第5話・抗う者と采配する者~笑顔の仮面のその下で~
第2章 悪意の種が芽吹く時
第5話・抗う者と采配する者~笑顔の仮面のその下で~
「……報告は以上です」
「……なるほど。ご苦労様です」
廃離宮の調査結果を報告するインスの表情は穏やかに微笑むようなもの。
言い換えれば、本心が見えない。
感情をそぎ落としたかのように淡々とされた報告に、受けた方。
皇宮呪師長のキプラも同様の表情と声音でごくあっさりと頷く。
「では、やはり当面は封鎖するしかなさそうですね。時間の経過で残留している魔力が多少なりと薄れてくれるのを待ちましょう」
最善とは決して言えないが、正直、現状ではそうすることしかできない。
残留している魔力が凝り固まって強力な魔物が発生する可能性もあれば。
薄れるまでにどれだけの時間がかかるのかも分からず。
遠くからの経過観測だけでどの程度の情報を得られるかも、すべて未知数。
かといって、下手に近づけば先の調査での討伐隊の呪師の二の舞。
インスの方も、今回はたまたま上手くいっただけで、次も確実にどうにかできると言う訳でもない。
そう何度も繰り返せる方法でもないし……と言うより、そう何度もやりたいことでもない……他の者では恐らく不可能。
インスでさえギリギリ。
更に、ステール自身が抗う意志を強く持っていたからこそ何とかなったが、そうでなければ不調で蹲っている間に後ろからバッサリ斬られていただろう。
そうして、抵抗する間もなく殺されていた。
それが分かるから、インスは貼り付けたような微笑を保ってキプラを睨む。
この皇宮呪師長は、五年前の魔族襲撃事件の生き残りの一人。
それまでは優秀で慈悲深く、常に最前線で皆を鼓舞して引っ張っていくような……そんな皆から尊敬され、頼りにされていた人物だった。
だが事件以来、極端ではないが消極的で、明らかに保守的な人物になってしまったとの噂が絶えなくなった。
当時、インスは皇宮呪師学校に入学したての十三歳。
キプラと直接顔を合わせたこともなく、『魔族の襲撃』というとんでもない事件についても知らされるはずのない立場にいた。
それでも、教師役の皇宮呪師や、先輩たちの間で囁かれる、尊敬を隠そうともしない噂話は耳に入って来ていたし、彼のような呪師にと、目標にして切磋琢磨している呪師たちもよく目にしていた。
しかし事件後、評判は一変。
キプラが自身で前線に出る事は一切なくなったし、多少無茶ともいえる采配も日常茶飯事。
しかも、始末に負えないのは基本的には『多少無茶』の範囲で収めていること。
客観的に、誰から見ても絶対に無理と思えるような事はなく、楽ではないが何とかなりそう。というギリギリを攻めるような範囲で振られるので、拒むに拒めない。
当時は、一体、何があってそうなってしまったのかは分からなかったが、今なら多少の予想はできる。
この人は……
「それで魔物が発生したら、倒せる者が居るかわかりませんけれどね」
「何を言っているんです? 常日頃から訓練を重ねていれば、時間はかかっても倒しきれないということはないでしょう」
にこりと笑って言うインスに、本気で意味が分からないと言わんばかりに首を傾げたキプラを見て、本当にこの人は分かっていないのだなと内心で呟く。
そう、確かに、キプラの言う通り、常日頃から訓練を怠らず、実戦を重ねて実力を磨き続けていれば、時間はかかっても魔物であるなら最終的には倒せるだろう。
けれど、それまでにどれほどの犠牲が出るかも分からないし、発生するのが『魔物』で済む保証すらない。
なのに、それを一切気にしていない。
発生するのが魔物であれ……最悪魔族であったとしても……攻撃できる呪師が全滅を覚悟で挑めば、最終的には倒せる目算の方が高い。
犠牲ありきの考え。と言うつもりはないのだろうが、どうにも人を『人』としてみていないように感じてしまう。
「……そうならないように、定期的に確認くらいはするべきだとは思いますよ……」
溜め息を飲み込んで、口の中で呟くインスに、キプラはにこりと笑う。
「では、定期的な見回りは貴方にお願いしましょう。他の者では危険が大きそうですし、ね」
「……………」
言われて、一瞬インスが顔を顰める。
「……わかりました……」
けれど、言いたい言葉はすべて呑み込み、ただそれだけを返した。
退室したインスを見送って、キプラは内心で「青いな……」と呟く。
インスが言うことも、他の者が影で言っていることも、自身に向けられる非難の声や不満も、当然キプラはすべて知っている。
むしろ、知られていないと思っている者が滑稽なほど。
けれど、これがキプラにとっては最善なのだ。
他には誰も居なくなった呪師長室で、うっすらと笑みを浮かべる。
(それにしても……)
まさか、生き残るとは思わなかった。
あれだけ生命力を枯渇させられたばかりで、かつ、自分を殺せるだけの実力を持つステールに襲われて、濃密な魔力に充てられて体調が悪い中。
それでも切り抜け、生き残れるだけの運の良さとでもいうものか……
浮かんだ笑みが深くなる。
想定外の逸材。
実に育てがいがある。
(……ああ、愉しみですね……)
インスがどこまで育ってくれるか。
この先どう育っていくのか。
実に、実に愉しみだ。
(……それと……)
もう一人。気になる逸材がいる。
インスよりもずっとずっと手を掛けたくなる……才能と可能性の塊ともいえる子供。
この先彼らが、どんな運命を辿るのか、この特等席で魅せて貰おう。
最後の最期、その瞬間まで目が離せなくて仕方がない。
「……クク……」
堪えきれない嗤いが微かに漏れて、口を手で覆う。
「……ああ、いけない……まだまだ、やることが沢山あるのでしたね……」
こんな風に物思いに浸っている暇はないと意識を切り替え、机に積み上げられた書類を一枚手に取った。
第2章第5話をお読みいただきありがとうございます。
命を削って調査してきたインスを待っていたのは、労いではなく、さらなる「危険な見回り」の命でした。
キプラの底知れない闇に気づきつつも、すべてを飲み込んで「わかりました」と答えるしかないインス。
笑顔の仮面の裏側で、すべての糸を引いているようなキプラの存在が、この先の物語にどんな影を落としていくのか?
次回もお楽しみに!
【第1部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第1部・レッド・フレイムの呪い】
(https://ncode.syosetu.com/n1170lj/)
【第2部はこちら】
姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~【第2部・レッド・フレイムの残照】
(https://ncode.syosetu.com/n5488lq/)
【番外編・第1弾はこちら】
皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~
(https://ncode.syosetu.com/n5697ln/)
【今後の連載スケジュールについて】
続きは明日12時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!
【ミニコラム掲載中!】
活動報告にて、キャラクター紹介や用語の解説などを不定期で掲載しております。ぜひチェックしてみてください!
【読者の皆様へのお願い】
「面白い」「続きが気になる!」と感じていただけたら、ぜひ【☆☆☆☆☆】やブックマーク、感想をいただけますと、連載を続ける何よりのエネルギーとなります。
また次回もどうぞよろしくお願いいたします!
【第2弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「カクヨム」にも投稿しております。】
――――――
ノリト&ミコト




