第九話:賢者の朝、あるいは捕食者の休息
翌朝、カーテンの隙間から差し込む陽光が、ルネのまどろみを残酷に切り裂いた。 意識が浮上すると同時に、全身を襲ったのは、石像にでもなったかのような重い倦怠感だ。
「……っ、あ……」
声を上げようとして、ルネは自分の喉が掠れていることに気づく。昨夜、何度も彼の名前を呼んだ代償だ。 耳年増な知識によれば、初夜以降の情事は「より円熟味を増す」とあったが、そんな生易しいものではなかった。セドリックという男は、一度タガが外れれば、ルネが「もう無理」と涙を浮かべて訴えても、それを「甘い誘惑」としか受け取らない本能の獣だったらしい。
指一本動かすのも億劫なルネに対し、隣に座る気配は驚くほど軽やかだった。
「おはようございます、お嬢様。……素晴らしい目覚めですね」
枕元で聞こえたのは、鈴の音のように清々しい、それでいて艶を帯びた声。 ルネが恨めしげに視線を向けると、そこには既に完璧な装いを整えたセドリックがいた。
昨夜、ルネが「商品」と呼んだ、色気を振り撒くための華美な出で立ち。 だが、今の彼から漂っているのは、毒々しさではなく、内側から溢れ出すような圧倒的な「充足感」だ。肌の艶、瞳の輝き、そしてどこか勝ち誇ったような微かな微笑み。
「……セディ、貴方……。どうして、そんなに元気なの……」
「ええ。貴女の愛をたっぷり『補給』させていただきましたから。今の私なら、侯爵夫人どころか、軍隊一つでも相手にできそうですよ」
セドリックはルネの額に落ちた髪を優しく払い、慈しむように口づけを落とした。 昨夜、獣のように彼女を貪った男と同一人物とは思えない、聖者のような清涼感。そのギャップが、ルネには何よりも恐ろしかった。
「……さあ、朝食の準備ができています。ですが、お嬢様は今日は一日、寝台で休まれていた方がよろしいでしょう。腰を痛めてしまったようですし」
「誰の、せいだと……っ」
「私のせいです。……ですから、責任を持って、帰宅後にまたたっぷりとお世話をさせていただきますね」
セドリックはルネの抗議を甘い接吻で封じると、満足げに立ち上がった。 彼は鏡の前で襟元を少し崩し、ベルローズ侯爵夫人が好む「退廃的な若主人」へと顔を切り替える。だが、その鬱金色の瞳の奥に宿る熱は、未だに背後に眠るルネだけに向けられていた。
「では、行ってまいります。……お嬢様。私がいない間、寂しくても他の男を思い浮かべたりしないでくださいね。……貴女の心も体も、昨夜、すべて私のものだと書き換えておきましたから」
爽やかな笑顔で、恐ろしいほどの独占欲を吐き捨て、セドリックは音もなく部屋を出ていく。
一人残されたルネは、火照った顔を枕に埋めた。 ――タガが外れたセドリックは、策士であるルネの想像を遥かに超えて、重く、深く、そしてあまりにも強かだった。




