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第6話 金髪少年の試練①

 薄暗い石造りの廊下をザックはコツコツと歩いていた。窓はなく、一定間隔で置かれたロウソクのみが、その廊下に明るさを与えていた。


 いくつもの扉の脇を通り抜けながら、無言でザックは進んでいた。そして、ある扉の前でザックは立ち止まった。ところどころ隙間があり、覗けば中が見えてしまうような木製の扉だ。


 ザックはノック無しに、部屋に入った。


「失礼するぞい」


 中にいたベッドに横たわっている金髪の少年は、まるで悪事がバレそうになっている子供のように、慌てて扉の方に視線を向けた。


「だ⋯⋯誰だ!?」


「フォッフォッフォ⋯⋯ワシじゃよ、ワシ!」


「いや誰だよ!」


「まぁまぁ⋯⋯落ち着きなされや、シャオック」


「な⋯⋯なんで俺様の名前を⋯⋯?」


 金髪の少年――――――シャオックは、驚きと警戒の眼差しでザックの顔を睨んだ。そんなシャオックの様子を見て、ザックはニヤリとしたドヤ顔で自身の正体を語った。


「ワシはザック・トゥール。マジアック校の校長を務めておる。まぁ、もう一つ付け加えるなら、伝説の魔法使いってことかのぉ⋯⋯デュフフ」


「こ⋯⋯校長先生でしたか⋯⋯失礼しました⋯⋯」


 シャオックはザックのニヤけた顔を見て、一瞬気味悪そうな顔をしてしまったが、作り笑いで誤魔化そうとした。


「フム。どうやらルンに殴られた時の欠けた歯や傷は、お主の能力で綺麗さっぱり治っておるようじゃのう⋯⋯。あぁ、いかんいかん、本題に入らねば! ――――――さてシャオックよ。そこの椅子に座ってもよろしいかな?」


「え? あぁ! 失礼しました! お座り下さい!」


 シャオックは内心うんざりした気持ちではあったが、上半身だけを上げ、近くにあった小さな椅子をザックの方にできる限り遠くまで押しやった。だが、果たしてわざとだろうか、ザックはその椅子を元あった場所まで持っていき、シャオックのそばに座った。


「⋯⋯校長先生、あなたが直々来るということは、俺⋯⋯僕に何か罰を与えようとしているのでしょうか?」


「そりゃあそうじゃろう? 多くの目撃者や情報があったんじゃ。動かずにはいられん」


 シャオックは舌打ちが出そうになるのをこらえた。面倒だ。嘘でもついてさっさと終わらせよう。シャオックは、反省した振りをするべく、目に涙を浮かばせ始めた。


「⋯⋯僕、ルンくんにはとても酷いことをしたと思っています。ルンくんが魔力のないヤツだからといって、左目を潰そうとするのは⋯⋯間違っていたと思います!」


「フムフム、そうかそうか」


 ――――――ちょろい爺さんで助かるぜ


 シャオックは、目に浮かばせた涙をポロポロと落としながら話を続けた。


「僕は⋯⋯ただ周りのみんなから強要されてやってしまっただけなんです! ⋯⋯本当なら⋯⋯やめたかった! でも、やめようとすれば⋯⋯みんなから嫌われて⋯⋯次は僕がターゲットにされる! だから⋯⋯っ!」


「だから、実行はする。それでも、お主の能力である「治癒」(ヒール)の練習という名目にして、ルンの左目をすぐに治して、できるだけ痛みや苦しみを最小限に留めてやろうとした⋯⋯というわけか」


「⋯⋯はい⋯⋯!」


 震える声。か細い息遣い。何度も何度もやっていくうちに、実行に移すのが簡単になった、一番得意の嗚咽。シャオックは、完璧だと思っていた。今までで一番、上手に出来た演技だと確信していた。そして、シャオックは最後の言葉をひねり出すように言った。


「本当に⋯⋯反省しています⋯⋯! こんな問題を起こし⋯⋯手間をかけさせてしまった校長先生にも⋯⋯ルンくんにも⋯⋯誠心誠意、謝りたいです⋯⋯」


 ザックは何も言わず、涙をポロポロと零しながら俯くシャオックを、ただただ見ていた。しばらくの沈黙。その空間には、シャオックの嗚咽だけが響いていた。そして、ザックは口を開いた。


「なるほどのぉ」


 俯いていたシャオックの口元が、僅かに緩んだ。これ以上ない演技だ。シャオックは、いけると確信していた。


 だが、そんな確信もたった一言で粉々に打ち砕かれた。


「やり慣れた、いい小芝居じゃったのぉ」


 ――――――は?


 空気が凍りついた。


 シャオックは、涙でびしょびしょになった顔をザックへと向けた。その顔は、先程まで流れていた涙はもう流れておらず、驚きで目が大きく見開かれていた。


「おま⋯⋯今⋯⋯なんて⋯⋯?」


「聞こえとらんかったかの? ならもう一度言ってやろう。やり慣れた、いい小芝居じゃったと言っておるのじゃ」


 ザックの顔には、先程までの笑顔は無かった。その代わりに、侮蔑、軽蔑、慢侮――――――それらが詰まったような、呆れた顔をしていた。


「涙の出し方や量、声の震えや間の取り方⋯⋯何度も繰り返してきたのじゃろうな、どれも本物のそれじゃ」


「⋯⋯はっ、つまんねぇジジイだなぁ」


「悪かったのぅ、嘘の通じないジジイで」


 シャオックは舌打ちし、ベッドの上に立ち上がった。


「結局よぉ、この世界は強いヤツが正義なんだよ!」


「フォッフォッフォ⋯⋯まだ15の若造が、世界を語るか」


「実際そうだろう? 俺様の親父も、お袋も! 魔力もあって、才能も、血筋もある! だからこそ、親父達は権力を持ち続けているし! これからも持ち続けられるだろうよ!」


 シャオックの顔が、狂気に満ちていくのをザックは見守ることしかできなかった。


「魔力、才能、血筋! それらを持つ者は上に立ち、それらを持たない者は貪り食われる弱者! これはこの世界のルールのはずだ!」


「⋯⋯それは否めぬな⋯⋯」


「だろう!? そのルールに従って、俺は生きているだけだ! それの何が悪い?」


 ザックが声を出すのを待たずに、シャオックは畳み掛けるように続けた。


「むしろ感謝して欲しいくらいだ! 魔法学校に通う! 魔力も才能もない! あんな雑魚を――――――」


 この時、シャオックに疑問がよぎった。


「おい、ジジイ」


「⋯⋯なんじゃ?」


「なんであんなゴミを、このマジアックに入学させたんだ?」


「⋯⋯ゴミ? はて、なんの事やら――――――」


「"無魔のルン"のことに決まってんだろ!!!」


 シャオックはザックに蹴りかかった。どうやっても、目の前にいる老いぼれは避けることは出来ない。シャオックはそう思っていた。が、その蹴りは、魔物の『スライム』のような柔らかい物を蹴ったかのように、ぐにゃりとした感覚が脚に伝わった。よく見たら、シャオックの蹴りは、ザックの50cm手前で止まっていた。


「そう怒るな、若人よ」


 ザックは椅子からゆっくりと立ち上がった。その動作を見たシャオックは、不思議と背筋が凍るような感覚に支配された。


「どれ、ゲームをしようじゃないか」


 ザックが指を弾いた。すると、空間は歪み真っ白な壁の囲まれた病室だったはずの空間は、石造りの円形闘技場になっていた。階段状に積み上げられた観客席には、ちらほらと藁人形が置かれている。


「ワシに"一撃"でよい。10分以内に攻撃を当ててみせよ」


 混乱して言葉を失っているシャオックをよそに、ザックは続けた。


「あやつが気絶している間の暇つぶしとしては良いじゃろう。さぁ、シャオック――――――お主の試練の始まりじゃ!」

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