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his side

 鞄を枕にして、天井を見上げる。背中が冷たい。


「寒い・・・」


 制服の上にパーカー一枚じゃ、さすがにきつくなってきたな。夏は夏で、悲惨だったけど。地味に、どんな部活よりも鍛えられるんじゃないだろうか、コレ。


 七時二分。スマートフォンで時間を確かめてから、もう一度床に寝転がった。ため息をつきそうになって、口元を手で覆う。近頃、ちっとも集中できない。楽しいことだけを考えるって、決めただろ。


 窓の向こうの四角い空から、雪が降り始めた。ゴミみたいだな。全然キレイじゃない。


 このまま。

 止まってしまえばいい。


 寒さも、暑さも感じずに、ただ幸せな夢だけをみていたい。でも、本当にそれでいいのか。いや、それでいいんだ。そうだ、冬。去年の冬は何してたっけ。あの頃は、毎日のように俺の勉強に付き合ってもらってたな。何回か、この校舎の中にも入った。上からコートを着ていたら、バレるわけないよって。中庭に積もった雪で、子供みたいに雪だるまを作って遊んだ。


 思い出せたことに安心して、窓辺に立つ。大丈夫。忘れてない。もう少ししたら、作りに行こう。手袋あったっけ。


「あれ?」


 渡り廊下の方に、人影が見えた。雪が邪魔してよく見えないけど、女子。今日、俺らって、朝になんかあったっけ。図書委員にしては早いだろ。考えていると、女子が窓に近づいて、その一瞬、雪がやんだ。あ。


 オオカミ姫だ。


 意外な人物の姿に驚く。オオカミ姫は、しばらく外を眺めた後、消えてしまった。もっと早く気付けばよかったな。階段に座って、コーヒーを取り出して飲む。あー少しは寒さがマシになってきたかも。てか、あの子何しに来たんだろ。さっき見たばかりの姿を、ぼんやりと思い浮かべていると、こちらに近づいてくる足音に気づいた。もしかして。


 俯きがちに階段を上ってくる人物を見て、思わず笑みがこぼれる。 


「オハヨウゴザイマス?」


ウサミミパーカー着用で、上から声を掛けた俺を見て、黒髪の少女は、一瞬、ものすごくイヤそうな顔をした。






「こんな時間に、ココに来るヤツがいるとは思わなかったわ~。あ、これ飲む?もう一本あるから、どーぞ」


 あのヒトと一緒に飲むことを想定して、いつも用意している二本目のコーヒーを、オオカミ姫へ渡す。


「・・・ありがとうございます」


「あはは。棒読み」


 不審者を見るような目をされた。まぁ、しょうがないよね。


「遠慮しないでイイからね」


「あったまるよ~?」


 反応ナシか。色々話したいコトあるのに。


「てか、なんでココに?部活禁止期間だし、試験勉強とか?まだ、教室に暖房入ってないよ?」


 下を向いたままのオオカミ姫の顔を覗きこむ。どうしたのさ。あ、距離取られた。背中の真ん中まで伸びた長い髪に隠れて、表情が読み取れない。俺が渡した缶コーヒーを、両手でギュッと握りしめている。細い手。というか、全体的に細い。分厚いコートを着ていても、その華奢さがよく分かる。


 ふ、とオオカミ姫が顔を上げた。ああ、コレか。


「カワイイっしょ?」


 あのヒトがくれたパーカーの両耳をつかんで、首をかしげてみせる。うわ、睨まれた。


「あの、私・・・」


 あ、逃げられる。


「大丈夫。俺が、ガッコウ楽しんじゃってる系のヤツなら、こんな時間にココにはいないよ」


 オオカミ姫がフラついた。驚いた顔で、俺を見上げてくる。失敗した。直球過ぎたかも。


「そんなんじゃないから、ココにいるんだよ」


躊躇した後、オオカミ姫が座り直してくれる。よかった。


「周りのヤツらがさ、フツーに高校生やってんの見ると、尊敬するよね。よく環境の変化にすぐ対応できるよなって。カンシンしてる間に、もう春から半年以上経ってるし。完全に置いていかれた感じ、するよね。今から追いつこうとするのも、なんか手遅れっぽい気がするし」


 早口でまくしたてた。オオカミ姫の様子を窺うと、びっくりした表情のまま。大きな目が、さらにでっかくなってる。なんかカワイイ。ちょっと、余裕が出てきたかも。


「それなりにクラスのヤツらとも話すけど、すでに出来上がっちゃってる空気に馴染めなくてさぁ。ホラ、うちの学校って、俺らの年から共学になったじゃん?なんか二、三年の先輩達って、独特な感じするし。だからかなぁ、一年生の間でさ、みんなで仲良くしようぜ、みたいな雰囲気って、ない?」


 慌ててた割には、フツーに正直に話しちゃってるな、俺。(オオカミ姫にとっては)初対面なのに、人生相談とかキモ、って思われてたら、どうしよう。


「まぁ、なんとか周りに合わせようと頑張ってるけどさ。毎朝、ココで気合入れてから、教室行くことにしてるんだよね。まぁ、キミは逆みたいだけど」


 一気に喋ってから、コーヒーを飲んだ。オオカミ姫に立ち去る気配がないことに、ホッとする。


「よく、ギリギリに教室に入って行くのを見るよ」


「え」


 やっぱり、俺のことは知らなかったか。


「まぁ、俺もここから教室に行くのは、その位の時間なんだけどね~」


「・・・私的には、ギリギリじゃないのだけど」


 呟くような声は、ちょっと聞き取りにくかったけど、オオカミ姫が俺に興味を持ってくれたのが分かって、嬉しくなった。


「私を知っているの?」


「つまり、キミ的に、我慢して校内に滞在できる時間を逆算すると、あの時間の登校になるわけだよね」


 俺の考察は間違ってないハズ。


「なんで・・・そんなことが分かるの」


「廊下ですれ違った時に、落とした教科書を拾ってもらったぐらいの接点はあるよ。覚えてない?」

 あの時は、スッゲー緊張した。


「どうしたの?」


 あれ、もしかして、会話ズレてた?


「そんなの、接点、とは、言わないわ」


 また、小さな声で何か言って、オオカミ姫は顔を伏せてしまった。


 急ぎすぎたか。ちょっと舞い上がってしまったのかもしれない。沈黙に耐えられなくて窓を見上げると、さっきよりも強く雪が降っていた。


「やまないね」


 心の中で言ったつもりだったのに、声に出てたみたいだ。オオカミ姫が、こちらを見た。


「雪。このまま時間が止まってしまえばいいのにって、思わない?」


 最近揺らいでいる気持ちを隠して、聞いてみる。


「思わないわ」


はっきりとした返事がすぐに返ってきて、思わず身を乗り出した。


「どうしてさ」


「止まってしまったら、ずっとこのままってことじゃない」


 薄暗い階段に、オオカミ姫の凛とした声が響く。


「ここに居ることも、ここに居る私自身も嫌いなのに、それがずっと続くなんて、それこそ、耐えられないわ」

自分の言った言葉を確認するように、下唇を人差し指でひと撫でしてから、オオカミ姫は続ける。


「もし、時間を自由に操れるなら、私は、逆がいい。早く終わってしまえばいいのだわ」


 ああ。これだ。この表情だ。俺が見ていたのは。


「強いね」


 ふたつ隣の教室で、または廊下で、いつも一人でいる少女。周囲からの視線なんて、なんでもないような顔で、毎日を淡々と過ごす姿を見ていると、何故だか胸が締め付けられた。知り合いでもなんでもないのに、気になって仕方がない。俺は、名前も知らないその少女に、孤高な獣の名をつけた。


「強い?どこがよ。現実から逃げようとしているだけだっていうのは、自分でも分かっているわ」


「今が嫌いでも、その先には期待しているってことでしょ?俺は無理だからさ。そういうの」


その先。


 オオカミ姫は、そんなものがあることに今気づいた、というように、「そんなの、無いわ」と言った。あるよ。キミには。


「私は、望んじゃいけないのよ」


そんなことない。


「誰かのために、自分の“今”を捨てようとしているんだね」


「どうして・・・」


 分かるよ。俺もそうだから。俺の今は、俺のものじゃない。あのヒトと過ごせるハズだった、もう一人の自分に与えてしまった。それでいいと思ってた。


「言っただろ。俺の周りは、仲良し大好き、なヤツばかりだって。クラスが違っても、いつも一人で行動している子は、目立つよ」


「言っとくけど、別に私は・・・」


「いじめとかじゃないのは、分かってるから。てか、別にチクったりしないし。安心して」


 俺は変な正義感とかナイし。言いたいのは、そんなコトじゃない。


「ねぇ、ココで吐き出していかない?」


「・・・吐き出す?」


「キミの中に溜まっている色々なこと。少しは気が楽になるかもしれないし、ね。実はさ、何度かキミを見かけるたびに、俺らって似てるんじゃないかなって、ひそかに思ってたんだ」


「似てる?」


「ガッコウ楽しんじゃってる系じゃないってこと」


 ココに、自分の居場所を見つけられずにいるってこと。


「ちょっとお話していきませんか、アリスさん?」


「・・・あなたを追いかけてきた覚えはないのだけれど」


 ふと思いついた戯言を、真顔で返された。


 ハハハ。ごめん。自分でもサムイと思いました。


「俺らは、お互いの名前も知らないし、たとえこの後クラス棟で会ったとしても、キミは俺に手を振ったりはしないでしょ?」


「当たり前じゃない」


 また即答かよ。ちょっと傷つく。


「俺もそう。今は素の状態だからこんなんだけど、教室での俺は物静かな草食系だよ。他クラスの女子に声をかけたりなんか、出来ないから」


「・・・あなたは?」


「うん?」


「あなたは、なんで馴染めなかったの」


 この世界に?


「本当は、スッゲー楽しい生活が待ってるはずだったんだよね。ココで」


 俺は、あのヒトの姿を思い浮かべる。ふわふわのやわからい髪。やさしい眼差し。俺を呼ぶ声。でも、伸ばした指先に触れたのは、冷たい壁だった。


「・・・コイビトっていうか、両想いのヒトがいたんだけどさ。同じ高校行きたいって話してて、勉強教えてもらったり、休みの日に遊びに行ったりしてさ、結構いい感じだったんだ。だから、入学したらちゃんと告白して、正式に付き合おうと・・・付き合えると、思ってた」


 待ち焦がれていた未来が崩れて、俺の時間は止まった。


「呆然としてる間に、周りの環境が出来上がっていっててさ、気づいたら、取り残されてた。初めは、クラスの奴らも、何とか俺を引き込もうとしてくれてたみたいだけど、さすがに、心ココにあらずです、みたいな人間をどうにかすることはできなかったみたいだね。俺も、正直どうでもいいと思ってたし。つまりは、自業自得なんだけど」


 何も期待しない、何も望まない。


「俺は、このままがいいかなって思う方だから。コイビトと過ごしていたかもしれない日々のことだけを思って過ごしたい。先のことを考えている余裕はないよ。だって、その先には、いないんだからさ」


「だから、時が止まってしまえばいいって、思ったの?」


「そうだよ」


 そんな時、オオカミ姫を見つけた。


 一目で、俺と似てるな、と思った。自分の意志で一匹狼やってるようだったから。一人でいることなんて、なんでもないような、そんな顔に見えた。一度くらいは話をしてみたいかも、って、呑気に考えたりもした。


 本当は、あの頃から、一人で思い出に浸り続けることに限界を感じ始めていたのだ。あのヒトとの日々を忘れられない。でも、それだけでは生きられない。そんな自分をなんとかしてほしい。言葉を交わしたこともない少女に、俺はそんな期待をしていた。


 どう?弱っちいヤツでしょ俺って。


 改めて自分の弱さを実感して、ごまかすように目の前の缶を弾いた。


「あなたは、間違っているわ」


「そうだね。分かってるよ」


「間違っているのは、あなたが、私達を似ていると言ったことよ」


 オオカミ姫は、絞り出すような声で言った。


「私は、親友を閉じ込めて、傷つけたのよ」


それは、違う。それこそ間違ってるんだ。


 オオカミ姫を意識してしまうと、その噂話はすぐに耳に入ってきた。友達を脅してた?不登校にさせた?そんなの嘘だってみんな分かってる。分かってないのは、例の彼女だけだ。


 確かに、オオカミ姫には、その彼女を親友として独占していたいという気持ちがあったのかもしれない。でも、自分で努力をせずにオオカミ姫に頼りきり、最終的に踏み台にするなんて。オオカミ姫にそれほどの非があるのだろうか。ないに決まってる。それなのに、律儀に、どこまでも律儀に孤独であろうとするオオカミ姫を見て、俺は、その彼女と同様に、オオカミ姫に自分自身の勝手な望みを押し付けてしまっていたことを、反省したのだった。


「ね。違うでしょ。あなたとは」


「そうだね」


「でしょう?」


「すごく強いよ。キミは」


「え?」


「その強さをキミのために使ったら、きっとうまくいくと思うな。キミ自身が“今”を楽しめるようになったら、望んだ“先”にいけるよ」


 そう。キミはもっと、自分のことを考えてもいいと思う。


「アドバイスは求めてないのだけれど」


 どこまでもクールな対応に、苦笑した。今はそれでもいい。いつか周りを見てみれば分かることだ。出口は、すぐそこにある。


 オオカミ姫がそれに気づけば、俺たちは同類じゃなくなるけど、オオカミの皮をかぶった心優しい少女の笑顔を見られるなら、それでもいいかなと思う。立ち上がって、階段を下り始める小さな背中を見つめていると、オオカミ姫が急に距離を詰めてきた。首筋に、冷たい空気があたる。


「あなたが、恋人になりたかったその先輩を諦めないって言うのなら」


 考えても良いわ。


 最後の言葉は、今まで見たことのない表情で。固まってしまった俺を置いて、オオカミ姫は去って行った。


「やっぱり、バレちゃってたか」




 それからの毎日は、特に何も変わらなかった。俺は、今日も寒さに震えながら朝の時間を過ごしている。ただ、昔の知り合いに連絡を取ったり、調べ物をしたりと少し忙しくなったけど。


(恋人になりたかったその先輩を)


 転校していった、と言った時、コイビトは同級生じゃなくて年上だと、オオカミ姫は気づいたようだった。交際を反対されている理由も。


 うわの空でクラスメイトの会話を聞きながら、向かいのA棟の方を眺めていると、授業が延長していたのか、特別教室から、わらわらと生徒達が出てくるところだった。あれは、二年か、三年か。


 今年から共学になったこの学校は、昨年まで男子校だった。女子生徒は、一年生しかいない。


 つまりは、そういうことだ。

 

 周囲の笑い声に気づいて、適当に笑顔を作っていると、廊下を歩くオオカミ姫と目が合った気がした。相変わらず一人だ。でも、その表情が、ほんの少しだけやわらかくなっているような気がして、俺は嬉しくなる。


 明日、教室へ向かう背中に声を掛けてみようか、とぼんやり考えながら、俺はここにはないミミを、ぐいと引っ張った。



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