第十一話:嵐のあとの陽光
昨夜の激しい情事の余韻は、シーツの乱れと、ルネの体に刻まれた数えきれないほどの赤い徴となって残っていた。 ルネは、重い瞼をゆっくりと持ち上げる。差し込む朝日は眩しく、そして隣から伝わる体温は、昨夜の奔放な熱を嘘のように鎮めていた。
「……おはようございます、お嬢様」
耳元で囁く声は、いつもの澄んだ、けれどどこか艶を含んだセドリックのもの。 彼の手が、ルネの赤い髪を愛おしそうに梳く。ルネが恨めしげに、けれど甘えるように彼を見上げると、セドリックは満足げに目を細めた。
「……セディ。貴方、本当に加減というものを……」
「申し訳ありません。ですが、先に私を壊したのはお嬢様ですから。……おかげで、侯爵夫人の残り香も、完全に上書きできたようですね」
セドリックはルネの指先に口づけを落とす。その瞳には、もう「仕事人」の冷徹さは微塵もない。
◇
数刻後。 足腰の重さを気力で隠し、ルネがサロンのカウンターへ降りていくと、そこには既にマダム・リリスが陣取っていた。
「あらあら、お二人さん。随分とお疲れのようねえ。セディなんて、なんだか一皮剥けたような顔しちゃって」
マダムの露骨なニヤニヤ笑いに、ルネは顔を真っ赤にして視線を逸らす。
「お、お母様! 任務の報告は済ませたはずですわ。侯爵夫人との件はこれで終わりです!」
「ええ、ええ。でもねえ、ルネ。貴女があんなに激しく嫉妬するなんて、お母様びっくりしちゃった。あんなにいい男を独り占めできるなんて、本当に羨ましいわ。……私も、また新しい『いい男』でも探しに行こうかしら?」
マダムが本気とも冗談ともつかない様子で目を輝かせた瞬間、ルネの顔から血の気が引いた。
「だ、ダメです、お母様! 今度は絶対に『リリウム・ノワール』を廃業させませんからね! またお母様が変な男を拾ってきたら、私の胃が持ちませんわ!」
「あら厳しい。ねえセディ、助けてちょうだい」
マダムの助け舟に対し、セドリックはルネの腰をそっと引き寄せ、完璧な微笑みで答えた。
「お嬢様の仰る通りです、マダム。今のこの平穏を壊す不確定要素は、私が全力で排除させていただきますので。……ねえ、ルネ?」
慇懃な言葉の裏に、自分を「排除」されかねない気配を感じたのか、さしものマダムも「……怖いわねえ、この執事様は」と肩を竦めた。
朝の光に包まれた「リリウム・ノワール」。 十年前、泥の中にすべてを捨てて飛び出した少女は、いまや自分の手で、愛する男と、騒がしい家族と、そして誰にも侵されない「自由」を掴み取っていた。
「さあ、開店の準備をしましょう、セディ。……今日は、昨日よりも忙しくなるわよ」
「御意、私のお嬢様」
重なる二人の視線。 策士たちの新しい一日は、昨日よりもずっと甘く、そして力強く始まろうとしていた。




