表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10年前、私も好きに生きました。〜元婚約者様が捨てて、今更戻ってこようと思います〜  作者: ましろゆきな
第一章:十年前の精算 

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/6

第四話:黒百合の審判と、道化の終焉

「あらあら……本当に、見れば見るほど『いい具合』に仕上がっているわね」


 ゆったりとした足取りで、マダム・リリスがヴィンセントの背後に歩み寄った。  彼女は扇子を閉じ、怯えるヴィンセントの顎を指先でクイと持ち上げる。


「マダム、お止めください。その男を甘やかすと、また拾って帰りたくなると仰ったのは貴女ですわ」


「分かっているわよ、ルネ。でも見てごらんなさい、この絶望に染まった瞳。プライドをズタズタに引き裂かれ、這いつくばる無能な男……。私の『ダメンズ・センサー』が最高得点を叩き出しているわ。借金取りに追われて震える姿が、これほど似合う男も珍しいわね」


「ひっ、ひいぃ……っ!」


 ヴィンセントはマダムの妖艶な微笑みに、色気よりも死の予感を感じて悲鳴を上げた。  ルネは冷ややかな視線を彼に落とし、手元の報告書を捲る。


「ヴィンセント様、貴方がここへ来たのは、奥方様――シャーリーに急かされたからでしょう? 『男爵家が潰れたら、私の社交界での立場がなくなるわ! 何とかしてきなさいよ!』とでも言われましたか?」


「な、何故それを……!」


「……皮肉なものですわね。彼女が守りたがっているその『立場』は、とっくに砂上の楼閣ですのに」


 ルネが合図を送ると、セドリックが数枚の「夜会での報告書」をデスクに並べた。そこには、王都の社交界で嘲笑の的となっている、一人の女の無様な記録が記されていた。


「シャーリー様は、貴方が持ち帰った『紙クズ(偽証券)』を担保に、分不相応な宝石を買い漁ったそうですね。ですが、目の肥えた貴婦人たちはすぐに見抜きましたわ。彼女が身につけているのは、安物のガラス玉。借金を返すために本物を売り払い、虚栄心のために模造品を纏う……。今や彼女は、社交界で『ガラス玉の男爵夫人』とあだ名され、茶会の席すら与えられていませんわ」


「そ、そんな……! シャーリーは、俺が買い与えた宝石で皆に羨まれていると……!」


「彼女、貴方に嘘をついていたのですよ。貴方が彼女を愛していると信じ込み、甘やかしている間に……彼女は貴方の名誉を泥にまみれさせた。……お似合いだと思いませんか? 泥舟の中で、互いの足を引っ張り合う夫婦なんて」


 ヴィンセントは、ついにその場に膝をついた。  十年前、ルネを捨ててまで手に入れた「楽園」は、最初から「底なしの沼」だったのだ。


「さて、ヴィンセント・ランバート様。審判の時間ですわ」


 ルネの瞳から、一切の温度が消える。  


「貴方の全負債を、当店――『リリウム・ノワール』が買い取りました。つまり、貴方の命も、爵位も、残された僅かな土地も、すべて私のものです」


「ま、待ってくれ! エレノア、いや、ルネ! 昔のよしみだ、頼む! 何でもする、何でも……!」


「ええ、もちろん。何でもしていただきますわ。……セディ、彼に『新しい職場』の契約書を」


「かしこまりました、お嬢様」


 セドリックが差し出したのは、王都から遠く離れた、過酷な開拓地の労働契約書だった。  死ぬまで働き続けても、利息すら返せない。だが、命だけは繋ぎ止められる――永遠の労働地獄。


「ああ、それから。シャーリー様もご一緒ですよ。彼女には、かつて彼女が見下していた『掃除婦』として、一から学んでいただかなくては。……愛し合うお二人なら、どんな苦難も乗り越えられるでしょう?」


「そ、そんな……そんな殺生な……!」


「……セディ。その男の声を、二度と私に聞かせないで」


「御意」


 セドリックが音もなくヴィンセントの背後に立ち、その襟首を掴み上げる。  抵抗する力すら失った元・男爵は、ズルズルと、かつて彼が汚したマホガニーの床を引きずられながら、サロンの裏口へと消えていった。


 静寂が戻ったサロン。  ルネはふう、と深く息を吐き、窓の外を見つめる。  十年前の嵐の夜から始まった長い長い「片付け」が、ようやく終わった。


「お疲れ様。ルネ。……いい『ざまぁ』だったわ」

「……お母様、趣味がよろしくありませんわよ」


 マダムの軽口に肩を竦めた時、背後にセドリックの気配が戻った。  彼はルネの肩に優しくケープをかけ、その耳元で、今度は仕事仲間としてではない、一人の男としての甘い声を忍ばせる。


「……これで、すべての掃除が終わりましたね、お嬢様。……今夜は、ようやく『私だけ』を見ていただけますか?」


 ルネの頬が、サロンの洋燈の明かりよりも赤く染まる。  耳年増の知識が暴走し、彼女の心臓は、ヴィンセントを追い詰めた時よりも激しく鼓動を打ち始めた。


「……え、ええ。そうね。……お手柔らかに、お願いするわ。セディ」


 宵闇色の髪の青年が、満足げに目を細めて彼女の指先に口づけを落とす。    ゴミはすべて消え去り、ここからは、自由になった少女ルネと、彼女を十年間待ち続けた執念のセドリックによる、甘く濃厚な「本当の人生」が始まるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ