2.睡眠は大切
「え?そんなことって?」
リアンは疑問に思いつつ、マリアを刺激しないように恐る恐る会話を続けた。
「そんなことって・・・何が?」
「そんな事とは、そんな事ですわ。わたくし人売りに捕まってたことぐらい知っておりましたけど?」
「え?知ってたなら、なんで寝てるの?普通、逃げようとしない?」
そういったとたん、相手からのプレッシャーが膨れ上がった。
「逃げる?ここから?ここは、屋根もあるしベットもありますわ。泊まるには最適な場所です。」
いや、それは分かるが・・・え?分かっていいのか?
リアンは段々、マリアに影響されながらも、いや、自分は正しいと頑張った。
「逃げてから、ちゃんとした宿に泊まった方がいいんじゃないかな?
ここだと何されるか分からないし、ね?」
「宿?リアン、今あなた宿って言いました?」
その問いかけに、え、言ったけど?とリアンは言えなかった。
なぜなら、マリアの腰まである長い髪が浮きあがった気がしたから。
効果音を付けるのならば、ふわっとではなく、ぶあっと。
「宿に泊まる、確かにそれは理想ですわね。
ところで、リアン?あなた財布は見つかりまして?私たちの全財産が入った財布ですわ。
宿に泊まると言うからには、ちゃんと持っていますわよね?」
そう言ってマリアは、上手に口元だけでにこりと笑った。
リアンの背中に汗がつたった。そう、冷たい汗が・・・。
「まさかマリア。今日、宿に泊まるお金がないから、わざと捕まったの?」
ありえる。この女の性格なら、考えられる。
今日、リアンは草原を浮き浮き気分で歩いていた。
前に訪れていた町で大きな依頼を受け、成功報酬をもらっていたため懐が温かかったからだ。
これで久しぶりに宿代だけじゃなく贅沢な食べ物も食べられると思っていたが、いつも以上に財布が重かったためか、気づいた時には財布が消えていたのだ。しまっていたはずのズボンのポケットから・・・。
それを聞いたマリアがどうなったかなんて思い出したくもない。
魔法で消し炭にされるかと思った。いや、される所だった。あのネズミ顔の男たちが現れるまでは。
そう人売りと呼ばれる人身売買を行う組織の男たちが現れるまでは。
「リアンに言いたい事があるのですけど、私が人売りごときに捕まると思って?
野宿よりも快眠を得られるかどうか確認しに大人しく付いてきたに決まっておりますわ。
わたくし、てっきりあなたもそうなのかと思ってましたけど?」
「僕は、人売りが現れた時に気絶しちゃったから・・・この部屋で起きたときに攫われた事に気づいたんだけど。」
財布を落としてから、人売りに会うまでのことを思い出しながらおずおずと答えるリアンに、ベッドの上のマリアは驚いた様に目を見開いた。
「まぁ、リアン!あなた随分おとなしいと思ってましたけど気絶させられていたの?
淑女のわたくしには丁寧な扱いをして下さっていたのに。
温かいベットと部屋を提供するからとエスコートして頂いたのよ。」
まぁ、美しい私には当然のことよねっと、うんうん頷いてるマリアの顔は確かに美しい。
顔は奇麗な卵型で色も白く、羨ましいほどに小さい。
キリッとした眉と少し吊り上った鷲色の瞳を有する目は、見るものにキツイ印象を与えそうだが高い鼻の下に配置された少し厚みがある真っ赤な唇が大人の女性の色香を漂わせ、全体的にみると凄く色っぽい。
腰まである茶色の髪はサラサラストレートとは言えない癖毛だが、その癖が柔らかいウエーブを作り女性らしさがより加わっている。
もしこれで、体のラインを強調するようなドレスなど着れば妖艶ともいえる彼女に、落ちない男性はいないだろう。
しかし、この性格を・・・リアンを気絶させといて、平気でネズミ男のせいにする性格を考えると溜息が洩れた。
それを聞き咎めたマリアは、訝しげにリアンを見つめる。
「なんですの?今の溜息は??そんなんですから、幸せも財布も逃げていくのですわ。」
「え?財布は関係ないだろっ!!それに溜息は、マリアのせいだよっ!!」
「わたくしのせいですって!?財布をなくしたのは、リアンですのよ!?」
「だーかーらー!!財布は忘れろっって!!」
「何をおっしゃてるの!?お金がなければ生活できないのに、忘れろなんて、あなたって本当におバカですのね!」
「違うっ!そういう意味じゃなくて・・・て、何か今、爆発音しなかった?」
リアンが、ふと部屋に一つだけある扉へと目を向ける。
遠くの方で爆発音が聞こえた気がするのだ。
「リアンのせいで、わたしの貴重な睡眠時間が減ってしまいましたわ。」
え?とリアンがマリアの方を向けばマリアは溜息交じりに呟いた。
「きっと冒険者が救出しにきたのですわ。それにしても、なんですの。
この芸術的センスがない爆発音。
こんな効率の悪い魔法の使い方、自分の魔力を自慢したいだけですわね。
まったく、きっとただのナルシストですわよ。」
「マリア・・・せっかく助けに来てくれたんだし、そこまで言わなくても。」
「本当に熟練された冒険者というものは、無駄に魔法を使ったりしません。
それにこんなに魔法を使ったら、魔法の衝撃で建物が持ちませんわ。」
「た、たしかにさっきから振動が凄いけど。
例えそうだとしても、いいすぎだよ。
なんで見ず知らずの人たちにそこまで言うのさ・・・。」
その時、部屋に一つだけある扉の向こう側から凛々しい男性の声がきこえた。
「この部屋が最後か。すいませーん!中にいる皆さん。少し危ないので扉の傍から離れてください。10秒数えたら魔法で扉を壊します。巻き込まれないよう非難してください。」
入口付近で横になっていた女性達が、いそいそと奥の方に避難した。
その様子をみていたマリアは、ぽつりと呟いた。
「リアン、わたくし思うのですけど扉を爆破させるってどういうことですの。」
「きっと扉に鍵が掛っているから魔法で壊すんじゃないかな?」
「なんですって!?冒険者のくせに、ドアのカギ1つ開ける事もできないんですの!?
カギ開けなんて猿にもできることですわよっ!?」
またヒートアップしてきたマリアにリアンは言った。勇気を振り絞って。
「マ、マリア。落ち着いて。でも扉が開けば逃げられるんだし・・・ね?」
「何を言ってるのよ!リアン!扉が壊れてしまったら、もうこの部屋で寝れないじゃないっ!!」
「・・・・え?」
「せっかく野宿じゃなくて屋内で寝れると思ってましたのに・・・。
なにも、こんな時間に助けにこなくてもいいものをっ!!」
「まさか、マリア・・・冒険者に冷たいのって寝るの邪魔されたからだったりする?」
「あら?他に何か理由があるのかしら?」
「・・・・」
扉の向こうで男性が10秒数え終わると急に扉がメラメラと燃え上がり、その後、水が火を消した。どうやら火の魔法で扉を燃やし、火が燃え広がらない内に水の魔法で消化したらしい。火が完全に消えると煙の中から現れたのは、スラッとした黒髪黒目の剣士だった。美形だった。
彼は、手に持っていた剣をしまうと女性好きそうな爽やかな笑顔を顔にのせた。
「みなさん、私は皆さんを助けにきた冒険者の者です。悪者達は先ほど、全滅いたしました。さぁ、この部屋から出て町に向かいましょう。」
部屋にいた女性達は疲れていた顔をしていたが、その剣士の登場に頬を赤くしている者もいる。剣士は後ろを向くと、彼の後ろにいた仲間たちに声をかけた。
「おい、シルフィー、アリーン。この人たちを、ここから非難させるぞ。手を貸してくれ。」
呼ばれて入ってきた白髪の冷たい印象の男性と、赤い髪で勝ち気そうな剣士の女性が中にいる人たちを丁寧に外へ連れ出していく。
そして、最初に入ってきた剣士は最後に残っていたリアン達の方へ向くと、言った。
「お嬢さん方、あなた達もどうか建物の外へ。ここは、いつ壊れてもおかしくない状態だ。手を貸そう。」
差し出された手を、マリアは両手で包みこむと瞳をうるうるさせて剣士を見つめた。
「わたくし自分がどうなってしまうかと、大変怖い思いをしていましたの。こんな綺麗な殿方に助けて頂けるなんて感激ですわ。どうも、ありがとうございます。」
さっきの怒りはどこへやら。
マリアに見つめられた剣士は、まんざらでもなさそうに笑う。
「これが、われわれ冒険者の仕事でもある。お礼なんて必要ないよ。あなたが無事で何よりだ。」
まぁっと感激した風なマリアを連れたって剣士は壊れた扉へと歩いて行く。その様子をリアンは唖然として見ているとマリアが振りかえった。
「まぁ、リアン。早くいらっしゃい。剣士様のお手を煩わせてはダメよ。」
そして、少し失礼しますわと繋いでいた手を離しリアンの傍へと駆け寄ってくる。
剣士が微笑ましそうに微笑んでいる。その表情から彼はもう、マリアの魔の手に落ちてしまっている事をリアンは核心した。
「さぁ、いきましょうリアン。」
マリアに促されて歩きだしたリアン。
その背後から、チッという舌打ちとボソボソと一人言が聞こえてくる。
「この部屋から、わたくし達を連れ出してどうするのかしら。
こんな時間に町に戻ろうなんて気が狂ってますわ。
まさか野宿なんてことないわよね?」
リアンは、もう何も言わず黙って剣士の後を追った。