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目指せ! 受験界の西横綱【京都大学】  作者: 明石竜


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第五話 中間テスト間近 優等生の真優子ちゃんちで勉強会

翌朝、旅行明け月曜日、まもなく八時を迎える頃。柏岡宅。

「ぅおーい、謙一ぃ。今日は夏にぴったりの特製メニューじゃぞ。食べてIQをぐんぐん伸ばせ」

「だからいらねえって」

謙一は先週の金曜日以来三日振りに特製メニュー(今日はイワシと鯛のペースト状すり身入りのチョコバナナシェイク)を振舞われた。今回はコロイド分散体なので生ゴミ入れではなく流しに捨てる。秀樹爺ちゃん研究意欲ますます高まる。そのあと伸英が迎えに来て、二人はほぼいつも通りの時刻に登校。

普段通りの日常が戻って来た。

八時二〇分頃、淳和台高校二年二組の教室。

「おはようー歩未ちゃん、真優子ちゃん。私、筋肉痛だよ。今日の体育の授業はつらそうだよぅ」

「おはよう、伸英さん。わたしも筋肉痛が……」

「ワタシは全然平気だよ。二人とも運動不足だね」

真優子と伸英も普段通りの時間に登校していた。

「やっぱ普段からトレーニングしてる子は違うわね。さてと、中間テストまであと四日しかないし、旅行から気持ちを切り替えなきゃね。今日からテストが終わるまで、放課後毎日わたしんちでオカメインコの喜三郎も一緒に勉強会をしませんか? みんなでやると、勉強がより一層捗そうなので」

「それはいいね。私のお部屋は誘惑が多過ぎるから。それに、喜三郎ちゃんにも会いたいし」

「マユコちゃん、関脇級のグッドアイディア」

真優子の誘いに、伸英と歩未は快く乗った。

「やぁ、謙一殿ぉー。おいらまだ旅行の疲れが抜けないぜ。特に足の筋肉痛が。歩き過ぎたせいだな」

「ボクもただ今筋肉痛でありますぅ。イタタタタッ」

 貢と久晃も若干疲弊した表情を浮かべながらも普段通りに登校してくる。

「おはよう貢、久晃。俺も筋肉痛だ。体操服は持って来たけど、今回は体育見学しようかな」

「おいらもそうしよっと」

「柏岡君、大井川君、あの金剛寺先生には、筋肉痛だから見学しますは絶対通用しないよーん」

 男子三人でそんな会話をしていたところへ、

「あのう、謙一さんも、わたしんちでの勉強会のご参加お願いします」

 真優子が近寄ってくる。

「まあ、家では秀樹爺ちゃんが、京大がいかに素晴らしい大学かとかいう話ばかりして来て鬱陶しいからな」

 そんな理由で、謙一は参加することにした。

「貢さんと久晃さんも、もしよかったら来て下さいね」

「おいらはやめとく」

「ボクも、余計に効率が下がりそうですしぃ」

 真優子は誘ってくれるも、貢と久晃は即、きっぱりと断った。

「そう言うと思ったわ。それじゃ、他の皆は勉強道具一式持って、わたしんちに五時頃に来てね」


 約束した午後五時頃。

「こんばんはー、真優子ちゃん」

「こんばんはマユコちゃん、来たよ」

「どっ、どうも。こんばんは」

伸英、歩未、謙一の三人は一緒に真優子宅を訪れた。代表して呼び鈴を鳴らしたのは伸英だ。

「いらっしゃーい」

「うわっ!」

 真優子が玄関扉を開け、三人の前に姿を現した瞬間、謙一は思わず仰け反った。

「あっ、ごめんなさーい、謙一さん。見苦しい所をお見せしてしまって。わたし、お風呂上りはいつもしばらくこんな格好だから。すぐに上着着てくるね。皆さんリビングで待ってて」

真優子はそそくさと脱衣場へ戻っていく。さっき、水玉模様のショーツと、真っ白なブラジャーだけの下着姿だったのだ。

 訪れた三人は、真優子に言われた通りリビングへと向かう。

「おう、喜三郎じゃん。リビングに置くことにしたんだ」

「こんばんは喜三郎ちゃん。約二〇時間振りだね」

「智穂んちでは自分の部屋で飼ってるらしいよ」

 辿り着いた瞬間、三人はすぐにテレビ横に置かれた鳥かごの中に、喜三郎がいることに気が付いた。

「コンバンハ、ミナノシュウ。メイクユアセルフアットホーム」

 喜三郎もすぐに挨拶を返してくれた。

三人はローテーブル横のソファに腰掛けて待つことにする。

「お待たせー。皆さんも、もし良かったらお風呂どうぞ」

ほどなくして、真優子はパジャマ姿でリビングへやって来た。

「ワタシはべつにいいよ。汗そんなにかいてないし」

「私もー。まだ真夏じゃないからね」

「そっか。謙一さんはどうですか?」

「俺もいいよ。というか、女の子のおウチでお風呂をいただくのは気が引けるし」

 謙一は即拒否した。

「お風呂入った方がさっぱりした気分で勉強出来ると思うけどな。それじゃ、勉強会を始めましょうか」

 真優子は笑顔で告げる。やる気満々な様子だった。

「そういえば、そろそろ前頭上位の取組が始まる頃だね。えっと、リモコン、リモコン」

 歩未は呟き、テーブル周りをきょろきょろ見渡す。今ちょうど、テレビで大相撲夏場所九日目の中継がされている時間帯なのだ。

「歩未さん、勉強会中はテレビ禁止よ。リモコンは事前に隠しておきました。主電源も切っておいたよ」

 真優子は笑みを浮かべ、きっぱりと言い張った。

「あーん、いじわるぅ。取組結果がすごく気になるのにぃ」

「結果は後からでも分かるでしょ」

「リアルタイムで知りたいのにぃ。結果が気になって勉強に集中出来ないじゃん」

「結果を知ったら歩未さん興奮して余計に集中出来なくなるでしょ」

「マユコちゃぁん、大相撲の取組は、物理の力学の勉強にもなるよ。運動量保存の法則と作用反作用の。塩を撒く所も斜方投射に通じるし」

「こじつけが無理やり過ぎ。歩未さん、この誘惑に打ち勝つことも精神修行になるわよ」

 嘆く歩未に、真優子は得意顔で説得し続ける。

「もう、分かったよ、結果は後で見るよ」

 歩未は勉強道具を取り出しながら、残念そうに呟く。

 次の瞬間、

「オレッチモ、ミンナトイッショニ、オベンキョウスルデゲス」

 オカメインコの喜三郎は突如喋って自己紹介をした。

「喜三郎ちゃん、えらいねぇ」

「本当にごく普通のオカメインコとは比較にならないくらい賢いよな」

 伸英と謙一は微笑ましく、

「ワタシ、喜三郎に勉強では負けたくないよ」

 歩未は睨みつけるように鳥かごを眺める。

「おいで、喜三郎さん」

 真優子が鳥かごの扉を開けると、喜三郎はすぐに中から出て来て真優子の右手の甲に乗っかってくる。

「一晩過ごしただけなのに、もう手に乗ってくれるようになったんだ。私にも乗ってくれるかなぁ?」

 伸英は興味津々。

「たぶん大丈夫よ。喜三郎さんはとっても人懐っこかったから」

 真優子が笑顔でそう言うと、

「ワタシはこんなやつに懐かれたくないけどね」

 歩未は苦笑顔で言った。

「喜三郎ちゃん、こっちにおいでー」

 伸英は握りこぶしを作り、手の甲を喜三郎にかざし呼びかけてみた。

「ショウチシタデゲス」

 すると、喜三郎はすぐに真優子の手の甲からバッと飛び立って、伸英の手の甲に乗ってくれたのだ。

「わぁー。嬉しい!」

 伸英は満面の笑みを浮かべる。

「喜三郎さんはとってもお利口さんでしょ。ウンチやおしっこもきちんと指定の場所にしてくれたし。昨日の晩、試しに高校レベルの数学の問題何題かこの子に解かせてみたんだけど、普通に解くことが出来てたよ」

 真優子から伝えられたことに、

「いくら智穂の躾けた異様に賢いオカメインコといえども、そこまではないだろ。小学一年生レベルの簡単な足し算引き算くらいなら出来るとは思うけど」

「本当に、そんなことまで出来るの?」

「あり得ないでしょ。マユコちゃん夢でも見てたんじゃないの?」

 三人は信じられないといった感じだった。

「今から見せてあげるね。みんなきっと驚くよ。昨日解かせた確率と微分と複素数と三角関数の問題とは別のを出題するわね。今回は積分にしましょう。喜三郎さん、ちょっとこれを解いてみてね」

 真優子はそう命令して、喜三郎に高等学校数学Ⅲ問題集のとあるページを開いてテーブルの上に広げ、該当する演習問題の箇所を指で示した。

 そこには、

 底面の半径、高さが共にaの直円柱がある。底面の1つの直径を含み、底面と30°の角を作る平面αでこの直円柱を2つの部分に分ける時、底面と平面αとで挟まれた部分の体積を求めよ。

という問題文が記載されていた。

「ワタシ、問題の意味すらよく分からないよ」

「私もさっぱりだぁー」

「俺も、全く見当が付かない。というか、まだ積分は習ってないし」

 これを見てすぐに降参した三人に対し、喜三郎はテーブル上に降り立つと頭を振り子のように左右にコキコキ動かし始める。途中式を頭の中で組み立てて考えているようだった。

 一分ほど後、

「コタエハ、9ブンノ2ルート3・aの3ジョウ、デゲス」

 喜三郎は一度パチッと瞬きした後、自信満々な様子で答えてみせた。

「正解よ。おめでとう。難易度少し高めの問題だけど、よく出来たね。数Ⅲの内容でも解けるのね、偉いわ」

 真優子は喜三郎の頭を優しくなでてあげた。

「イエ、ソレホドデモナイデゲスヨ」

 喜三郎は照れくさそうに謙遜する。

「すご過ぎる。いくらオカメインコといえども、ここまでとは。暗記だけでなく複雑な計算も出来るんだな。智穂のやつ、いったいどんな躾け方したんだよ」

 謙一は唖然とした。

「私、小学校の頃、九官鳥さんを飼ってたけど、こんなことまでは出来なかったよ」

「喜三郎、恐ろしやぁー」

 伸英と歩未もあっと驚く。

「イエ、オレッチナドボンジンナラヌ、ボンチョウデゲス」

 喜三郎はまたも謙遜する言葉を述べた。

「この子に代わりに京大受験してもらえば、合格間違い無しだね」

 伸英は笑顔で呟く。

「きっとそうね。今の日本の入試制度では、オカメインコは大学受験出来ないのが惜しまれるわ。世界中どこでもだろうけど。智穂さんがおっしゃってた通り、喜三郎さんと一緒にテスト勉強すればより一層捗りそう。今度の中間ではわたし、総合得点久晃さんに勝って、初のトップを目指すよ!」

 真優子はきりっとした表情で宣言した。

「ヒサちゃんは今年の淳高二年生の学力の東横綱だね。あり得ないけど、ワタシがヒサちゃんに勝てたら大金星どころか、新弟子検査受けたばかりの子が真剣勝負で横綱に勝っちゃうくらいの大波乱だよ」

「久晃は小学校の時から高校レベルの数学の問題を解いてたからな。俺は、中間は総合得点率七割以上を目標にしてる」 

「私は八割が目標だよ」

「ケンちゃんとノブエちゃんも志し高いね。ワタシは赤点回避が目標なのに。職員室に忍び込んで問題を盗めたら簡単に点取れるのになぁ」

 歩未はため息交じりに残念そうに呟く。

「歩未さん、そんなことしたら退学処分になるわよ。試験は正当な方法で臨まなきゃ」

 真優子は険しい表情になった。

「冗談だって。マユコちゃんも京大志望なだけに不正行為に関しては厳しいね」

「それじゃあ、まずは確認するね。皆さん、テスト範囲のプリントは全部揃ってる? 足りないのがあったら、コピーしてあげるよ」

「俺は全部揃ってるよ」

「私もー。ちゃんと科目毎にファイルにまとめて保管してる」

「謙一さんと伸英さんは予想通りきっちりしてるわね。歩未さんはどうかしら?」

「ワタシももちろん全部揃ってるよ」

 歩未はそう答えると、鞄の中からファイルを取り出した。彼女も伸英が言ったことと同じように、科目毎にきちんと分けられ計九冊あった。

「あら、本当? 今までそんなこと一度もなかったのに。それにしても全科目分持って来たのね」

 真優子は一冊ずつパラパラッと捲って確認してみる。

「本当だ。一枚も抜けがないわ」

 約二分半で作業終了後、かなり驚いていた。

「ちゃんと整理整頓出来るようになってえらいでしょう? 穴埋めの空欄も全部埋まってるでしょ」

「確かにね。でもそれは、伸英さんが手伝ってくれたからでしょ?」

「ちゃんと自分でやったよ」

 歩未は自信満々に言うが、

「真優子ちゃん、歩未ちゃん、ほとんど私のやつを写してたよ」

伸英はにっこり微笑みながら事実を報告しておいた。

「やっぱりね。板書は全部ノートに写せてる?」

「そりゃあもちろん!」

「これも伸英さんのおかげなんでしょ?」

「その通り!」

次にされた質問には、歩未は開き直って堂々と答える。伸英はあはーっと苦笑いを浮かべた。

「そんなやり方じゃ自分の力にはならないわよ。歩未さんがやってることは、稽古サボってる力士が一生懸命稽古に励んでる他の力士を眺めてるだけで、自分も猛稽古して強くなったと勘違いしてるようなものだからね」

 真優子はため息交じりに忠告する。

「マユコちゃん、上手い例え方だね。でもワタシ、数学だけは自分の力じゃどうしようもない。考えて解くのが横綱級に面倒くさい」

 しかし歩未にはあまり効果は無かったようだ。

「歩未ちゃんの数学嫌いは、幼稚園時代の数のお稽古の頃から来てるもんね」

 伸英は微笑みながら突っ込んだ。

「ナサケナイデゲス」

 喜三郎にも言われてしまった。

「えへへ。ワタシ、数学はどうしても好きにはなれないよ」

 歩未は照れ笑いする。

「それでよく理系を選んだわね。歩未さんは、数学のお稽古を重点的にやっていく必要があるわね。わたし、今度の中間テストの予想問題を作ってあげたよ」

 真優子はそう伝えると、自作の数学演習プリントをローテーブルの上にポンッと置く。

 数学Ⅱと数学B、中間テストでは別の日程で組まれているがここでは両方ミックスさせていた。問題用紙と解答用紙の計二枚。

「マユコちゃん、ワタシのためにわざわざ作ってくれたの! ありがとう」

 歩未は嬉し涙を浮かべ、真優子の体にぎゅっと抱きつく。

「あっ、歩未さん、お礼はいいから、シャーペン持ってさっさと解き始めて」

 真優子は照れ隠しをするように命令した。

「分かった。頑張るぞーっ!」

 歩未は気合十分だ。

「予想問題って、なんか進○ゼミみたいだね。真優子ちゃん、私もそれ、やりたぁい。私も理系にいながら数学あまり得意じゃないから」

「俺も、やるよ」

「素晴らしい心構えね。それじゃあ、このプリント、コピーしてくるわね」

 真優子は嬉しそうにそう言うと二階自室へ向かっていく。三分ほど後、コピー四枚の計六枚を持って戻って来た。

「解き方を間違えたり、制限時間内に正解に辿り着けなかったりしたら、これで思いっきり背中を叩くよ」

 真優子はさらりと言う。

もう片方の手に、剣道で使われる竹刀も装備していた。真優子が中学の頃、選択武道の授業で使用していたものだ。

「それは恐ろしやぁー。マユコちゃん、まるで相撲部屋の親方みたいだよ」

「私、真剣にやらなきゃ」

「緊張感があるね。俺もケアレスミスしないように慎重に解こう」

 三人はシャープペンシルを手に取る。

「それじゃ、始めてね」

真優子からのこの合図で、三人は問題を解き始めた。

 五分ほど後、

「いったぁーい! 答え合ってるはずなのにぃ」

 歩未がパチーンッと叩かれた。

「確かに答えは合ってるよ。でも、導き出すまでに時間がかかってたら無意味よ。もっと手際よくパッパッパッと解かなきゃ! 大学入試では制限時間内に数多くの問題をこなさなきゃいけないんだから」

 真優子は厳しい表情で忠告するや否や、

「きゃぁんっ!」

「うわっ!」

 今度は伸英と謙一の背中をパチンと叩いた。歩未にした時よりは手加減していたように見えた。

「伸英さんも謙一さんも遅いっ。問い一の三次方程式の問題は五分が目安よ。もっと手際よくパッパッパッと解かなきゃ!」

真優子は凛々しい表情で学習塾の熱血指導型の先生のごとく注意する。

「マユコドノ、キョウイクネッシンナチホドノノママノ、ヨウコサンヨリモハルカニコワイデゲス」

 喜三郎は少し怯えていた。カタカタ身震いする。

「ごめんね喜三郎さん、怖がらせちゃって。わたし、怖くないからね」

 真優子はちょっぴり反省。

 それから二分ほど後、

「アユミドノ、ココ、ケイサンマチガッテルデゲスヨ」

 喜三郎は歩未側の解答用紙の上に止まり、該当箇所を足でタンタンと踏んで江戸弁で指摘する。

「あっ、マイナスを付けるの忘れてたよ。ありがとう喜三郎」

 歩未もすぐに自分の間違いに気づいた。虚数単位iの二乗を、プラスの1にしていたのだ。

「喜三郎さん、試験というものは一人での勝負だから、手助けはダメよ」

「ハッ、ハイ。モウシワケゴザイマセン、マユコドノ」

 真優子に優しく言われたが、喜三郎は叱られると思いびくびくしていた。

「歩未さん、間違えたから一発叩いておくわね」

「ぎゃぁんっ、マユコちゃぁん、体罰だよぅ」

左肩を竹刀で思いっきり叩かれ、歩未は痛さのあまり両目を×にする。

 三人は、その後も真優子のお仕置きにされないかと少しびくびくしながら引き続き問題を解いていく。

 そして開始から四五分後。

「はいそこまで! シャーペン置いてね」

 真優子は終了の合図を出した。

「ワタシ、半分も解けなかった。問題数めっちゃ多いよね」

「俺もあと三問まるまる残ってる」

「私はあと二問だよ。真優子ちゃんのせいのような……」

 あのあとも伸英は二回、謙一は三回、歩未は十数回真優子に背中を叩かれた。

「それじゃ、採点するわね」

 真優子は赤ボールペンを手に取り、自分で作った模範解答と照らし合わせつつ、困惑顔を浮かべながら三人の答案を採点していく。

「歩未さんは三四点、伸英さんは七三点、謙一さんは五九点ね。三人とも解いた問題の正答率は高いけど解くのが遅いのが勿体無いわ。皆さんは小中学校の時、計算ドリルとか数学の問題集とか、いつも自分の力で真面目にやってた? 分からない問題は答を写さずに自分で一生懸命考えて解いてた?」

真優子からされた質問に、

「いやぁ、ワタシいつも答え丸写ししてたよ」 

「私も分からない問題はけっこう写してたなぁ」

「俺も同じだ。いくつかわざと間違えたりしてた」

 三人はやや申し訳なさそうに答えた。

「やっぱり。それも、宿題で出された時だけでしょ? 宿題に関係なく、ドリルや問題集を自主的に繰り返し解こうとはして来なかったでしょう?」

「そうだねぇ。宿題に出てないのに、わざわざやろうとは思わないよ」

「私も歩未ちゃんと同じー」

「俺もだ」

「それが、あなた達の計算スピードが遅い原因よ。小中学校の頃からの計算練習の累積量がまだ足りてないと思うの。数学は反復練習の積み重ねで差が付く教科だからね」

 真優子はおっとりした口調でありながらも、厳しく忠告する。

「マユコちゃんの言うことはごもっともだよ。お相撲の稽古と同じだね」

「俺も今になって、小中学生の頃あまり算数・数学の勉強しなかったことちょっと後悔してる。中学まではテストはいつも九〇点以上取れてたから俺は数学が得意だと思ってたけど、高校レベルでは躓いちゃったよ」

「私も謙一くんと同じ。これからもっともっと難しくなって来るし、ついていけるか不安だよ」

「大丈夫よ。今からでも数学の問題練習を毎日しっかり続ければ、計算スピードが養われて併せて見たことの無いようなタイプの問題にも、焦らず落ち着いて対応出来る直観力や思考力も高まるから。自然と一夜漬けみたいな一時凌ぎじゃない本当の実力がついて、模試やセンター試験、国立大二次試験レベルの問題でも高得点が狙えるようになるよ。それが、他の科目のさらなる成績アップにも繋がっていくの」

 真優子は三人に向かって優しく微笑みかけ、ウィンクした。彼女は、高校レベルの数学は久晃と同じくすでに全範囲マスターしているのだ。

「真優子ちゃん、私、数学が苦手じゃなくなるように、一生懸命頑張るよ!」

「ワタシも数学の勉強はこれから毎日欠かさず続けるよ」

「俺も頑張ろう」

 三人の向上心は、ますます高まる。

「その調子よ。おウチに帰った後も、もう一度数学の問題集を何題か自力で解いてみてね」

「ケントウヲイノル!」

 真優子と喜三郎は、励ましの言葉を送ってあげた。

 こうして今日の勉強会はお開き。三人は真優子宅をあとにし、それぞれの自宅へと帰っていく。


夜十時過ぎ、歩未宅。

歩未はお風呂から上がると、機嫌良さそうに自室へ。普段はベッドに寝転がって漫画を読むのだが、

「頑張らなきゃ! お相撲さんだって強くなるために、日々一生懸命厳しい稽古に励んでるもんね」

 今日はまっすぐ机に向かって、一番苦手な数学の勉強をし始めた。

 同じ頃、真優子宅、真優子の自室。

「喜三郎さん、英語の問題は解けるかな?」

 机に向かってテスト勉強に励んでいた真優子は英語の問題集、試験範囲になっているページのとある箇所を指し示してみた。

 次の英文を和訳せよ。

Had it not been for your raincoat,I would have been drenched to the skin.

という問題だった。

「デキルデゲスヨ。コノモンダイノワヤクハ、『キミノレインコートガナカッタラ、ワタシハズブヌレニナッテイタダロウ』デゲス」

「正解よ。おめでとう。仮定法過去完了ばっちりね」

「チホドノガイマナラッテイルカモクハ、ホトンドスベテノモンダイニコタエルコトガデキルデゲス」

 喜三郎は羽を大きく広げ、自信満々に言い張る。

「本当?」

 真優子は疑い、数学、英語以外の科目からも問題をランダムに出題してみたが、

「マルクス・アウレリウス・アントニヌス」「カノッサノクツジョク」「ニザーミーヤガクイン」「アンリ4セイ」「メイフラワーゴウ」「タンガニーカコ」「TPP」「レグールド」「テラローシャ」「パトカイサンミャク」「ジブラルタルカイキョウ」「2.5モル」「チンダルゲンショウ」「サリチルサン」「15メートルマイビョウ」「t1イコールgブンノv0サインシータ」「2.0カケル10ノ3ジョウヘルツ」「1.6カケル10ノマイナス17ジョウジュール」「8.0ボルト」「シュペーマン」「オルニチンカイロ」「モザイクラン」「9タイ3タイ3タイ1」「ナギョウヘンカクカツヨウ、レンヨウケイ」「シモニダンカツヨウ、イゼンケイ」「テンジョウビト」「トネリ」「タラチネノ」「キミコキョウヨリキタル、マサニコキョウノコトヲシルベシ」「スギタルハナホ、オヨバザルガゴトシ」

などなど喜三郎はあまり考え込むことなく答えることが出来てしまったのだ。

「……どれも正解よ。わたしより、知識豊富かも」

 真優子は当然のように驚いていた。


           ☆


 翌日からの真優子宅での勉強会、四人は反復練習が物をいう、数学と英語を特に重点的に勉強していく。

テスト前日には、授業が四時限目までだったため勉強会は午後一時半頃から開始。明日組まれてある化学の勉強を一通りこなした後、真優子は同じく明日組まれてある数学Ⅱの彼女自作予想問題を前回と同じ制限時間で三人に解かせてみた。

そのあと真優子が赤ボールペンを手に取り、採点を始めようとしたところ、

「オレッチニマカセテクダサイデゲス」

 喜三郎が名乗り出た。喜三郎はテーブル上にもう一本あった赤ボールペンを嘴でくわえると、採点箇所へとことこ歩み寄り、きれいな字体で三人の答案を採点し始めた。

「あら、ご丁寧に解説まで。○×だけじゃなく、文字を書くことも出来るのね、凄いわ」

「やるじゃん、喜三郎」

「智穂のインコ、賢過ぎて恐ろしいくらいだな」

「喜三郎ちゃんは世界一賢いオカメインコさんに間違いないよ」

「イエイエ、メッソウモナイデゲス」

 その様子を感心しながら眺めていた四人に褒められ、喜三郎はくわえていた赤ボールペンをぽとりと落とし謙遜。すぐに拾って採点を再開。こんな能力まで備わっていたのである。 

「採点間違いが一箇所も無いわ。伸英さんは八三点、歩未さんは四九点、謙一さんは七四点。前よりも問題若干難しくしたんだけどみんな点数上がってるわ。練習の成果が発揮出来たみたいね。本番もこの調子で頑張ってね」

 真優子は喜三郎が自作の模範解答を見なくてもきちんと採点出来ていたことにさらに驚いた。確認終了後、とても機嫌良さそうに三人にエールを送る。

「もちろん一生懸命頑張るよ。私、中間の数学で良い点取って、それを励みにして今度の模試では京大B判定を取りたいし」

「任せてマユコちゃん。ワタシ、五〇点は超えてみせる!」

「俺は数Ⅱ、八〇は狙うつもり」

 三人は自信満々に宣言した。


       ☆    ☆    ☆

 

迎えた五月二一日金曜日、中間テスト初日。淳和台高校二年二組の教室。

「謙一殿ぉ、昨日は勉強したか?」

「まあ、一応はね」

 朝八時一五分頃に登校して来た謙一は、出席番号通りの席に着くなり貢から話しかけられた。貢は中学の頃から、テスト期間中だけはいつもよりかなり早めに登校して来るのが習慣となっているのだ。

「やるなあ。おいら、昨日は全然勉強出来んかったぜ。家に帰ってからドラ○ンマガジンとファ○通とチャン○オン読んで、深夜アニメの録画見て、深夜は深夜でリアルタイムで2chのアニ関実況スレと併せて見て。木曜深夜は多いからなぁ」

 貢はにっこり笑いながら報告する。

「やっぱ誘惑に負けたのか」

 謙一は呆れ返った。

「それはボクも同じでございます。昨日の帰りに我慢出来ず購入してしまったガ○ガ文庫とファン○ジア文庫の新刊計四冊、ついつい読み漁ってしまいましたよ」

 久晃は苦笑いを浮かべながらこう伝える。彼も今日は貢と同じ時刻にこの教室に到着していた。というより通学途中の道で一緒になったのだ。

「でも、現代文の勉強にはなったよな?」

 貢はにこにこしながら問う。

「そうですねー。今回は現代文は、ボク自身初の満点が狙えるかもしれません」

久晃はきりっとした表情を浮かべこう答えて、自分の席へと向かっていく。

「貢と久晃が読んだのはラノベだろ。あんな改行多過ぎ、やたらと巨大なフォント、感嘆符や疑問符、絵文字、ふざけた台詞や擬音表現を多用したり、しょうもない会話文が何十行にも渡って繰り広げられたりしている稚拙な部分が散見される文章を読んだら、国語力がますます下がってしまいそうな気がするけど……」

 謙一は呆れ顔で突っ込んでおいた。

「謙一殿、そこまでラノベを批判出来るってことは、かなり読みまくっているのだな」

 貢は仲間意識が芽生えたのか、とても嬉しがっている様子だ。

同じ頃、真優子、歩未、伸英の仲良し三人組も近くに寄り添っておしゃべりしていた。

「歩未さんは、昨日帰ってからはちゃんと勉強しましたか?」

「いやぁ、それが、数Ⅱの問題解いてたつもりが、いつの間にかテレビ番組に浸ってたよ」

「やっぱり。今までと全く変わってないわね」

 真優子は呆れ顔。

「私も、そんなにはしてないよ。いつの間にか絵本に手が伸びてたー」

 伸英はにこやかな表情で打ち明ける。

「伸英さんまで」

 真優子はさらに呆れてしまう。

 けれども歩未も伸英も口ではああ言いながらも、数学Ⅱは思ったよりは手ごたえがあったようなのだ。

初日の日程が終わると、例の四人は真優子宅へ集い喜三郎も参加で数学Bと英語、そして来週月曜に行われる古典と生物と地理Bに向けて勉強会。

謙一、歩未、伸英の三人は土日も真優子宅に集い、同じく喜三郎も参加で勉強会を行ったのであった。

「マユコちゃん、そろそろ幕内の取組が始まるから、ワタシもう帰るね」

「待ちなさい! 歩未さん。今日のスケジュールまだ残ってるでしょ」

「あーん、優勝争い今日決まるのか千秋楽にもつれ込むのかめっちゃ気になるのにぃ」

 午後一時頃から夕方六時半頃まで。

 

     ☆   ☆   ☆


次の火曜日。中間テスト三日目、現代文と物理の試験終了解散後、貢、謙一、久晃の三人は近くに寄り添う。

「今日は二五日だよな。謙一殿、M○文庫の新刊、今日発売だから駅前の本屋まで一緒に買いに行こうぜ」

「貢、あと一日だけなんだし、終わってからにしたらどうだ。今日買うと、絶対内容が気になってテスト勉強に集中出来なくなるぞ」

 貢の誘いに、謙一は眉を顰めながら意見した。

「おいらは最終日の英語と数B完璧に捨ててるし。おいらの目当てのやつ、アニメ絶賛放送中の人気作だから明日には売り切れるかもしれないし」

 けれども効果なし。貢の意思は全く変わらず。

「そういうのはたくさん入荷されるから、むしろいつでも手に入れ易いだろ」

 ほとほと呆れ果てる謙一に、

「あのう、柏岡君。ボクも、いち早く読みたいですしぃ。一緒に買いに行きましょう」

 久晃も申し訳無さそうにお願いして来た。

「……久晃まで。それじゃあ、ついてってあげるよ」

 謙一は五秒ほど悩んだのち、こう意志を固めた。

 その時、

「コラーッ! ケンちゃん、遊びの誘いに乗っちゃダメでしょ!」

 背後からこんな声。

「!!」

謙一はビクッと反応する。

 声の主は歩未であった。

「遊んでても余裕な久晃さんはともかく、貢さんは、赤点取っても知らないよ」

「みっちゃん、久ちゃん、テスト期間中に遊んじゃダメだよ」

 真優子と伸英から注意されると、

「分かりましたぁ。明日、テスト終わってからにします」

「申し訳ないでありますぅ」

 貢と久晃は俯き加減になり、素直に従う返事を返した。

「ケンちゃん、こんな悪い子達は放っておいて、ワタシ達と勉強会だよ。ケンちゃんが今やろうとしてたことは、お相撲さんが本場所中に稽古をサボることと同じことなんだよ」

「わっ、分かってるって」

 こうして謙一は今日も真優子宅へ連れ込まれ一緒に勉強会。

 今日は三人、英語と数学Bの真優子自作予想問題を解いていった。

 今回も喜三郎が採点を担当。その結果、英語は伸英八四点、歩未五三点、謙一七〇点。数学Bは伸英八六点、歩未五一点、謙一七三点を取得。

 この三人はおウチへ帰った後も、真優子に忠告されたように英語と数学の予想問題をもう一度自力で解き直し、明日に備えた。

 もちろん真優子自身も、夜遅くまでしっかりテスト勉強に励んだのであった。

「マユコドノ、アイムハングリー」

「喜三郎さん、一時間くらい前に食べたばかりでしょ。食いしん坊さんね。キッチンの戸棚からチョコレート取って来るから、ちょっと待っててね」

 時折、喜三郎に干渉されながら。


      ☆  ☆  ☆


 中間テスト最終日。

「やっとテスト終わったぁ! 土日挟んでたからめちゃくちゃ長かったよな。これで思う存分遊べるぜ。謙一殿、このあとテスト終了祝いにポンバシ行こうぜ」

 最後の科目、数学Bのテストが終わり回収された後、貢は謙一の席を振り向き、陽気な声で話しかけてくる。

「おーい貢、気を抜かず明日の授業の予習だろ」

 謙一は呆れ顔で突っ込んでおいた。

「歩未さん、伸英さん、数Bのテストはどうでしたか?」

「思ったよりは、出来たかな? でも問い3と6と7は白紙。横綱級の難しさだったよ。まあ、五〇点以上は取れると思う」

「私は、数Bは八〇くらいは取れそうだよ」

 真優子、歩未、伸英も近くに寄り添いテストのことをおしゃべりし合っていた。

今日から部活動も再開。帰りのホームルームが終わり放課後、この三人は嬉しそうに文芸部の部室へ。

「そういえば、真優子ちゃんが応募しようとしてるラノベの新人賞の締め切りって、今月末だったよね? 原稿は進んでる?」

「いやぁ、あれからまだほとんど書いてないよ、ストーリーが思い浮かばなくて」

 伸英の問いかけに、真優子は苦い表情を浮かべながら答えた。

「三〇〇枚も書くのは気が遠くなるよね」

 歩未は同情した。

「うん。まだ二二枚しか書いてないから、あの賞には今回は見送るつもり。来月末のM○には応募したいけど、それもたぶん無理ね」

「文章を書く能力、マユコちゃんはまだ応募以前の三段目レベルだね。ワタシは序ノ口だけど」

 歩未はにこにこ笑いながら言って、伸英と一緒に絵本創作に取り掛かる。

 謙一は、貢と久晃に誘われ仕方なくポンバシ巡りに付き合ってあげたのであった。


 夕方。伸英、歩未、真優子の三人で一緒に帰り道を進んでいたところ、

「ミナサマニ、オワカレノアイサツヲイイニキタデゲス」

 オカメインコの喜三郎が姿を現した。街路樹の枝に留まる。

「喜三郎さん、やっぱりもう帰っちゃうのね。寂しいな」

「私もすごく寂しいけど、元々は智穂ちゃんの鳥さんだから仕方ないよね」

「喜三郎、毒舌なのは気に食わなかったけど、勉強会でいろいろ面倒見てくれて嬉しがったよ。ワタシ、今では感謝してる」

 三人は別れを惜しむように喜三郎に伝える。

「オレッチモサミシイデゲスガ、チホドノハモットサシミガッテルトオモウノデ。デハミナノシュウ、ゴタッシャデ。シーユーアゲイン」

 喜三郎はそう告げて羽をバサッと広げ空高く舞い上がり、東京のある東方向へと飛び立っていった。

「喜三郎さん、飛行機やヘリコプター、あと、鷲さんや鷹さんにもじゅうぶん気をつけてね」

「喜三郎ちゃん、いつかまた会おうね。私、楽しみに待ってるよ」

「喜三郎、会えてよかったよ。チホちゃんによろしくね」

 三人は空を見上げ、あっという間に遠ざかって行く喜三郎の後姿を眺めながら、ちょっぴり寂しそうな表情を浮かべつつ、別れの言葉を告げた。

「それにしても喜三郎、どうして一人でここまで? マユコちゃんち、ちゃんと戸締まりして来た?」

「喜三郎ちゃんが自分で鍵開けたのかも」

「ああ、それもあり得る」

歩未と伸英の疑問を、

「戸締まりはちゃんとしてるよ。わたしが学校行く時はいつもベランダに出してるの。喜三郎さんにそうしてって言われたから」

 真優子がこう説明すると、

「そっか。確かに檻の中だけじゃ飽きて来るだろうし」

「喜三郎ちゃん、きっとひなたぼっこもしたかったんだろうね」

 二人ともすぐに納得出来たようである。


        ※


 夜八時頃。柏岡宅リビングにて、謙一が聡美と母と一緒にテレビ番組を眺めていた最中、

 ピンポーン♪ というチャイム音が鳴り響く。

「謙一殿ぉー」

 それと共に、貢の声が聞えて来た。

「俺が出るよ」

 謙一が玄関先へ。

「謙一殿、これ、おいらの父ちゃんから」

 貢が鰹を届けに訪れて来たのだ。

「サンキュ。ありがたく頂くよ。それよりどうした貢、今にも死にそうな声を出して、顔色も悪いぞ」

 謙一は心配そうに問いかけた。

「おいら、中間で一科目でも赤点を取ったら、相撲部屋に強制入門させられるんだ。おいら、母ちゃんと父ちゃんからそれ聞かされた瞬間、顔が真っ青になりそうになってん」

「……そうなのか。そりゃ災難だな。高校辞めさせられて相撲界に入れられるって可哀想過ぎる。いまどき力士になるにしたって大卒だろ」

 貢からされた突然の報告に、謙一はかなり同情出来た。

じつは貢は、中学を出たら相撲界に入ることを両親から強く薦められていた。彼が今、淳和台高校に通えているのは中三の時の担任が、高校には絶対進学させた方がいいと両親を説得した経緯があったからなのだ。貢の父は、今は魚屋さんの店主だがかつては大相撲の力士だった。五年ほど勤めた現役時代の最高位は三段目とあまりパッとしなかったこともあり息子、貢には自分よりも上の番付まで上がって欲しいと強く願っているそうである。

「おいら、力士なんて全くなる気ないって」

「ようするに、赤点が一つも無けりゃ大丈夫ってことだろ」

 謙一は慰めの言葉を掛けてあげた。

「そうやけど、おいら、化学と物理と生物と古典と数学と英語がかなりやばそうやねん」

「ほとんどの科目じゃないか……まあ、悲観的にならずに結果が出てから考えろ」

 かなり深刻そうな表情で打ち明けて来た貢に謙一は少し呆れながら、優しくアドバイスしてあげた。

「そっ、そうだな。今から気にしても仕方ないよな。じゃあ謙一殿。また明日な」

 けれども貢の気分は全く晴れず。貢は沈んだ気分のまま、俯き加減でとぼとぼ自宅へと戻っていったのであった。


 夜九時半頃。東京都内某所、仙頭宅。

「チホドノ、タダイマモドリマシタデゲス」

 喜三郎が、智穂の二階自室外側の窓を羽でペシペシ叩いて帰宅を知らせた。

「おかえり喜三郎、謙一お兄ちゃん達のテスト期間、もう終わったんだね」

 ベッドに寝転がって携帯ゲームで遊んでいた智穂は起き上がって窓を開け、喜三郎を部屋の中へ入れてあげる。

「ハイ。ホンジツブジ、シュウリョウイタシマシタデゲス」

「今日かぁ。喜三郎はいつ頃あっちを出たの?」

「ユウガタロクジゴロデゲスネ」

「それじゃ、新幹線を使ったのね」

「ソノトオリデゲス。マユコドノノオウチカラ、チホドノノオウチマデ、500キロメートルイジョウハアルユエ、フツウニトンダラカラダガモタナイデゲスシ。シンオオサカエキデ、ノゾミノトビラガヒライタトキニ、ホカノジョウキャクニマギレテコッソリトノッタデゲス」

「そっか。上手く知恵を働かせたわね。えらい、えらい」

 智穂はご褒美に、喜三郎の頭をなでなでしてあげた。

「イエイエ。ダレデモオモイツクトオモウデゲス」

 喜三郎は照れ隠しをするように、自ら鳥かごの中へ。

「ねえ喜三郎、謙一お兄ちゃんは中間テスト、どんな感じだった?」

 智穂は気になって尋ねてみた。

「ケンイチドノ、テストベンキョウ、カナリガンバッテタデゲスヨ」

「そっか。とっても嬉しい♪ いい結果を出して、京大を本気で目指すようになって欲しいな」

喜三郎からの報告に、智穂は満面の笑みを浮かべる。

「ケンイチドノガチュウカンテストヲウケテイルヨウスヲ、ゼンニッテイ、マドカラコッソリカンサツシタノデスガ、ケンイチドノハマダ、ドノカモクモオウヨウモンダイガトケルガクリョクニハタッシテナカッタデゲス。キョウダイハマダマダキビシイデゲスヨ」

「そっか。高い学力は一朝一夕で身に付くものじゃないとはいえ、謙一お兄ちゃんにもっとお勉強頑張ってもらいたいな。あたしも何か謙一お兄ちゃんに協力してあげたいよ」

続いてされた報告を聞くと、智穂はちょっぴり残念そうにこう呟いて再びベッドに寝転がり、携帯ゲーム遊びを再開したのであった。


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