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目指せ! 受験界の西横綱【京都大学】  作者: 明石竜


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第一話 謙一の幼馴染達は京大第一志望

「……不気味過ぎる。目玉お○じのキャンディー以上だ」

 秀樹爺ちゃん特製メニューは即効キッチンの生ゴミ入れに捨てて、謙一は学校に行く支度を済ませる。

「謙一よ、DHAとEPAがたっぷり含まれておるんじゃが……僕の手料理、そんなに不味いんかのう?」

それを目にした秀樹爺ちゃん、とても悔しがる。二ヶ月ほど前から毎朝のように続けているが、謙一が自分の手料理をほんの一口でも食してくれたことはまだただの一度もないのだ。けれども秀樹爺ちゃんは懲りない。逆に、元研究者の性なのか、さらに良いメニューへ改善してやろうという挑戦意欲がますます高まってしまうようである。

 まもなく午前八時になろうという頃、ピンポーン♪ とチャイム音が鳴り響く。

「おはよー謙一くん」

 その約一秒後、ガチャリと玄関扉の引かれる音と共に、のんびりとした声が聞こえて来た。

「おはよう、すぐ行くから」

 謙一は通学鞄を肩に掛け、玄関先へと向かう。

 訪れて来たのは、笹内伸英ささうち のぶえという女の子。柏岡宅から歩いて一分足らずのすぐ近所に住む、謙一の同い年の幼馴染だ。

学校がある日はいつもこの時間帯くらいに迎えに来てくれる。

面長ぱっちり瞳、細長八の字眉、丸っこい小さなおでこが彼女のチャームポイント。少し痩せ型で、背丈は一六五センチの謙一より少し低い一六〇センチくらいあり、おっとりのんびりとした雰囲気を漂わせている。ほんのり茶色な髪を少し巻いて、真っ白な花柄シュシュで二つ結びに束ねているのがいつものヘアスタイルだ。

謙一は中学に入学した頃から現在完了進行形で登校は別々でも良いと思っているのだが、伸英がそうは思ってくれていないので付き添ってあげているという感じである。とはいっても謙一もべつに嫌がってはいない。けれども通学中に同じクラスのやつ他知り合いにはあまり会いたくないなぁ、という思春期の少年らしい照れくさく気持ちは持っていた。

「では、秀樹お爺様、行ってきまーす」

「じゃ、行ってくる」

「おう、いってらっしゃい。久々の授業、しっかり頑張れよ」

 八時頃、謙一の父と小学校教師の母、大学名誉教授の祖母、立命館大学一年生の姉はこの時間には既に通勤通学しているので、齢七六の秀樹爺ちゃん一人残し伸英と謙一は家を出発。この二人は高校へ入ってからも徒歩通学である。柏岡宅から二人が通う県立淳和台じゅんわだい高校まで1.5キロ圏内の自転車通学禁止区域に指定されているからだ。  

二人は門を抜けて、通学路を一列で進む。この時、伸英が前を行くことが多いのだ。

「謙一くん、今日提出の数Ⅱの演習プリントは、全部出来てる?」

「いや、まだけっこう空欄が残ってる。分からない問題が多くて」

「じゃあ写させてあげるよ」

「ありがとう。それにしても、今日は朝からけっこう暑いね」

「うん、半袖でもいけそうだね。学校着く頃には汗びっしょりになりそう。夏服にすれば良かったよ」

他にもいろいろ取り留めのない会話を進めていくうち、学校のすぐ側まで近づいて来た。

この二人以外の淳高生達も周りにだんだん増えてくる。この高校では今日から五月いっぱいまで制服移行期間だ。まだ、謙一と伸英のように冬用の紺色ブレザーを身に纏っていた生徒の方が多く見受けられた。

柏岡宅から学校までは徒歩で約十八分。二人は校舎に入ると、三階にある二年二組の教室へ。幼小中高同じ学校に通い続けている二人は小六の時以来、久し振りに同じクラスになることが出来た。共に二学年全八クラス中三クラスしかない理系特進クラスを選び、社会科は同じ地理Bを選択したため、なれる確率も高かったのだ。ちなみに二年二組は男子三一名、女子九名の計四〇名。理系クラスらしい男女比率となっている。

「ノブエちゃん、おっはよう!」

「おはよう伸英さん、四日振りですね」

 伸英が自分の席へ向かおうとすると、彼女の幼稚園時代からの大の親友、坂東歩未ばんどう あゆみ新免真優子しんめん まゆこが挨拶してくる。謙一にとっても古い顔馴染みの子達だ。

「おはよー歩未ちゃん、真優子ちゃん。やっぱりまだ冬服なんだね」

伸英は爽やかな表情と穏やかな声で返してあげ、席に着いた。座席はまだ学年始まった四月初旬当時のまま、出席番号順に並べられている。

歩未は背丈が一四五センチに満たないくらいの小柄さ。加えて、くりくりした目で丸っこいお顔、おでこはちょっぴり広め。ほんのり栗色なマッシュルームカットヘアーをいつもりんごなどのチャーム付きダブルリボンで飾っていて、小学生に間違えられても、いや、むしろ高校生に見られる方がもっと不思議なくらいの幼い風貌なのだ。

真優子は、背丈は一五五センチくらい。まん丸な黒縁メガネをかけて、濡れ羽色の髪を三つ編み二つ結びにしており、とても真面目そうで賢そう、加えてお淑やかで大人しそうな優等生らしい雰囲気の子である。

二人とも文化系っぽい感じの子で、伸英も見た目が文化系女子なので釣り合いの取れた仲良し三人組だ。ただ、歩未はスポーツもけっこう得意なようである。

謙一が自分の席に着いてから七分ほどのち、

「やぁ、謙一殿ぉー」

「おはよう貢。やっぱいきなり夏服か。暑がりだもんな」

彼の親友の大井川貢おおいがわ みつぐが登校して来てのっしのっしと近寄って来る。貢は完全夏用の、ポロシャツと薄手の灰色ズボンという組み合わせだった。

謙一は貢のことを小学一年生の頃から知ってはいたが、頻繁に友人付き合いをするようになったのは今から遡ること四年ちょっと前、中学の入学式の日からだった。出席番号が謙一のすぐ前になったことがきっかけで自然に話し合う機会が出来、お互い仲良くなったというわけだ。今学年ではその時以来同じクラスになり出席番号も前後した。ただ、今学年開始当初、謙一は貢が前では黒板の字が見えにくいので、座席順は中学入学時と同じく担任に頼み前後逆にしてもらっていた。

なぜかと言うと貢は身長一八八センチ、体重はなんと、一四〇キロ以上の大相撲力士としても申し分ないたいそう恵まれた体格をしているからである。小学校を卒業する頃にはすでに一七〇センチ、百キロ以上に達していた。

あまりに太り過ぎている故か、貢はスポーツ全般超苦手なのだ。先月、体育の授業で行われた新体力テストでも、結果は握力以外全て同学年男子の平均未満だった。五〇メートル走に至っては一一秒台後半と、同級生の足の速い子の百メートル走よりも時間がかかってしまうという有様だった。

謙一が小学生の頃は、貢と同じクラスになったことは意外にも六年間通じて一度もなく、貢について偶に目にして「すげえでかいやつがいるなぁ、めちゃくちゃ相撲が強そうだ」などという印象を持っていた程度の認識であった。

謙一と貢との間には、こんなエピソードもある。中学時代に部活動を選ぶ際、貢ほどではないものの体育が苦手なため運動部には興味を示さなかった謙一は、科学部にするか地歴部にするか悩んでいた。そんな時、貢に「おいら、パソ部に入るから、謙一殿も一緒に入ろうぜ」と半ば強引に誘われ、結局当初入る気もなかったパソコン部に入部することに決めたのが中一四月の終わり頃。それから中学時代の三年間を共に同じ部活で過ごし、高校でも同じ部活、アニメーション部に入部した。

「謙一殿、このラノベ、べらぼうに面白いぞ、読んでみろ。今、サ○テレビで月曜深夜にアニメもやってるぜ」

 貢はどかっと席に着くと、鞄の中から例の物を一冊取り出し謙一に手渡す。

「……一応、借りとくよ」

それを見て、謙一は顔をしかめる。表表紙に下着丸見えの制服姿な可愛らしい少女のカラーイラストが描かれていたのだ。貢は、小学五年生の終わり頃からラノベや萌え系の深夜アニメに嵌っていたらしい。

謙一はこういう世界に深く踏み込んではいけないなと、本能的に感じている。すぐさま鞄の中に片付けた。

「おはよう、みっちゃん。五連休終わっちゃったね」

「……おっ、おはよぅ」 

突如、伸英に明るい声で挨拶された貢は、思わず目を逸らしてしまった。彼は伸英に限らず、三次元の女の子がよほど年上でもない限り苦手なのだ。女の子に話しかけられると緊張してしまうのは物心ついた頃かららしい。その性格が、彼が二次元美少女の世界にのめり込むようになった原因ではないかと謙一は推測している。

「謙一くん、数Ⅱのプリント写し終わった?」

「うん。ありがとう。いつもごめんね、いろいろ迷惑掛けて」

 謙一は大変申し訳なさそうに、伸英から借りていた数Ⅱの演習プリントを返す。

「全然気にしなくていいよ。でも、今後はなるべく自分の力で最後まで仕上げるようにしなきゃダメだよ」

伸英が優しくそう忠告してくれたちょうどその時、八時半の、朝のホームルーム開始を知らせるチャイムが鳴り響いた。

伸英他、立っているクラスメート達はぞろぞろ自分の席へ。

「皆さん、おはようございます。連休気分を切り替えて、しっかり頑張りましょうね」

ほどなくして、クラス担任で英語科の西脇先生がやって来た。年齢は二〇代後半。背丈は一六〇センチくらい。ぱっちり瞳に卵顔。色白のお肌。さらさらした濡れ羽色の髪を赤いリボンで一つ結びに束ねている。いわば和風美人だ。そんな彼女はいつも通り出欠を取り、諸連絡を伝え、このあと八時四〇分から始まる一時限目の授業を受け持つクラスへと移動していく。

二年二組理系特進クラスでは、今日は数学Ⅱの授業が組まれてあった。


「謙一殿ぉー、おいら、数Ⅱ、速過ぎてついていけんわー」

九時二五分、一時限目が終わり休み時間が始まると、貢が後ろからくたびれた様子で話しかけてくる。

「ちゃんと予習して来ないからだろ。まあ確かに早いよな。十月までに数Ⅱの教科書終わらせて数Ⅲに入るって言ってたし。俺も完璧に理解し切れてないよ」

 謙一は同情出来た。

「この間の小テストも二点しかなかったし、このままやとおいら、中間やべぇな、本気出さんと。一週間前からマンガとゲームと深夜アニメとラノベ封印して」

「ボクは理系特進クラス最初の中間テスト、とっても楽しみにしているよーん。ボクの大好きな理科も三科目もあるしぃ」

 二人の会話に、冬服姿のとある男子生徒も割り込んで来た。

「さすが久晃ひさてる殿、余裕であるな」

「まあね」

久晃という名の子だった。貢にとって久晃は、謙一と同じアニメーション部仲間だ。中学の頃も同じパソコン部だった。

「さっきも東大の過去問、簡単に解いてたし、久晃は相変わらずの天才振りだよな」

 謙一は感心していた。同じ幼小中出身のため、久晃のことは昔からよく知っている。つまり伸英や歩未、真優子も彼の古い顔馴染みというわけだ。

「おいらも久晃殿みたいな天才的頭脳が欲しいものだぜ。吸収っ!」

 貢は久晃の頭を両サイドから強く押さえ付けた。

「あべべべ、大井川君、すこぶる痛いので止めてくれたまえぇぇぇぇ~」

 久晃は首をぶんぶん振り動かし抵抗する。

「今度の中間では、どれか一科目だけでも久晃殿に勝ってみせるぜ」

 そう宣言し、貢は手を離してあげた。

久晃のフルネームは虫明久晃。身長一七〇センチと高二男子としてはごく普通だが、体重は約五〇キロと痩せ型。新体力テストの結果も全て平均以下の運動音痴ぶり。しかしながら、学力水準は普通の高校二年生レベルを遥かに凌駕する。小学校時代に漢検一級を取得済み。中学入学時から高一の終わりまで、校内テストの総合得点で学年トップを逃したことはただの一度も無い。高校数学も中学のうちに独学でマスターしており、中二で数検準一級を取得した秀才君である。坊っちゃん刈り、四角い眼鏡。丸っこい顔。まさに絵に描いたようながり勉くんな風貌だ。

「久ちゃん、東大の過去問当てられて、あっさり解いちゃうなんてすごいね」

「先生も驚いてたよね。やるじゃんヒサちゃん」

「久晃さんは、淳高始まって以来の天才だと思います」

 伸英と歩未、さらに真優子も、この三人の側へぴょこぴょこ歩み寄って来た。

「いっ、いえ。それほどでもぉ……」

 褒められた久晃は俯き加減になり、謙遜する。彼も貢ほど重症ではないが、物心ついた頃から現実の三次元の女の子を苦手としているのだ。貢よりも早く小学四年生頃にはすでに二次元美少女の世界にどっぷり嵌っていた。

 しかしながら、久晃がそういった趣味を持っているということは、謙一は中学に入学してパソコン部に入部するまで知らなかったのだ。


「それでは、呼ばれたら取りに来てね」

 四時限目、担任の西脇先生による英語の授業にて、一月ほど前に行われた校内マーク模試の個人成績表がついでに返却されることになった。

「坂東さん、後でじっくりお話ししたいことがあるので、お弁当食べ終わってからでもいいから、お昼休み、職員室に来なさい」

 歩未は返却される際、西脇先生から微笑み顔でこう告げられた。

「はっ、はい」

 歩未はやや緊張気味に個人成績表を受け取り、自分の席へ戻っていく。

(ありゃりゃ、まあ予想通りだったけど……ちょっぴりショック)

 その途中に結果を確認し、苦笑いを浮かべたのであった。

 久晃はある理由から、他の皆の分が返却されたあとに別枠扱いで返却された。

 お昼休み。歩未、伸英、真優子の仲良し三人組はいつものように近くに寄り添い、一緒にお弁当を食べる。

「ワタシ、絶対叱られるよぅ。ノブエちゃんとマユコちゃんは、京大何判定だった?」

 歩未からされた質問に、

「私はC判定だったよ」

「わたしはA判定でした」

 伸英と真優子はきっぱりと答えた。二人とも現時点で第一志望を京都大学総合人間学部にしており、第二志望以下は京大の他学部とはせず他の大学にしている。伸英も第二志望以下の大学はB判定かA判定を仕留めていた。

「めっちゃ羨ましい。それに引き換えてワタシなんて……」

 歩未は自分の個人成績表を眺めながら、悔しそうに唇を噛み締める。

「歩未さん、本当に身の程知らずね。わたしでもそんなことは怖くて出来ないわ」

 真優子は呆れ返っていた。

「歩未ちゃん、すごく度胸があるね。さすが昔、お相撲をやってただけのことはあるよ」

 伸英はほとほと感心していた。

歩未は第一志望から第五志望まで書く欄を全て京都大学にし、第一志望にこの二人と同じく総合人間学部、第二志望に理学部、第三志望に文学部、第四志望に経済学部、第五志望に法学部と書き、全て見事にE判定を取ってしまっていたのだ。

「そんじゃ、行ってきまーす」

歩未はお弁当を食べ終えると、暗い気分で職員室へ。

西脇先生のもとへ歩み寄ると、

「坂東さん、もう二年生になったんだから、そろそろ自分の進路を真面目に考え始めましょうね。あなたの今の成績じゃ、地方国公立大でもE判定よ」

 案の定、説教された。

「でも先生、これ、受けた当時の学力じゃないですか」

 歩未はにこやかな表情で反論する。

「坂東さん、一年前と今とを比べて、あなたの成績はどれくらい上がったのかな?」

 西脇先生はニカッと微笑みかけて問い詰める。

「むしろ下がってるような気がします。でも、まだ入試本番まで二年近くもあるじゃないですか。時間は山のようにあるし、大丈夫ですよ。では、失礼しまーす♪」

 総合得点率五割にすら満たなかった歩未は笑顔で自信たっぷりにそう告げて、職員室から逃げるように走って出て行った。

(坂東さん、三年生の今頃、いや入試直前になっても同じようなこと言ってそうね)

 そんな能天気な彼女を眺め、西脇先生はハァーとため息をつく。

(やっぱこの成績じゃ、京大なんて夢のまた夢の夢だよね。京大に合格するためにはこの模試よりももっと難しいセンター試験で、しかも五教科七科目で九割くらい取らなきゃいけないみたいだし、さらにセンターよりも遥かに難しい二次試験も突破しなきゃいけないし)

 歩未は心の中でこう呟きながら、とぼとぼ廊下を歩き進んでいく。口ではああ言いながらも、ちゃんと自分の状況をわきまえていたのだ。

「ねえ、ケンちゃんはあの模試、第一志望神大しんだいの工学部にしてたでしょ? 判定どうだった?」

二年二組の教室に戻ると、歩未はさっそく謙一に質問してみる。神大とは、秀樹爺ちゃんの母校でもある神戸大学の略称だ。

「D判定だった。もうあと二点低かったらE判定になるところだったよ」

 謙一はあまり嬉しくなさそうに答えた。

「Dならいいじゃん。ワタシなんて京大どの学部もD判定までの道のりが程遠いスーパーE判定だよ」

 歩未は恥ずかしげも無く堂々と言い張る。

「俺も京大って書いていたらDまで程遠いE判定で、担任からお呼び出しがかかってたと思う」

 謙一は苦笑いした。

「ワタシは神大どころか、国公立大の時点でお呼び出しがかかってたと思うよ。ねえケンちゃん、うちの高校のホームページに書いてること、絶対詐欺だよね? 何がハイレベルなカリキュラムで東大・京大をはじめとした難関国公立大に合格出来る学力が身につきますよ。全然身につかないじゃない!」

歩未は自分の個人成績表を眺めながら、こんな不満をぶつぶつ呟く。

「いや、べつに、皆が身につくわけでは……俺もたいして身についてないし、貢なんか坂東さんよりも酷い成績取ってたよ。志望校欄は白紙だったから判定は無かったけど」

 謙一は迷惑そうに意見した。

「歩未さん、それは毎日授業の予習復習、宿題をしっかりこなして、真面目に自学自習に励んだ場合でしょ。ただ授業に出席しただけで身につくなんていうのは甘い考えよ。東大・京大への進学は、日々コツコツ頑張った子だけが叶うのよ」

さらに真優子に呆れ顔で言われた。

「でもさぁ、実際に東大・京大に現役で合格出来る子、理系特進クラスからでも毎年十人に一人くらいじゃん。比率少な過ぎるよね?」

「偏差値五〇くらいのごく普通レベルの高校からだと、一学年三百人程度として、東大・京大に現役で合格出来る子は年に一人出るかどうかくらいじゃない。それと比べればずいぶん高いでしょ」

 尚も不満を呟く歩未に、真優子はこう意見する。

「まあ、そりゃそうだけどさぁ」

 歩未はまだ腑に落ちない様子だった。

「私も前に受けた模試では京大E判定だったけど、今回Dにすごく近いけどC判定が取れたから、歩未ちゃんも今からでも一生懸命勉強頑張れば、きっと京大へ行けるよ」

 伸英はほんわかとした表情で励ましてくれた。

「歩未さんは、伸英さんのような継続力も向上心も無いから、何年掛けたって絶対無理と思う」

 すかさず、真優子は素の表情でさらりと言い張った。

「マユコちゃん、はっきり言わないで。否定は出来ないけど。ワタシが仮に京大現役合格したら、旭天鵬さんの三七歳八ヶ月での幕内最高初優勝を遥かに上回る奇跡だろうね」

 歩未は苦笑する。

「歩未さん、本当に京大へ行きたいんなら、これから毎日死に物狂いで勉強頑張りなさいね。久晃さんは、今回も当然のように京大A判定だったんですよね?」

 真優子は歩未に忠告した後、久晃に気になって尋ねてみた。

「まあね。総合得点順位、校内では四位で、全国では五二三位でした」

 久晃はとても嬉しそうに伝える。彼も京大第一志望なのだ。

「わたしは校内二位、全国で三三八位だったけど、久晃さんは、三年生に交じって高三浪人生用の五教科七科目型の模試受けてたもんね。判定基準もわたし達が受けた国数英三教科型の模試よりも厳しく出てるのに、それでA判定はすご過ぎるわ」

「そんなことはないですよん。ボクと同学年どころか年下でも、上には上がまだまだたくさんいますしぃ」

 真優子に褒められ、久晃はいつもの癖で謙遜。

「私も今、久ちゃんが受けた模試受けたら絶対京大E判定だよ。ところで明日の京都への遠足だけど、謙一くんとみっちゃんと久ちゃん、一緒に回るんでしょう? 私達と一緒に回らない?」

「やめとく」

「おいらも結構」

「ボクもー」

 伸英の誘いを、男子三人は即、お断りした。

「あーん、残念。私達は自由行動、どこ回ろうかな? 私は京都水族館に行きたいな」

「ワタシもーっ。あとマンガミュージアムにも行きたぁーい!」

「分かったわ。その二つ、わたしも行きたいので予定に入れておきましょう。必ず回るように指示されてる清水寺と銀閣・金閣はスピーディーに回っていかなきゃね。あとついでに、京大のキャンパスも見学しに行きましょう」

 真優子がこう提案すると、

「それはいいねえ。ワタシの第一志望校だし」

「確かに受験前に一度見ておいた方がいいよね」

 歩未と伸英は快く賛同した。

男子三人も打ち合わせを始める。

「謙一殿、京都、どこ回る?」

「俺はどこでもいいから、貢と久晃に任せるよ」

「そうか。じゃ、新京極と出町柳と今宮神社と嵐山モンキーパークと北野天満宮と南禅寺と修学院と宝ヶ池回ろうぜ」

「それはいい案ですね、大井川君」

「全部回り切れないだろ。京都ってかなり広いぞ」

 無謀な計画に、謙一は思わず吹き出してしまった。

「やっぱそうだよな。まあ、この中からどれか回ろうぜ」


      ※


「それじゃ、謙一くん。また後でね」

「うん」

 放課後、部活動の時間が始まると、謙一は伸英といったん別れた。

伸英、歩未、真優子の仲良し三人組は部活も同じ文芸部に所属している。三人とも今でも幼い子ども向けの絵本やアニメや児童文学書、可愛らしい絵柄のマンガが大好きなのだ。真優子は加えてライトノベルや一般文芸もわりと多く愛読している。

謙一、貢、久晃の男子三人組は週一回木曜日だけ活動しているアニメーション部の部室、情報処理実習室へと向かった。そこには最新式に近いデスクトップパソコンが全部で五〇台ほど設置されてある。

アニメーション部の主な活動はその名の通りアニメーションの創作活動。他にもゲーム製作や、DTM作曲活動なんかもしている。パソコンを使って作業をするため、ここを部室として使っているのだ。

ところがこの三人は、ウェブサイトの閲覧やアニメ鑑賞だけをして過ごすことがほとんどである。顧問はいるものの、放任状態となっているため特に咎められることはないという。三十数名いる他の部員達(大半は男子)もゲームで遊んだり、動画投稿サイトや某巨大ネット掲示板を眺めていたりと本来の活動内容とは全く違ったことをしている者は多い。真面目に活動している者は半数に満たないくらいなのだ。

三人は一台のパソコンの前にイスを寄せ合い、近くに固まるようにして座る。謙一が電源ボタンを入れ、彼のパスワードでパソコンを起動させた。

「まずはこれから見ようぜ」

 貢は録画したアニメが焼かれてあるDVDを通学鞄から取り出し、CD/DVD投入口に入れて再生した。

「俺にはこういう、萌え系のアニメ、どれも同じに見えるんだけど……この間見たやつと違うんだよな?」

流れてくる高画質かつ高音質な映像を眺めながら、謙一は眉を顰める。

「謙一殿はまだまだ稽古不足であるな。おいらは日々睡眠時間を惜しんで深夜アニメを三時間以上は凝視してるから、キャラ、キャラデザ、声優含めどれも全部違うアニメに見えるというのに」

 貢は大きく笑った。

「その分を教科の勉強に費やせよ」

 謙一はやや呆れる。 

「まあ柏岡君は、ボクや大井川君のようにはならない方がいいよーん。もう戻れなくなるからね」

 久晃は自嘲気味に警告する。

 同じ頃、文芸部の部室、視聴覚室。

「あっ、また折れちゃった」

「歩未ちゃん、握力強過ぎだよ。もっとそーっと握らないと」

歩未と伸英は、色鉛筆やクレヨンを用いて絵本作りに励んでいた。

「あー、ダメだわぁ。もうこの先のストーリーが全然思い浮かばないよぅ。まだ二〇ページも書いてないのに」

一方、真優子はパソコン画面に向かいながら、嘆きの声を上げた。

文芸部の主な活動は漫画、小説、絵本などの創作活動だ。アニメ部とは対照的に、部員のほとんどが女子である。

「マユコちゃん、小説書くのに行き詰ったみたいだね」

 歩未は楽しそうに話しかける。

「うん、わたし、今度長編小説に初挑戦して、ラノベの新人賞に応募するつもりなんだけど、まだわたしにはハードルが高過ぎるわ」

 真優子は苦い表情を浮かべ、応募しようとしている新人賞の応募要項と選考結果の載せられたホームページを開いた。

「長編小説って、すごい枚数書かなきゃいけないもんね。四〇〇字詰め原稿用紙に三〇〇枚前後も書くなんて、私には絶対無理だなぁ。五枚から十枚くらいでいい童話賞のしか書けないよ」

 伸英はそのページをじーっと眺めながら呟く。

「ワタシなんて読書感想文を五枚分埋めるのすら無理だよ。ラノベの新人賞の選考過程って、大相撲の番付昇進に通じる所があるね。こんな感じで」

 歩未はにこにこ顔でこう呟き、黒のボールペンを手に取った。そしてメモ用紙にこう書き記す。

 一次選考落ち=幕下。一次選考通過=十両。二次選考通過=前頭。三次選考通過=小結・関脇。最終選考落ち=大関。受賞デビュー=横綱。 

歩未は新人賞の選考過程を大相撲の番付になぞらえたのだ。

「歩未さん、相撲に例えるなんて、本当に相撲好きね。けど確かに通じる所があるよ。番付も降格するように、選考過程も降格するからね。一度最終選考まで残った人が、次に書いた作品では一次も通らなかったりすることはよくあるみたいなので。それどころか著書を何冊か出してるプロ作家さんですら、改めて賞に応募すると一次で落とされることはけっこうあるみたいよ」

 真優子は笑顔で伝えた。

「プロでも一次で落ちちゃうのかぁ。まるで三役経験のある力士が幕下まで陥落して、幕下相手にも全然勝てなくなるような落ちぶれ方だね」

 歩未の呟きを聞き、

「歩未さん、また相撲に例えてる」

 真優子はくすっと笑った。

「ねえ真優子ちゃん、ライトノベルの新人賞って、競争倍率も物凄いよね。千作くらい集まってくる中で、受賞してるのは三作か四作くらいしかないもん。大学入試の五倍とかの倍率がものすごく低く感じるよ」

 選考結果を眺め、伸英は思ったことを率直に述べてみる。

「わたしもそう思うわ。さらに大学一般入試とは違って正しい解答、明確かつ公平な採点基準が無いからね。現代文の記述問題、小論文試験以上の不明確さよ。でも、だからこそ挑戦し甲斐があるの。わたし、高校在学中に受賞は無理にしても一次選考くらいは通ることを目標にしてるわ」

 真優子はきりっとした表情で打ち明けた。

「頑張れ真優子ちゃん、私、応援してるよ」

 伸英は温かくエールを送る。

「でもさぁ、マユコちゃん、まずは完成させなきゃ応募すら出来ないじゃん」

 歩未は笑いながら指摘した。

「そうなのよね、まずはその壁を突破しなきゃね」

 真優子は苦笑い。

 そんなやり取りから一時間ほどが経った頃、アニメーション部の部室では、

「次はこれやろうぜ」

 貢が通学鞄から、一つの箱を取り出した。

「みっ、貢、これは、非常にまずいだろ」

 パッケージに描かれたエロティックなカラーイラストを眺めた瞬間、謙一の顔が引き攣る。

「おいら的法律によれば、十八禁とは〝十八歳以上はプレイ禁止〟ってことだぜ」

 貢はきりっとした表情で言い張った。

「おいおい。真逆の解釈をするな」

 謙一は呆れてしまった。

「良いではないか、謙一殿。高校生の兄と中学生の妹が仲睦まじく一緒にエロゲープレイしてるラノベもあるんだし、全く問題ないって」

「そうだよね大井川君、いまどき小学生でもエロゲをプレイするものだしぃ」

 久晃も肯定派だった。

「そういう子達の将来が心配だ」

 謙一は頭を抱える。

「謙一殿、このエロゲはエロシーン少ない方なんだぜ。七月からはサ○テレビでアニメも始まるし」

 貢が、肝心のゲームが収録されてあるDVD‐ROMを箱から取り出し、投入口に入れようとした瞬間、

「ミッちゃーん、何しようとしてるのかなぁ?」

 背後から誰かにそのDVD‐ROMをパッと奪い取られ、阻止された。

「うぉっ!」

 貢はビクーッとなる。椅子から転げ落ちそうになった。

 正体は、歩未だった。 

「貢さん、これらは不要物よ。生徒指導部長に見つかったら没収どころか停学処分よ」

「みっちゃん、こんなエッチなものに手を出しちゃダメだよ。お母さんが悲しむよ」

 真優子と伸英もいた。二人とも頬を赤らめて、パッケージに描かれたイラストを眺めながら注意して来る。

「わっ、分かりましたぁ。すぐに、仕舞います」

 貢は歩未からDVD‐ROMを返してもらうと、素直に従う仕草を見せた。

「今度持って来たら真っ二つに割るからね」

 歩未はにこやかな表情で警告しておいた。

「謙一くん、こんなのは絶対好きになっちゃダメだよ」

 伸英は心配そうに忠告する。

「分かってる。俺、こんなのには全く興味ないから」

「良かった。じゃあ謙一くん、一緒に帰ろう」

「うっ、うん。いっ、いたたたぁ」

 謙一は伸英に腕をぐいっと引っ張られ、情報処理実習室から強制退出させられてしまう。

「謙一殿も大変だな」

「今しがた邪魔者は去りました。それでは、再開しますか」

 歩未と真優子も退出したのを確認すると、貢と久晃は先ほどの忠告は無視してエロゲープレイに興じたのであった。


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