさんが入ってきます。


「姫のお部屋です。お懐かしいでしょう? ああ、それから王宮付き魔法師に姫の呪いを解いてもらいますので、夕刻までに湯浴みをなさっておいてください。何かあれば彼女をお呼びください」


 そう言って招き寄せた女性は、紺色のベルベット地のワンピースに白いエプロンをつけてます。


「彼女はジェニー。姫の侍女です。それから、先ほど姫を運んだ兵士はジーンといいます。この塔の警備を任せます。移動の際などはジーンを必ずお連れくださいますよう」


 ぱたぱたぱたと他の女性たちはおじいさんについて出て行ってしまいました。


「あの、ワタシはここでなにをすればいいんでしょう」


 ジェニーさんに聞くと、彼女は優しい笑顔を返してくれます。


「時々記憶を取り戻す治療が行われますが、それ以外はなんでも好きなことをなさっていただいてかまいません」

「じゃあ、クロ様に会わせてください。ワタシはキャリーさんのお願いで、王子様を直すためにクロ様と一緒に来たんですから」


 王子と聞いてジェニーさんはぱっと明るい表情を浮かべます。


「王子というと、マリオン様でございましょうか? まあ、なんということでしょう。マリオン様のことは覚えていらっしゃるのですか?」

「キャリーさんから聞いたこと以外は知りません。クロ様でないと直せない、クロ様のお手伝いにワタシが必要だと聞いてついてきたんです。クロ様に会わせてください」

「それは……無理です」


 ジェニーさんは首を振って悲しげな顔をします。


「なぜですか?」

「クロード様は……アッシュネイト様を誘拐し、あまつさえこのようなお姿の呪いをかけた張本人なのですよ? どうして会わせられましょうか」

「知りません。それにワタシはアッシュネイトという名前ではないし、姫でもありません。あきちゃんです」


 ジェニーさんはそれ以上何も言わず、部屋を出て行ってしまいました。

 ぽつんと残されて、ワタシはうつむいてしまいました。

 クロ様のお役に立つためにここに来たのに、クロ様と引き離されて、なんだかよくわからない話を聞かされて……。

 なんのためにここにいるんでしょう、ワタシ。悲しくなってきます……。

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