十二の掟 クロッシュフォードの魔法定理
20160818 全体的に手を入れています。
「では、説明を続けますわね。事件が起こったのは昨年の、マリオン王子の十二歳の誕生祝いの宴のことでした。国中の貴族たちが呼び集められ、城で盛大に宴が開かれていました。貴族だけではありません、魔法使いも、ある一定以上の階位の者には招待状が届いたそうです。王子はその場で、宣言してしまったのです」
「宣言?」
キャリーさんはうなずきます。
「ええ、魔女の撲滅宣言を」
クロさん、深い溜息をついてます。
「確かに、魔女は魔物ですから討伐の対象になることもあります。ですが、何もしていない、他者に害を及ぼさないでひっそりと生活している魔女を狩る理由はありません。むしろ、そうやって刺激することで彼女たちは害を及ぼす存在になる可能性が高いのです。そして――今回は本当にそうなってしまった」
「……王子は、どういう宣言をされたんですか? できれば一字一句正確に」
クロさんが口を挟みます。
「ええと……『人に仇なす魔女を我が力にて全て撲滅すると宣言する』とおっしゃいました」
「成る程」
そりゃ、魔女さんたち、怒りますよねぇ……。まあ、一応『人に仇なす』と入ってるので、隠遁生活してる魔女さんたちは対象じゃない、と言えるかもしれませんけど、確実にケンカ売られたと思っちゃいますもん。
「そして、その夜。マリオン王子の寝室に魔女が訪れ、二度と目覚めない夢に引きずり込んだようです」
「見張りはいなかったのか?」
「全て、寿命を吸い尽くされておりました」
さらりと答えてますけど、キャリーさん、怖いですそれ……。
「では、マリオン王子の寿命を吸うこともできたわけだ。それをせずに夢に引きずり込むだけ、というのは解せんな」
顎のあたりを触りながら、クロさんがつぶやきます。
確かに、それほどの力の持ち主であれば、殺すことは多分簡単ですよね。なんででしょう?
「それだけではありません。王子の体が縮んでいるのです。ちょうどクロード様が去った頃の年頃に」
クロさんは考えこんでしまいました。
「それは……一人の魔女の仕業ではないかもしれません」
「ええ、ですからクロッシュフォードの魔法定理を探し求めていたんです。一年も……」
だから、図書に関する法律が変わったこともご存知なかったんですね……。
「ところで、その魔法定理の本なのですけど、どういった内容なんですか?」
ワタシは魔法とか全然疎いので、そういう固い本は全く読んだことがないんです。なのにあんたには魔力があるとかあきちゃんの力が必要だとか、言われてもわかりません。
「そうですわね……ちゃんとお話しすると一日かかると思うんですけれど、よろしいですか?」
「キャリーさん、申し訳ないけれど、王都にもうじき到着するから五分ですませるか次回にしてくれないかな」
言われて周りを見回すと、確かに大きな塔のある町影が見えてきています。
えっと、クロさん、次回って何でしょう。
「あら、そうでしたのね。では細かいことはまた次回にいたしましょう。クロード様の組み立てられた魔法定理は、通常の魔法とは全く異なります。おそらく……クロード様以外には正しく組み立てられない、発動できないものではないか、とわたくしは思っておりますけれど……。先ほど、魔法使いと魔女の力の違いを説明しましたけれど、覚えていらっしゃいます?」
教師の顔でキャリーさん、ワタシに聞いてきますぅっ。えっと、えっと。
「魔女の力は人間の寿命を使ったり、精霊やその他から力を奪って使うもので、魔法使いの力は、契約した精霊の力を借りて使うもの。であってます?」
「はい、よくできました」
うふふ、と笑うキャリーさんの顔は、本当に先生してます。もしかしてこうやって王宮にいらっしゃる王子様や王女様たちにも魔法のことを教えてらっしゃるのでしょうか?
「クロード様の魔法定理は、精霊の力を借りつつ、他者の力も借りるハイブリッドな方法です。魔女の力の使い方を分析されたのではないでしょうか」
「違うよ」
苦笑交じりにクロさんが答えます。
「あれは……とある理由で魔法を使えないが途方も無い魔力を持つ人間から力を引き出す定理だ」
あれ、どこかで聞いたことがあるような気がします。魔法は使えないけど魔力を持つ……。今のワタシの状態ではありませんかっ。昔は魔法が使えたとか言われましたけど、ちっとも覚えがありませんし。
「でも、その定理を正しく組み上げてさらに拡張すれば、できないはずはありません」
「そうかもしれない。でも……俺はあまりこの定理は好きじゃない」
「好きとか嫌いとか言ってる場合ではございません。事は急を要しているんですから」
クロさん、ふいにワタシの方を見ます。じっと見てたワタシは視線が合ってうろたえます。
「あの、クロさん、教えてもらいたいんですけど……」
「ん?」
「魔法を使うには精霊と契約するって言ってましたよね。昔のワタシは精霊と契約してたんでしょうか……?」
「……ええ」
多分、クロさんはワタシの過去についてよくご存知なんだろうな、と思います。それはタマさんもエディさんもそうなのかもしれません。それを気にしたことは過去一度もないんですが、今回は別です。
魔法が云々、と期待されてるみたいですし、気になるのです。
あまりワタシの昔のことは聞いてほしくなさそうなんですよね、クロさん。だから少しだけにとどめておきます。
「では……今のワタシが魔法を使えないのは、精霊との契約が切れたから、なんでしょうか?」
「そういうことに……なるかな」
不意にクロさんはため息をつき、顔をそらしました。悪いこと、聞いちゃったんでしょうか……。
「あきちゃん、きっともう気がついてると思うけど……俺が構築した魔法定理は、君の力を引き出して利用するための定理だ。だから、君自身が魔法を使うことはないし、精霊と再契約することもない。魔法使いにはならない、なれない」
「えっ?」
不意の告白を受けたみたいに、ワタシはうろたえます。ええと、ワタシは魔法使いになりたいわけでもなりたくないわけでもないです。
魔法が使えるとか魔力があるとか言われたことで戸惑ってるだけですよ?
そんな、つらそうな顔をしないでください……。
「ごめん、あきちゃん。本当はもう少し時間が経ってから説明するつもりだったんだ。だから、今はこれ以上のことは言えない。でも、覚えておいて欲しい。君は何も心配することはない」
「はい」
心配してないです。クロさんの足を引っ張らないようにがんばるだけです。
横でキャリーさんがなんだか心配げにワタシを見ています。大丈夫、ワタシはクロさんについていくだけですから。
ワタシにとってはクロさんがすべてです。