一の掟 雨の日は休むこと
20160814)全体的に手を入れています。
黒猫図書館の朝は早いです。
図書館を開けるのはワタシのお仕事。
太陽が昇るとまずワタシは入り口の鍵を開けます。
実はワタシ、玄関の鍵を預かっちゃってるのです。えっへん。
落としちゃいけないので首から紐でぶら下げてポケットに入れてるんですけど、重たいんですよね、これ。
ワタシがちっちゃいからなおさら、なんでしょうけど。
踏み台使って扉を開けて、おっきな看板をえっちらおっちら引っ張りだす頃には、司書のエディさんがやってきます。
「おはよう、あきちゃん」
「おはようございます、エディさん」
エディさんはえいやっと看板を持ち上げると軽々と運んでいってくれます。ちょっと背が低いけどとっても力持ちさんなのです。
栗色のクリクリ髪とおひげが素敵なのですが、ご本人はあんまり気に入ってないみたいで、褒めると怒ります。
「おはようございますー」
お礼のお茶を淹れていると、受付のまりーさんがやってきます。
ワタシより少し年上の方で、すらっとしててきれいなさらさら金髪と笑顔がとっても素敵です。図書館に来るお客様の半分は、まりーさんに会いに来る人です。
えっと、なんていうんでしたっけ。
そうそう、まりーさんはぼんきゅっぼん、だからとても人気があるんだそうです。
さっそく一人目のお客様がやってきました。
といっても、正確にはお客様ではありません。今日の新聞を図書館に届けてくれる、新聞配達のバンさんです。
自転車で配達しているせいなのか、日焼けして真っ黒です。くりくりの黒髪がエディさんとお揃いで、やっぱり笑顔が素敵なのです。
「おはようございます!」
いつも元気にご挨拶してくださいます。ワタシはバンさんから新聞を受け取り、閲覧用に図書館のハンコを押します。
「バンさん、お茶入ってますからどうぞー」
まりーさんがさっそくとびきりの笑顔でお茶を差し出しています。バンさん、お茶を受け取りながらとっても嬉しそう。
まりーさんの入れてくれたお茶の方がおいしいんですよね。ワタシもまだまだ修行あるのみ、です!
バンさんはカウンター席にもなっている受付のすぐ横にちょこんと座ります。
お茶のいい匂いにつられて、タマさんが降りてきました。タマさんは、図書館の屋上に住んでいるのです。
大きく伸びをしながら大あくびです。
「タマさん、お茶どうぞー」
まりーさんがタマさんにも差し出します。タマさんはちょっと猫舌なので、少し冷めたくらいがちょうどいいらしいです。
「まりーさん、いつもありがとう」
そう言ってタマさんはにっこり笑います。
笑った時に覗く牙はちょっとこわいですが、タマさんの笑顔は好きです。ゆらゆらゆれてるしっぽも三角のピンと立ったお耳も、ぴんと伸ばしたおひげも素敵です。
あ、言い忘れました。タマさんは直立猫なのです。三毛の毛並み、素敵です。
「あきちゃん、クロさんはまだ?」
あ、言い忘れてました。あきちゃんというのはワタシの名前です。ほんとはあきらなんだけど、なぜかみんなあきちゃんと呼びます。まだ子供だからでしょうか。
はやくワタシもまりーさんみたいなぼんきゅっぼんになりたいです。
「はい、まだです」
「困ったねえ、館長が寝坊というのは。仕方ない。朝ごはん作っちゃうから、その間にあきちゃん、呼んできてくれる?」
「はーい」
エプロンを取り出してタマさんは厨房に入って行きました。図書館ですけど、喫茶店も併設してるので、キッチンは割となんでも揃ってるんですよ。おっきな冷蔵庫もありますし。
受付カウンターが喫茶店のカウンターも兼ねているので、まりーさんは図書館の受付の他に喫茶店のウェイトレスでもあるんです。だから、モーニングとランチの時間は大忙しなのです。
ワタシは階段を三階まで上がります。吹き抜けになっているので飛べると楽なのになあといつも思います。でもワタシには羽がないのでえっちらおっちら登ります。
三階の奥に館長室があるのですが、今日はそちらにはいませんでした。
四階と五階は閉架書庫になっていて、奥の方に行くとひんやりして気持ちいいって昨日言ってましたから、もしかしたらそっちかもしれません。
……いました。
五階の一番涼しいところに、クロさん……いいえ、クロ館長はいらっしゃいました。クロ館長も直立猫……なのですが、なぜか時々普通の四足猫になるんです。なんでできるんですか、と聞いたことがあったのですが、気分で変わるのだそうです。
今日は四足猫の気分なんでしょうね。サイズは直立猫と変わらないので、実はとっても大きな猫さんになるのです。
「クロ館長、朝ですよー。朝ごはんにしましょう。タマさんがご飯作ってくれてますからー」
声をかけましたが、ちらっと片目だけ開けて、しっぽをぷるんと振るだけで起きてくれません。
「館長、起きてくださいよう。図書館もう開けちゃいましたよー?」
でもしっぽでお返事するだけです。
「館長ってばぁ」
「雨降るから今日はお仕事お休み」
「えー?」
ワタシは外を見ました。いい天気です。雲ひとつないし、お日さまも輝いてます。
「まだ降ってませんよー。お仕事しましょうよう」
「やだ。今日は休む」
しかたがないので、ワタシはエプロンドレスのポケットの中から黒い革の手帳を出します。ぴく、とクロ館長のお耳が動いたのが見えました。
猫姿だと、とってもきれいな黒い毛並みなので、ワタシは好きなんです。とりわけ先っぽだけ白いお耳がなにより好きなのです。
一度さわらせてくれないかなぁ、なんて思いながら、手帳をめくります。
「黒猫図書館の掟そのいち。太陽が登っている間は開けること。雨が降ったら本が痛むから休むこと。ただし、雨が降るまでは開けること」
「にゃっ」
クロ館長、飛び起きました。この掟、続きがあるんですが……。
「従業員は空が晴れている限り、ちゃんと働くこと。……館長、もうお日さま登ってますよー。お空も晴れてますし」
「……分かったよ」
クロ館長、身繕いを始めます。ふてくされてるのがわかります。
「じゃあ、すぐ降りてきてくださいね。タマさんのご飯が待ってますからー」
一階からいい匂いが登ってきました。焼きたてのパンとバターのにおい。あ、今日はベーコンと卵もついてるみたい。もうたまりません。よだれが出てしまいます。
ワタシがえっちらおっちら一階まで階段を降りてる横を、クロ館長がすごい勢いで駆け抜けて行きました。いいなぁ、ワタシもあんなにすばやく動けたらいいのに。
「おはよう、クロ館長。あれ? あきちゃん、置いてきたの?」
階下の会話がここまで聞こえます。しばらくしたら一階の吹き抜けにタマさんの姿が見えました。
「あきちゃん、ごめんねー。クロ館長が迎えに行ったから」
「いいえー、大丈夫ですー」
ワタシも吹き抜けに顔を出してお返事をします。ちょうど三階まで降りて来たところですごい勢いでクロ館長がやってきて、ワタシの首根っこをくわえると、ぽーんと背中に放り上げられました。
「ちゃんとつかまってて」
言うが早いかクロ館長はすごい勢いで走り始めました。あっという間に一階に到着、です。
「ありがとうございます、クロ館長」
クロ館長の背中から降りて、頭を下げます。実はちょっとだけ嬉しいのです。ぴかぴかな黒い毛並みに遠慮なくしがみつけるのって、こういう時だけですから。えへ。
「じゃ、朝ごはんにしましょう」
バンさんも含めてみんなが席につくと、朝ごはんです。クロ館長も直立猫に戻っています。残念、お耳にさわりたかったのに。
「いただきまーす」
こんな感じで、黒猫図書館の一日が始まります。