第十四話:黒百合の朝、喧騒は愛を連れて
翌朝。サロン『リリウム・ノワール』に、かつてないほどの平和で、かつ騒がしい空気が流れていた。 ……平和ではないのは、ルネの全身の状態だけだ。 二日間の「過剰な検品」の代償は重く、彼女は自分の足で階段を降りることすら許されなかった。
「……セディ、……おろ、して……」
掠れた、消え入りそうな声で抗議するが、彼女を横抱きにするセドリックには届かない。 セドリックは、まるで極上の絹織物でも運ぶかのような足取りで、彼女を抱えたままカウンターへと向かった。その表情は驚くほど爽やかで、全身から「充足感」という名の光を放っている。
「あらあら。昨日の『非売品』宣言の報酬は、随分と高くついたようねえ」
カウンターで優雅に朝のハーブティーを啜っていたマダム・リリスが、意地の悪い笑みを浮かべて二人を迎え入れた。
「お、かあ……さま……っ」
「ルネ、声が出ていないわよ? よっぽど熱心にお礼を言わされたのねえ。セディ、貴方もやりすぎよ。大事な店主を壊してどうするの」
「申し訳ありません、マダム。ですが、お嬢様があまりに愛らしいことを仰るものだから……。つい、私の独占欲に歯止めが効かなくなってしまいまして」
セドリックはルネの額に髪を払い、彼女の耳元で「今日も、お綺麗ですよ。……私のルネ」と、逃げられない睦言を囁く。 ルネは顔を真っ赤にし、反論しようと口を開けるが、喉がヒリついて音にならない。
(……ああ、もう! 昨夜のセディは、本当に、……変態だったわ!!)
脳内だけで叫ぶルネを余所に、マダムは一つため息をついて肩を竦めた。
「はぁ。これだけ当てつけられると、流石の私も熱い夜が恋しくなるわね。……ねえセディ。どこかにいい男、転がってないかしら? もちろん、私がとことん甘やかして、最後には破滅させてあげられるような『最高に手のかかるダメ男』がいいのだけれど」
「承知いたしました。マダムを満足させ、かつ、壊し甲斐のある逸材をお探ししましょうか?」
「あら、ぜひお願い。貴方の選別なら間違いなさそうね」
マダムとセドリックが、ルネの頭越しに「新しい獲物」について楽しげに打ち合わせを始める。
(だ、ダメです! お母様! セディも、何を引き受けてるの!? これ以上、厄介ごとを増やさないで……っ!!)
ルネは必死に手を振って抗議するが、二人の最強の共犯者は「はいはい、わかってるわよ(わかっていない)」と言わんばかりの笑顔で彼女をあやすだけだった。
十年前、暗闇の中に一人で飛び出した少女は、いまや世界で一番厄介で、世界で一番愛おしい連中に囲まれている。 ルネは、自分を抱きしめるセドリックの胸に、諦めたように顔を埋めた。
「……ねえ、セディ……明日、から、体力作り、しようかしら……?」
「御意。では、寝室での『実戦訓練』を増やしましょうか?」
「……そう、じゃない……っ!」
ルネの掠れた声での必死の訴えに、マダムの笑い声が重なる。 策士令嬢と狂信執事の夜明けは、これからも賑やかで、そして少しだけ(ルネの筋肉痛的に)過酷なものになりそうだった。
『リリウム・ノワール』の新しい一日は、今日も賑やかに、そしてどこまでも甘く幕を開ける。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
10年前の想いに区切りをつけ、自分らしく歩き出したルネの物語、いかがでしたでしょうか。
読者の皆様の応援のおかげで、本作も無事に完結まで描き切ることができました。
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47作完結を越え、4月からも新しい「愛の形」をお届けする予定です。
また次の物語でもお会いできることを、心より願っております!
本日、もう一作完結しています。
◆本日完結
『「私を愛する」と宣言されたので、私はもう何もいたしません』
https://ncode.syosetu.com/n4776lx/
現在、連載継続は一作のみになりますが、こちらもクライマックスに向けて大切に綴っております。
◆連載中
『「君の静寂が愛おしい」殺された記憶を持つ令嬢が沈黙を選んだら、ヤンデレ騎士の最愛になった件』
https://ncode.syosetu.com/n8101lw/




