第十二話:泥棒猫の来襲と、若主人の所有権
セドリックが戻ってきた翌日。サロン『リリウム・ノワール』の前に、仰々しい紋章入りの馬車が止まった。 中から現れたのは、艶やかな燃えるような真紅のドレスを纏ったベルローズ侯爵夫人だった。
「――どこにいらして? 私の愛しいセドリック。あんなに甘い夜を過ごしておいて、黙って去るなんて不作法だわ」
夫人はサロンに踏み込むなり、扇子でルネを指し示した。
「貴女がこの店の経営者? 彼の移籍料ならいくらでも払うわ。金貨千枚? それとも二千枚かしら? さあ、早く譲渡の書類を出しなさい」
マダム・リリスが、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて割って入る。
「あらあら夫人、太っ腹ですこと! ルネ、これだけの金貨があれば新しい支店が建つわよ。セディも侯爵夫人の愛人になれば出世街道まっしぐら。……どうする? 契約書、持ってきましょうか?」
マダムの「火に油」に、ルネの理性がパチン、と音を立てて弾けた。 ルネは一歩前へ出ると、夫人の扇子を冷ややかに押し返した。
「……失礼ですが、夫人。当店のセドリックは『非売品』です」
「なっ……何ですって?」
「たとえこの国を丸ごと積まれても、彼を譲るつもりはございません。彼は私の……当店の、唯一無二の資産です。これ以上、彼を侮辱し、当店を汚されるのであれば、不法侵入で訴えますわ」
「まぁ、なんてもの言いかしら? 社交界に君臨する私を蔑ろにするなんて、どうなってもいいのかしら?」
「ええ、構いませんわ。セドリックに値段をつけることは出来ません。彼は『商品』ではありませんので、お引き取り下さい」
「ふんっ、生意気なこと――どうなるか、覚えていらっしゃい!」
ルネの氷のような怒りに、気圧されて公爵夫人は捨て台詞を残し退散していく。 静まり返ったサロンで、背後に控えていたセドリックが、震えるような歓喜の吐息を漏らした。
「……お嬢様。今、私のことを『私のもの』と仰いましたね?」
「……うるさいわよ。仕事の話よ」
顔を真っ赤にして彼を睨みつけるルネ。だが、彼女の指先は嫉妬で震えていた。 彼女はセドリックの腕を掴むと、そのまま奥の寝室へと引きずっていった。
「お母様、今日の営業はここまでです! ……セディ、来なさい。徹底的に『検品』してやるんだから!」




