第4話・情報格差が齎す不穏~錯綜するのは事実か虚偽か~
第1章 旧都に潜む事件の面影
第4話・情報格差が齎す不穏~錯綜するのは事実か虚偽か~
皇宮に連れ戻されてすぐに正式に廃離宮の調査を命じられたインスだったが、準備があると言ってそれから数日動こうとしなかった。
主神殿でのやり取りでこうなることはわかっていたステールは、当日の担当が自分でなければいいな……とこっそり祈っていたが、やはりと言うか、何というか、調査任務への同行を命じられる。
正式に命じられても五日もごねるインスに、事情を知らない他の皇宮呪師たちの間でひそかに陰口が広まっていたが、一定数インスと付き合ったことがある者は静観していた。
命じたキプラ自身も、「では準備ができ次第。」としか言っていないのに、「臆病風に吹かれた。」だの、「所詮は若造。」だのと言った声がひそかに、けれども本人にも聞こえるか聞こえないかと言った絶妙さで囁かれる。
当のインスはと言えば、そんな有象無象……文字通り、インスからすれば有象無象……の雑音など全く気にせず、退院して三日目からは慣らしのように演習場で何度か魔法を使って……いくつかの演習場が使用できない状態になっていた。
「……お前……」
慣らしの初日にインスの担当となった中年の皇宮護衛官がその様子を見て顔を引きつらせる。
「……………」
「……ラント呪師、少し、集中が乱れていませんか?」
見学と言うか、指導と言うか……インスは正式な皇宮呪師ではあるがまだ若いので時折年長の皇宮呪師に頼んで指導を受けている……をしていた皇宮呪師学校の校長でもある女性呪師・ディオネラ=アムスが少し困ったように首を傾げた。
ウェーブのかかった淡いピンク色の髪がふんわりと揺れ、明るい翠色の瞳が演習場を破壊しつくしたインスの魔法の痕跡を見つめる。
「……やっぱり、そう見えますか?」
「「見えるも何も……」」
がくりと肩を落として言うインスに、二人は途中で口を閉ざす。
「……地面がマグマになってるぞ?」
「少し、暑いですね?」
見たままを言う皇宮護衛官と、少しでは済まない熱量に汗を滲ませているディオネラの言葉に、ますますインスは肩を落とし、ぱちりと一度、指を鳴らした。
「うをっ!?」
途端、大量の水が降ってきて……
「ラント呪師! 爆発しますよ!!」
「………ぁ……」
焦ったようなディオネラの叫びにハッと気づくが時遅し。
マグマのごとく熱せられた地面に触れた大量の水が水蒸気爆発を引き起こして、演習場に吹き荒れた。
そんなことが数度続き、使用禁止を言い渡されたのが昨日。
怖いもの見たさで残骸……文字通りの残骸状態……を見に行った皇宮呪師たちの中には惨状を目にして青ざめ、以降インスの姿を見かけるたびに体を強張らせ、口を噤むようになった。
「……お前は何をやっているんだ?」
「……………」
明けて翌日。出発の日。
ここ数日のインスの様子を聞いていたステールが呆れ返って問いかけるが、インスはそっと視線を逸らすだけで何も言わない。
溜め息を漏らしたステールはインスを連れて皇宮を出る。
今回の調査はインスとステールの二人きり。
人数がいたところでどうにもならないと分かっているからこその人選と人数で、そのため馬車ではなく騎馬で向かうことになっている。
「……ステールさん。最初に、主神殿に行って下さい」
「だと思った……」
皇宮の敷地を出たところで、そっと囁いたインスの言葉に特に驚くことなく溜め息で返したステールは、皇宮呪師の黒いローブの上から外套を身に纏ったインスを馬の後ろに乗せてゆっくりと皇都の大通りを主神殿へと向かう。
インスの心情としては医務殿にまだ入院中のアインの様子も見に行きたいところではあるが、流石に任務の途中に余計な寄り道はさせて貰えない。
そのため、真っ直ぐに主神殿の外殿……一般参賀の信者や外部からの来客を迎え入れる神殿……を訪問し、退院の日にチェスパスに頼んで浄術神官……浄化や聖別を得意とする神官呪師……に作って貰っておいた護符を受け取る。
「そちらを使うことがなければ一番なのですけれど、ね……」
用意してくれたのは浄術神官長のレイニア=ディラート。
二人に、それぞれ渡されたのは上下に横棒が入った複十字の護符。
受け取って、そのまま首にかけて、服の下に押し込む。
「準備をしておくに越したことはないでしょう。私の予想通りなら、正直……私でもきついと思いますし……」
「は?」
軽く肩を竦めて、あっさりと言ったインスの言葉にステールが目を丸くした。
「考えてみて下さい。あの場所で本当は何があったのかを……」
「何、て……?」
インスの言葉にレイニアは納得したように頷き、ステールは困惑したように二人の顔を見比べる。
「……ベルン護衛官は、例の件は?」
「ジャンヌ様が話してしまいましたから、神剣に関しては多少ご存じです」
「……は……?」
やり取りに、ぱかっとステールが口を大きく開いて間抜け面を晒す。
なぜ、今、神剣の話が出るのか分からない。
いや。神剣に関する内容は国家機密で、殆どの者はその封印が解かれてジャンヌたちが使い手として契約したことを知らない。
だからうっかり聞かされてしまったステールが、ジャンヌたちが神剣の力を引き出そうと訓練をした時に、協力することになったインスの、その時間の担当護衛官になったことがある。
その訓練の際に起こった事件と言うか、事故と言うかで三日ほど意識がなかったインスが、入院中の皇宮内神殿の医務殿から消えて、その一時間ほど後にジャンヌの部屋で血まみれの姿で発見され、主神殿の医務殿に転院されて入院していたのを、五日前に引き取りに行っただけ。
その後、部屋から消えたジャンヌたちの行き先が「旧都の廃離宮の可能性あり。」と言う報告から、呪師を含む救援部隊が送られ、重傷を負っていたアインも主神殿の医務殿に入院していることは知っているが、インスの行方が分からなくなっていた一時間ほどの間に何があったのかも、そこに神剣や他にも何かが関わることがあったとも聞いていない。
実は、この救援部隊にステールも参加していた。
結局は問題なくジャンヌたちを発見できたため、そのままほぼとんぼ返りのような形で皇宮に戻ったので、詳細までは分からないが、魔物が発見されて討伐されたと知らされたので、ジャンヌが皇都近くで発見されたからと退治に行ってしまったのだろうと思っていたのだが……
「お伝えしておいた方がよいのでは?」
「……私が言える内容ではないのですけれど……?」
顔を見合わせる二人を見つめながら、おいおい、ちょっと待て! と心の中で叫ぶ。
「……え? 廃離宮の調査に神剣が関わるの、か……?」
恐る恐る問いかけると、二人は黙って笑顔を見せた。
「……ぅ……っ!」
嘘だろう!!
というステールの叫びは辛うじて呑み込まれ、じゃあ出発しましょうかと軽い調子で促すインスを連れて主神殿を後にする。
その背が丸くなって、項垂れているように見えたのはレイニアの目の錯覚か。
それともその心情が手に取るようにわかってしまったせいなのか。
答えは神のみぞ知る……
第1章第4話をお読みいただきありがとうございます。
インスが「準備」と称して動かなかった数日間。
その裏で彼が何をしていたのか――そして、周囲がどれほど“何も知らないまま”噂だけを膨らませていたのか。
今回はその「情報格差」が生む不穏を描きました。
演習場を(物理的に)壊してしまうほど集中が乱れているインス。
それでも彼は、最悪を想定して護符を用意し、淡々と現場へ向かいます。
一方で、同行するステールは「知らされていないこと」が多すぎる。
神剣の話題が出た瞬間の反応は、ある意味で読者の皆様と同じだったのではないでしょうか?
次回もお楽しみに!
【第1部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第1部・レッド・フレイムの呪い】
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【第2部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第2部・レッド・フレイムの残照】
(https://ncode.syosetu.com/n5488lq/)
【番外編・第1弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~
(https://ncode.syosetu.com/n5697ln/)
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ノリト&ミコト




