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10年前、私も好きに生きました。〜元婚約者様が捨てて、今更戻ってこようと思います〜  作者: ましろゆきな
第二章:蜜月と嫉妬の輪舞曲(ロンド) 

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第七話:毒ある蜜への誘い

 サロン『リリウム・ノワール』の奥まった談話室。  ルネは、マダム・リリスが広げた羊皮紙の報告書を見つめ、思わず眉をひそめた。


「ベルローズ公爵夫人……。あの、数ヶ月ごとに『お気に入りの騎士』を入れ替えると噂の、社交界の女王様ですわね」

「そうよ。彼女の美意識は苛烈だわ。若く、美しく、そして何より『自分を跪かせてくれるような強い瞳』を持った男しか認めない。裏ギルドが送り込んだ工作員たちは、みんな彼女の毒に当てられて使い物にならなくなったそうよ」


 マダムがため息混じりに、けれど楽しげに唇を寄せる。


「報酬は、裏社会の重要拠点の利権。手に入れば、私たちのこのお店も安泰ね。……けれど、彼女のベッドまで潜り込むのは至難の業よ」


「――ならば、私の出番ということでしょうか?」


 その時、静かに、けれど有無を言わせぬ響きを伴ってセドリックが言葉を挟んだ。  彼はルネの斜め後ろ、いつものように完璧な距離を保って控えている。


「セディ……本気なの?」


 ルネの問いに、セドリックはさらりと微笑んだ。


「ターゲットの好み、目的、そして報酬。すべてを考慮すれば、外部の人間を使うより、私が動くのが最も確実です。お嬢様の手を汚すわけにもいきませんから」


 セドリックの瞳は、一点の曇りもない「プロの仕事人」のものだった。  理知的なルネの脳は、即座に「それが最適解である」と結論を出そうとする。……けれど。


(……あの夫人が、セディの肩に触れるの?)

(あの指が、昨夜私を愛しんだセディの髪を撫でるというの?)


 知識では分かっている。これは仕事だ。  だが、ルネの心臓の奥が、まるで尖った針で突かれたような鋭い痛みを訴えていた。


「勘がいいわねぇ。多分、セディにしかできない仕事よ」


 マダム・リリスが、ルネの握りしめた拳の震えを見逃さず、ニヤリと唇を吊り上げた。


「どうする、ルネ? 嫌なら私が断ってきてもいいのよ? 娘の恋人を、わざわざ『食べ頃な猛獣』の檻に放り込むなんて、お母様も心が痛むし……なんてね。ふふ」


「お、お母様……! ……仕事ですわ。感情で判断を誤るような真似はいたしません」


 ルネは必死に声を整えた。  その様子を、セドリックはモノクルの奥から静かに見守っている。


「ありがとうございます、お嬢様。……ご安心を。私は、あのような夫人に興味を惹かれるほど、安っぽい趣味はしておりません」


 セドリックがルネの耳元で囁く。その声は低く、ルネだけを甘く縛り付けるような独占欲に満ちていた。    ――こうして、ルネにとって人生最大の「忍耐の数日間」が幕を開けた。

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