表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
目指せ! 受験界の西横綱【京都大学】  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/9

第四話 謙一達、東大キャンパス視察に東京へ(後編)

 翌朝、2103号室。

(もう朝か。真夜中の雷は凄かったな)

 七時半頃、謙一は目を覚ました。

「ん?」

 瞬間、左腕に妙な違和感が。

 むにゅっとしていた。

「これって、ひょっとして……はっ、離れない」

 謙一は焦りの表情を浮かべる。強く締め付けられていたのだ。

「のっ、伸英ちゃん、起きて」

 自由になっている右手で、伸英の頬を軽くぺちぺちと叩く。

「……んにゃっ、あっ、おはよう、謙一くぅん」

 すると幸いにもすぐに目を覚ましてくれた。寝起き、とても機嫌良さそうだった。

「早く、俺から離れて」

「謙一くん、何焦ってるのぉー?」

 伸英はぼけーっとした表情。

「俺の腕が、その……」

 謙一は視線を下に向ける。

「あっ! 私のおっぱいが、謙一くんの腕に結合しちゃってたんだね」

 伸英はついに今の状況に気付いたが、特に取り乱すことなく冷静に自分の腕を謙一から離した。布団から出て、ゆっくりと立ち上がる。

「のっ、伸英ちゃん、どうしてパンツ一枚だけになってるんだよ?」

 伸英の格好に謙一はドン引き。すぐに壁の方を向いた。

「暑かったから、無意識のうちに脱いじゃったみたい。男の子が水泳する時の格好になってたね。でも、すごく気持ちよく眠れたよ」

 伸英は照れ笑いしながら言う。

「とっ、とにかく、早く服着て」

 謙一は壁の方を向いたまま命令する。

「謙一くん、昔私とよく一緒にお風呂入ってたのに、そんなに慌てなくても」

 伸英はにこにこ微笑みながらリュックのチャックを開け、普段着を取り出す。着替え始めてくれた。

「着替えたよ、謙一くん」

 三〇秒ほどのち、伸英から伝えられると、

「……」

 謙一は体の向きを変え、恐る恐る伸英の方を見てみた。私服姿に、ホッと一安心する。

「私、おトイレ行ってくるね」

 伸英はそう伝えて、トイレの中へ。

 謙一はその間に着替えを済ませた。

伸英がトイレから出て来て数分のち、

 お部屋の外側から、コンコンッとノック音がした。

「おはようございます伸英さん、謙一さん」

「おはよーノブエちゃん、ケンちゃん、朝ごはん食べに行こう」 

 外側からこんな声。

「おはよー歩未ちゃん、真優子ちゃん。今すぐ開けに行くね」

 伸英が鍵を開け、二人を迎え入れる。

 こうして四人はお部屋から出て、昨日の夕食時と同じレストランへと向かっていく。貢と久晃はまたも先にそこへ行っていた。

 一同は昨日の夕食時と同じような座席配置でバイキング形式の朝食を取る。

「ねえ、ケンちゃんもミッちゃんもヒサちゃんも、大相撲、前相撲の取組がそろそろ始まる頃だけど、べつにそこから見たくはないよね?」

 歩未はベーコンエッグを頬張りながら話しかけた。

「うん。俺は今日も東京観光メインにした方がよっぽど有意義に過ごせると思う」

「おいらも激しく同意。大相撲なんて、幕内の取組からでじゅうぶんだろ。おいらは今日もアキバ巡りをするつもりだったし」

「ボクも大井川君と同じ予定でございます」

「昨日も行ったのにまた行くのかよ」

 謙一は呆れ顔で突っ込む。

「アニメショップを一軒回っただけではないかぁ。そんなのは行ったうちに入らないぜ。それに今日はUDXで声優のトークイベントがあるからな。せっかく東京来たんだから、アキバのイベントに参加出来るこのチャンスを逃すわけにはいかないぜ」

「アキバは特にイベントが無くても、毎日通ってもボク、きっと飽きないよん」

 貢と久晃はほんわかとした表情で言う。

「貢さんと久晃さん、昨日、東京へ来てからは特にトラブル起こさなかったから、今日は別行動取ってもいいわよ」

 真優子は快く許可を出してあげた。

「謙一くんは、今日も私達と一緒に行動しようね」

 伸英が腕をぐいっと引っ張ってくる。

「えー、またぁ」

「謙一さん、わたし達と一緒に上野公園巡りをしましょう」

「ケンちゃん、昨日も言ったけど女の子だけで動くのは危ないから」

 真優子と歩未からも昨日と同じように強く頼まれてしまった。

「まあ秋葉原行くよりは……貢に久晃、三時半頃に、両国国技館前で待ち合わせってことでいいか?」

 謙一は確認を取る。

「ラジャー。では謙一殿、そういうことでー」

「ひとまずさらばだ、柏岡君」

 貢と久晃は朝食を済ませると、わくわくした様子で速やかにレストランから逃げていった。こうして今日は二手に分かれて行動することに。

 謙一、伸英、歩未、真優子の四人はホテルをチェックアウトするとまず両国国技館へ向かい、歩未が代表して六人分の観戦チケットを購入した。一番安い自由席だ。

「じつは、わたしもアキバの声優さんのトークイベント見に行きたかったんだけど、ディープな男の人が多くて怖いからちょっとね。声の演技だけじゃなく、あんな人達と笑顔で握手出来る女性声優さんは凄過ぎるわ」

 JR両国駅へと向かって歩いていく途中、真優子は打ち明ける。

「ああいうの、男の俺から見ても怖いよ。貢や久晃がよく見てる、ライブイベントのブルーレイで声優さんが挨拶する度に、うをおおおおおーっ、とかオットセイみたいに叫んで、声優さんが歌ってる時はうぉうぉ叫びながらペンライトぶんぶん振り回してすごい激しく踊ってる集団」

「私は恥ずかしがり屋さんだし怖がりだから、声優さんは絶対無理だなぁ」

 伸英はぽつりと呟く。

「ノブエちゃんはお歌上手いから、その性格を直せばなれるかもしれないよ」

 歩未は励ましの言葉をかけてあげた。

 四人は両国から上野公園まで移動すると、まず西郷さんの銅像の前で記念撮影。そのあと上野動物園へ。

「謙一くん、私から離れちゃダメだよ」

「えっ!」

園内に入ると、伸英がいきなり手を掴んできた。

マシュマロのようにふわふわ柔らかい感触が、謙一の手のひらに伝わってくる。

「あの、伸英ちゃん。べつに、手は、繋いでくれなくても俺、大丈夫だから」

 謙一のお顔は照れくささから、だんだん赤く染まって来た。

「でも、謙一くん迷子になっちゃうかもしれないし。昔、海遊館でなったことあるでしょ」

 伸英は心配そうにしてくれる。

「幼稚園の頃の話だろ。もっ、もう今は絶対大丈夫だって」

「本当? じゃあ離してあげるけど、私の目が行き届く範囲を歩いてね」

「うっ、うん」

 こうして手を離してもらえた謙一の顔は、じわじわと元の色へと戻っていく。

「カップルというより、仲の良い姉弟みたいね」

 真優子はくすくすと笑う。

「一瞬、ノブエちゃんがすごくお姉さんぽく見えたよ。ワタシ、動物さんのスケッチしようと思ってこれも持って来たんだ」

 歩未はそう言うと、リュックからB4サイズのスケッチブックを取り出した。

「歩未ちゃん準備良いね。じつは私も持って来たの」

 伸英もスケッチブックを自分のリュックから取り出した。

「わたしもよ。みんな考えることは同じね」

 真優子も取り出す。

「みんな上野動物園行く気満々だったんだな」

 謙一は当然のように不持参だった。というわけで彼はデジカメ撮影係に。

「一番モデルに最適な、ハシビロコウを描こう!」

 歩未の提案に、

「いいわよ。それにしましょう」

「滅多に動かないからすごく描き易いよね。あの鳥さん、不思議な魅力があるよ。チョコボールのキ○ロちゃんみたいだし」

 真優子と伸英も快く賛成する。そんなわけでジャイアントパンダ、アジアゾウ、スマトラトラ、ニシローランドゴリラなどなど園内他の動物達は観察と撮影だけに留めておいた。

 モノレールを乗り継いで西園のハシビロコウの檻の前に辿り着いた後、

「ハシビロコウさん、本当に動かないわね」

「鳴き声もあげないね。剥製みたいだよ」

「何があっても動じない、木鶏の精神だね。いいモデルになりそうじゃん」

 女の子三人は何羽かいるハシビロウを、彼女達もその鳥達のように動かないまましばらくじーっと眺めていた。

 そののち、女の子三人は地面に腰掛け、太ももの上にスケッチブックを置いて4B鉛筆でハシビロコウを写生していく。

 謙一はその間、ハシビロコウをデジカメに収め、近くの檻に飼育されているベニイロフラミンゴ、エミュー、オオアリクイなどなど他の動物の観察もしていた。

 女の子三人が描き始めてから五分ほどして、

「出来たぁーっ!」

 歩未が最初に4B鉛筆を置く。

「なんか児童向けのギャグ漫画に出て来そうな稚拙な絵ね。わたしの絵を見て」

 真優子はくすっと笑い、描きかけの自分の絵を伸英に見せた。

「マユコちゃんの絵はリアル過ぎてちょっと怖いよ。ワタシの方がかわいいもん!」

 歩未は顔をぷくっと膨らませ、強く主張する。

「伸英さんの絵は、メルヘンチックでとっても素晴らしいです」

「そうかなぁ?」

 真優子に大絶賛され、伸英は少し照れてしまう。

「ワタシと似たようなタイプの絵なのに、なにその扱いの違い」

 伸英は真優子をむすっとした表情で睨み付ける。

「歩未さんは漫画家志望みたいだから、厳しめに採点してみました」

 真優子はにこっと微笑んだ。

「なんかバカにされてる感じ。ケンちゃんも写生してみる?」

 伸英は謙一の側に近寄り、スケッチブックを渡そうとする。

「いいよ。俺、絵は自信ないし」

 謙一は丁重に断った。

「あーん、ケンちゃんの絵、見たいよぅ。写生してしてぇ。習字は上手いんだから」

「私も久し振りに見たいなぁ。謙一くんの描いた絵」

「わたしも見てみたいです。謙一さんの几帳面な性格からして、細かい所まで丁寧に描いてくれそうですし」

三人は強く要求してくる。

「勘弁して。俺、本当に絵ぇ下手だから」

 謙一は苦笑顔でお願いした。

「ごめんなさい謙一さん、プレッシャー感じて余計に描けなくなるよね。わたし達の中では、どれが一番お気に入りですか?」

 真優子の質問に、

「うーん……どれも、同じかな」

 謙一は三人の絵をちらっと見渡し、五秒ほど考えてから答える。

「さすが謙一くん、平等に判断してくれてありがとう」

「心優しいですね」

 伸英と真優子は嬉しそうに微笑む。

「引き分けかぁ。ケンちゃん、ワタシの顔色窺ったでしょう? 相撲の技掛けられると思って」

 歩未に顔を近づけられにこやかな表情で問い詰められると、

「ま、まあね」

 謙一はやや顔を引き攣らせ、若干緊張気味に正直に答える。

「もう、正直に答えてもワタシ何もしないのに」

 歩未が爽やかな表情で言ったその時、

「あっ、ハシビロコウさん。ついに動いちゃったよ。まだ完成してないのに」

 伸英が残念そうな声を漏らした。何羽かいるハシビロウのうちの一羽が、水飲み場へ移動してしまったのだ。

「ノブエちゃん、ここにいるのを全部描こうとしたのかぁ」

 歩未は伸英の描いた絵を覗き込んでみた。

「うん。だって一羽だけモデルにしたら、モデルにされなかった他のハシビロコウさん、かわいそうだもん」

 真剣な眼差しで答えた伸英に、

「ノブエちゃん、心優しい」

 歩未は深く感心する。

「わたしもそうしようとは思ったけどね。またもう一羽動いちゃったし」

 真優子も伸英と同じように残念がっていた。別の一羽が羽をバサッと広げ飛び立ち、檻の隅の方へ移動してしまったのだ。

 こうして伸英と真優子はやむなくここで写生を中断。四人は残りの動物達も足早に観察してお昼過ぎに上野動物園を出て、続いて国立科学博物館へ立ち寄った。

「わあああああっ、クジラの横綱、シロナガスクジラだぁーっ!」

 屋外に展示されている、シロナガスクジラのオブジェを目にすると、歩未は興奮気味に叫びながら一目散にすぐ側まで駆け寄っていく。

「ものすごく大きいね。実物大なのかな?」

 伸英はふと疑問を抱く。

「そうみたいよ」

「入口前からして存在感があるなぁ」

真優子と謙一も思わず見入ってしまった。

 もう一つの屋外展示、蒸気機関車もついでに眺めていよいよ館内へ。

館内には親子連れ、家族連れの姿も大勢。常設展示室は日本館と地球館とに分かれており、四人はまず地球館から巡ることにした。

「この剥製、すごいね。この中で相撲取らせたら、横綱はきっとサイだね。ヒグマとトラとライオンは大関かな」

 野生動物の剥製がガラス越しに多数展示されてある場所で、歩未は大声ではしゃぐ。

「歩未さん興奮し過ぎ。周りで騒いでる小学生と変わりないわよ。恐竜の展示を見たらさらに興奮しそうね」

 真優子はくすっと微笑む。けれども彼女自身も叫びたくなるほど剥製の迫力にけっこう興奮していた。

「謙一くん、ここに展示されてる動物さん、今にも動き出しそうなくらいリアルだよ」

「うん。すごい再現技術だね。絶滅したニホンオオカミのもあるのか」

 伸英と謙一もやや興奮気味に観察していた。

 四人は他の展示室も楽しみながら巡っていく。


「もうすぐ三時か。そろそろここを出て、両国行かないと」

 宇宙・物質・法則に関する展示がされてある場所で、謙一は携帯電話の時計を気にしながら呟く。

「まだ全部の展示見てないから残念だけど、ワタシ、相撲も見たいからね」

 歩未は月の石を眺めながら名残惜しそうにする。

「日本館もあるから、まだ半分も回れてないんだよね。すごく楽しい場所だけど私、歩き疲れちゃったよ。ここは大塚国際美術館みたいに何回かに分けて見に行かないと、全貌が掴めないよね」

「広過ぎるでしょう? しかも高校生以下は無料だから、わたし前に家族旅行で来た時に、すごく気に入ったの。東京に住んでたら絶対毎週のように通っちゃうよ」

四人が館内から出て、JR上野駅へと向かっていく途中、謙一の携帯に電話がかかって来た。

「貢か」

 通話ボタンを押すと、

『謙一殿ぉ、聞いてくれぇ。大きな事件が起こったんだぁーっ!』

「どっ、どうした貢?」

いきなり貢から焦るような声でされた報告に、謙一は少し驚く。

『おいら、財布どこかで落としたんだ。帰りの乗車券入りの』

「おいおい、またかよ。貢にとってはべつに大きな事件でもないだろ。今どこにいるんだ?」

『神保町。イベントの後、古本屋巡りをしようと思ってアキバから歩いて来たんだ』

『柏岡君、大井川君は、どうやら秋葉原から神保町にかけての路上で落としてしまったようです』

 久晃は電話を代わり、加えて報告する。

「そっか。それじゃ、今から皆でそっちへ向かうから。皆で探そう」

『了解致しました』

『すまねえ、謙一殿ぉ』

 再び貢に電話が代わる。

「いやいや。じゃあ、あとで」

 謙一はこう言って電話を切り、女の子三人にこのことを伝えた。

こうしてここにいる四人はすぐに上野公園をあとにし、地下鉄を乗り継ぎ神保町駅前へと向かっていったのであった。


「謙一殿ぉぉぉぉぉ~」

 指定されたA7出口から出ると、貢が謙一のもとにドスドスと駆け寄ってくる。

「貢、泣くなよ」

 今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた貢を、謙一は慰める。

「みっちゃん、一緒に探そう」

「ミッちゃん、みんなで探せばきっと見つかるからね。安心してね」

 伸英と歩未は優しく声を掛けてあげる。

「貢さん、またポケットにそのまま入れてたんでしょ?」

 真優子は貢の側に寄り、険しい表情で質問する。

「はっ、はい」

 貢は俯き加減で、やや怯えながら答えた。

「貢さん、昔ならこんなんだよね。何度同じ失敗繰り返したら分かるのっ? 小学校の時の遠足や、中学の修学旅行や、野外活動の時もこんなことあったでしょ! 皆にどれだけ迷惑掛けてるか分かってるの?」

「……うっ、ぅ」

 真優子に厳しく叱責され、貢はとうとう泣き出してしまった。

「あらら、大井川君の目にも涙」

「貢、それくらいで泣くなって」

 久晃と謙一はそんな貢を見て笑ってしまいそうになる。この二人はシンクロするように、学芸会の練習の際にアルトリコーダーを忘れて来て先生から叱られた貢が、えんえん泣き喚きながら学校から脱走したのを目撃した小学校時代の出来事も思い出してしまったのだ。(当然のように貢はすぐに先生に捕まえられた)

「まあまあ真優子ちゃん、そんな学校の先生みたいに怒らなくても。みっちゃんもすごく反省してるみたいだし」

 伸英は優しく真優子を責める。

「マユコちゃん、ミッちゃんに厳し過ぎるよ。ミッちゃんも、宇宙食食べて元気出そう」

 歩未はリュックから、国立科学博物館の売店で購入した乾燥プリンを取り出した。

「……ごめんなさい貢さん、少しきつく言い過ぎちゃったかも。わたしも一緒に探してあげるから、今後は、本当に気を付けてね」

 真優子はちょっぴり反省気味。

「もっ、申し訳ない」

 貢は深々と頭を上げる。ようやく泣き止んだ。

「ボクと大井川君は、秋葉原から万世橋を通り、この靖国通りに沿って歩いて来ました」

 久晃は伝える。

そんなわけで、一同でこの場所から秋葉原方面へと向かって歩きながら、貢の財布を捜すことにした。

「この辺りって、夏目漱石の『こころ』にも出て来たね」

 都営地下鉄新宿線小川町駅付近に差し掛かった頃、伸英は呟いた。

「そうなの? ワタシ、夏目漱石さんの本は『坊っちゃん』と『我輩は猫である』しか読んだことないよ。それも途中まで。なんか難しくて」

「わたしは、『こころ』は中学の頃一通り読んだことがあるわ。今わたし達は、こころの聖地巡礼をしてるわね」

 楽しそうに探す女の子三人に対し、

「見つからねえ」

貢は暗い気分であった。

「日がだいぶ傾いて来ましたね」

「やっぱ関西よりも日が暮れるのが早いな」

 久晃と謙一もあまり楽しい気分にはなれなかった。

 

一同はとうとう万世橋の袂まで差し掛かった。けれども貢の財布は未だ見つかる気配は無し。

「貢さん、もういい加減諦めましょう。わたしが帰りの乗車券代払うので」

「そっ、それは、悪いよ」

 真優子の計らいに、貢の罪悪感がますます増してしまう。

「あそこの警察署へ行ってみるか」

 謙一は橋の近くあるビルを指し示した。

「あー。見つかる可能性が一番高そうだからな」

 貢が暗い声で返事した。

 その時、

 ミャァーン。という鳴き声と共に、一匹の野良猫が皆の前に姿を現した。

「三毛猫さんだぁ。かわいい。お名前は、まだないのかな?」

 伸英はうっとり眺める。白、黒、茶の斑模様だった。

「ということは、ほぼ百パーセント、メスね」

 真優子は生物学的見地から分析する。

「んぬ? 大井川君、あっ、あれって、ひょっとして」

 久晃は中腰姿勢になり、猫の口元を眺める。茶色く四角い物体をくわえていた。

「あれは……あの柄は、おいらの、財布だぁ!」

 貢も屈み、力士の蹲踞姿勢のようになって観察し、思わず声を漏らす。

 すると猫はすぐさま驚いてか逃げ出してしまった。一同が先ほど通って来た道を引き返すように。

「待て待て、猫さん。神保町まで行って、その財布で夏目漱石の『我輩は猫である』でも買おうとしてるのかな? ワタシ、結局ロンドンオリンピックに出られなかった猫ひ○しよりも背は低いけど、スピードは猫さんに負けないよ」

 歩未は猛スピードで猫の後を追う。

 他の五人も歩未の後を付いていった。

「私、サ○エさんのOPを思い出しちゃったよ」

 必死に猫を追いかける歩未の後姿を眺めて、伸英はくすくす笑う。

 一同は再び靖国通りへ差し掛かった。

「ハァハァ。ボク、けっこう、疲れましたぁ」

「おっ、おいらも。もう走るのは無理だ」

「おっ、俺も」

 その頃には、男子三人とも息を切らしていた。

「あっ、歩未ちゃん、あそこで止まってる。やっと追いつけるよ」

「どうやら猫さんはあの木にいるみたいね」

 伸英と真優子は歩未の側へと近づいていく。

「速いし、ジャンプ力がすごいよ。正攻法で捕まえるのは無理だね」

さすがの歩未でも、猫の持つ俊敏さには適わなかった。猫は街路樹に登ってしまう。歩未は悔しそうに見上げていた。

「こうなったら、餌で釣りましょう」

 真優子は提案する。さっそく鞄から、昨日浅草で買った人形焼を取り出すと路上に置く。

 すると猫、

 ミャァン。

「おう、反応した。これぞ本当の猫だましだね」

街路樹から飛び下り、餌のある方へトコトコまっしぐらに駆け寄って来た。歩未はにやりと笑みを浮かべる。

「猫さん、はっけよーい、のこった!」

 歩未と猫、一騎打ち。

 見事捕まえることが、

 ミャーォン。

「あっ、変化されちゃった。はやっ!」

 出来なかったが、猫はくわえていた財布を路上にポトリと落としてくれた。

 ミャーォ。

 猫は皆から背を向けて、神保町方面と走り去っていく。

「はい、ミッちゃん」

 歩未が拾い上げ、貢に手渡してあげた。

「どっ、どうも」

貢は緊張気味に受け取ると、すぐに中身を確かめてみる。

 幸いなことに中身も無事、そのままだった。被害は猫の涎と、歯形だけで済んだ。

「みっちゃん、見つかってよかったね」

 伸英は優しく声を掛ける。

「うっ、うん」

 貢は嬉しさのあまり、再び涙をぽろぽろ流す。

「貢さん、泣き虫ね」

「みっちゃん、あんまり泣くと『あー○あん』の絵本みたいにお魚さんになっちゃうよ」

 真優子と歩未はにこっと微笑みかけた。

「ミッちゃん、よちよち」

 歩未はハンカチを手渡そうとした。

「……」

けれども貢は照れくささからか拒否の態度を示し、ようやく泣き止んだのであった。

「もう五時半過ぎてるな。今から相撲見に行っても、結びの取組にも間に合わないから、そのまま東京駅へ向かおう」

 JR秋葉原駅に向かって歩きながら、謙一は提案する。

「すまねえ皆の衆、相撲まで見れなくなってしまって」

「いやいや、自由席で上の方からどうせ良く見えないし。テレビで見た方がよっぽどいいよ」

 謙一も、

「ボクも、相撲見る気なんて微塵もなかったからね」

「わたしも、べつにいいですよ」

「私もだよ。みっちゃん、気にしちゃダメだよ」

久晃も真優子も伸英も、そのことを咎める気はなかった。

ただ、

「残念だなぁ。生で見たかったなぁ」

 歩未だけはこんな様子だった。

「……」

 貢はさらに強い罪悪感に駆られる。

「ミッちゃん、明日、掃除当番代わってね。それで許してあげるよ」

 それでも歩未は怒ってはいないようで、ウィンクをしながらこう言ってくれた。

「どっ、どうも」

 貢はやや緊張気味に深々と頭を下げて、ホッとした気分で礼を言う。

 こうして一同はJR秋葉原駅から山手線外回りで東京駅へ。お土産や駅弁を買い、東海道新幹線に乗り換えるため改札口を抜けようとすると、

「謙一お兄ちゃん、この子、しばらく貸します。今度の中間テストの勉強に役立てて下さい!」

 智穂に背後から叫ばれた。

「智穂!」 

 謙一は咄嗟に振り向く。

「ここならまた皆さんに会えるかなと思って、一時間ほど前から待ってたの」

 智穂が差し出したのは、オカメインコの喜三郎であった。

「チュウカンテストガオワルマデ、ベンキョウニツキアッテアゲルデゲス」

 喜三郎はどこか嬉しそうだった。

「テスト勉強の役に立ててって……」

 謙一は困惑する。

「あたし、いつも勉強する時この子を側に置いてるの。そうしたら、いない時と比べて集中力とモチベーションがすごく上がったの」

 歩未はやや興奮気味に伝える。

「俺には効果ないと思うんだけど……それに、いきなり困るなぁ。俺んちで預かるのはちょっと。鳥かごないし」

「喜三郎さん、わたしんちで預かりますよ」

 真優子がすぐに名乗り出てくれた。

「ドウモ、シバラクノアイダ、オセワニナルデゲス」

 喜三郎は深々とお辞儀をし、真優子の背負っていたリュックの上にぴょこんと飛び乗る。

「ペットって新幹線乗せれるんだっけ?」

「この子なら小さいから大丈夫だよ、謙一お兄ちゃん」

 謙一の疑問を、智穂はすぐに晴らす。

「鳴き声うるさくないのかな」

 謙一が心配そうに呟くと、

「ホカノオキャクサマノゴメイワクニナラナイヨウニ、オトナシクシテイルノデ」

 喜三郎は謙一の目を見つめながらこう発した。

「あらまっ、お利口さんね」

 真優子は感心する。

「じゃあ皆さん、また会おうね。バイバーイ」

 智穂は大きく手を振りながら別れの挨拶を告げ、山手線の乗り場の方へと向かっていく。

「ばいばいチホちゃん。元気でね」

「智穂ちゃん、また会おうね」

「智穂さん、お会い出来てとても嬉しかったです」

 歩未、伸英、真優子は快く手を振り返してあげた。

「智穂、またお正月にでも会おう」

 謙一は、手は振らずに叫んだ。

 貢と久晃は特に反応せず。

 智穂は皆の方を振り返り、もう一度手を大きく振って、本当にお別れ。人混みに紛れ、まもなく姿が見えなくなる。

見届けた一同は改札を抜け、新幹線乗車ホームへ。既に停車していた午後六時半頃に発車する新大阪行きのぞみ号、自由席となっている二号車に乗り込む。

「東京観光、めっちゃ楽しかったよ。また行きたぁい」

「私もすごく楽しかったー。特に上野動物園」

「お台場とか東京タワーとかスカイツリーとか、築地とか、皇居とか国会議事堂とか、テレビ局とか、他にも行きたい所いっぱいあったけど、やっぱり一泊二日じゃ回り切れないわね」

三列席に通路側から数えて歩未、伸英、真優子。喜三郎は真優子の膝の上。

男子三人組はそのすぐ前の三列席に通路側から貢、久晃、謙一の順に座った。

「帰ったら十時頃だな。今夜は見たい深夜アニメないし、早めに寝て、疲れを取らねば……あっ、そういえば、おいら、まだ明日までに提出の数ⅡBと古文と英語の宿題、全然やってねえ」

「ワタシもだぁーっ。やばいよ。大関級のやばさだよ。ねえノブエちゃん、明日の朝でいいから写させてね」

 貢と伸英は、ふとその現実に気づかされてしまった。

「そう来ると思ってたよ。私はちゃんと済ませてから来たよ」

「俺ももう金曜のうちに全部済ませた」

「わたしも当然のように済ませました」

「ボクもだよーん」

「ケンちゃんに、マユコちゃんにノブエちゃん、ヒサちゃんはすごく真面目だね」

「おいらには到底真似出来ないぜ」

 四人の行いに、伸英と貢はとても感心していた。

「オカッパアタマトオスモウサンハ、ジツニダメダナア。ナツヤスミサイシュウビニ、シュクダイニアセル、ショウガクセイトドウレベルデゲス」

 喜三郎は嘲るようにお説教する。

「喜三郎の言うことは御もっともだけど、なんか腹立つよ」

 歩未は眉を顰める。

 それからしばらくのち、

ポピーッ! と、喜三郎が突如鳴き声を上げた。

「びっくりしたー。喜三郎ちゃん、どうしたのかな?」

伸英はびくっと反応する。

「トツゼンナイテ、モウシワケナイデゲス。ツイツイホンノウガ……」

 喜三郎はすぐさまぺこんと首を下に振って謝罪した。

「真っ暗で見えないけど今、新富士辺りを走ってるみたいね。富士山麓にオウム鳴くね」

 真優子はにっこり微笑んだ。

「ハイ。ソノトオリデゲス」

 喜三郎は推測する。

「ルート5の覚え方だね。喜三郎ちゃん、面白い特長持ってるんだね」

 伸英は喜三郎の頭をそっと撫でてあげた。

「イエイエ」

 喜三郎は照れくささから、伸英から目を背けてしまった。

「マユコちゃん、喜三郎、オウムじゃなくてインコじゃん」

「オカメインコはオウムの一種よ」

 突っ込んで来た歩未に、真優子はすかさず説明する。

「あっ、そうなんだ」

「オカメインコハオウムモクオウムカニゾクスルトイウノハ、ジョウシキデゲスヨ」

 喜三郎は歩未の方を向いて言い張った。

「こいつ、腹が立つなぁ」

 歩未は喜三郎をキッと睨みつける。

「アユミドノ、コワイデゲス」

 喜三郎は怯えて真優子のリュックの中に引っ込んでしまった。

「歩未ちゃん、喜三郎ちゃんを怖がらせちゃダメだよ」

 伸英は優しく注意。

「でもさぁ、お調子者だし。黙ってればかわいいんだけどなぁ」

 そう言いつつ、歩未はちょっぴり反省した。

 男子三人組は、行く時と同じように読書に勤しみ、ほとんど会話を交わさず過ごしていたのであった。


午後九時過ぎ、のぞみ号は終点、新大阪駅に到着。

一同は在来線新快速電車に乗り換え、それぞれの自宅最寄りのJR芦屋駅へ。駅前で別れを告げて、それぞれの自宅へと帰っていった。


「ウェルカムホーム。謙一ぃ、生で見る東大は凄かったじゃろう?」

 謙一が家に辿り着くと、さっそく秀樹爺ちゃんから生き生きとした表情で尋ねられる。

「うん。東大のキャンパス歩いてたら、智穂に偶然会ったよ」

「おう、そうか。そりゃあ良かったな。あの子なら京大はもちろん東大も百パーセント受かるじゃろうな」

「うちが立命館受かったのも、あの子が受験勉強の手助けしてくれたおかげだよ」

 聡美は嬉しそうに言う。

「姉ちゃん、そりゃ情けないぞ」

「智穂ちゃんにもぜひとも京大を受験して欲しいのじゃが、東大第一志望なのは残念なところじゃのう」

「秀樹爺ちゃん、智穂、第一志望京大に変えるって言ってたよ」

「何じゃと! そりゃぁおめでたいことじゃ。今度の正月に帰って来たら、ご褒美にお年玉を十万くらいあげなくては。智穂ちゃんもついに京大の素晴らしさが分かってくれたのじゃな」

 秀樹爺ちゃんは大喜びした。嬉し涙もぽろりと流れる。

「そういう理由じゃないんだけど。父さん、これ返しておくね」

「さすが謙一。あまり使わずに済んでくれたんだな。父さんとは大違いだ」

 謙一は東京土産をテーブル上に置き、余ったお金を振一郎に全額きちんと返してから、風呂に入り自室へ向かう。月曜にある授業の準備も金曜のうちに既に済ませていたため、すぐに就寝することが出来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ