第九話:進む街のダンジョン化
黒川が黒霧に吸い込まれた直後——
ズン……ッ!!
世界そのものが心臓のように脈打ち、胎動層が激しく揺れた。
「……崩れる! 桜井さん、掴まって!!」
「ひゃっ……!」
アスファルトが液体のように沈み、壁が粒子となって削れ落ちる。
すべてが嘘だったかのように剥がれていく。
ウィンドウが光った。
【警告:胎動層が不安定。強制帰還まで10秒】
日奈子の手をしっかりと掴み、俺は叫んだ。
「行くぞ!!」
「うんっ!!」
崩れた影の隙間から光が漏れる。
それは輝きを増し、俺たちの視界を埋め尽くした。
光が爆ぜる——。
耳鳴りのあと、二人は元の路地に立っていた。
ただ帰還しただけなのに、地面のひび割れが増え、そこから黒い霧が漏れている。
「戻れた……けど……」
「ああ。でも見て」
ウィンドウが赤く染まる。
【街ダンジョン化:18%】
「上がってる……!」
息を飲む日奈子。
その横で、悠真は拳を握る。
(黒川……必ず助ける)
だがその瞬間——
ザザッ……!
路地の空間にノイズが走り、お馴染みの“バグ干渉音”が響いた。
白い羽をまとった不安定なシルエットが現れる。
「ふぅ〜、やっと補正終わった〜。2人とも無事でよかった!」
バグ天使。
何度目かの登場だ。
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「街はこのままだと丸ごとダンジョン落ちするよ〜」
いつぞやと違い、
呑気な口調で話すバグ天使。
苛立ちから、口調が荒くなる。
「黒川は!? どうなるんだよ!」
天使は指先でクルクルと空間を回し、ノイズの映像を映し出す。
「黒川くんはね、《ダンジョンの主》に“素材”として回収されたわ」
「素材って……!」
「人を……素材にするの……?」
驚く俺に日奈子が追従した。
「うん。あの子ね、未完成のチートの“匂い”を街中に撒いちゃってたの。
ダンジョン側からすると、そりゃグルメ食材よ〜」
(……黒川、そんな危険な状態だったのか)
天使はぱん、と手を叩く。
「というわけで、はい! 緊急クエストのお時間です!」
ウィンドウが画面いっぱいに展開する。
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【高難度クエスト:黒川奪還】
難度:A
内容:
・黒川が連れ去られた《深層β》へ向かえ
・黒川の変質が“完全体”になる前に救出せよ
・ついでに街のダンジョン化も遅らせてね!
報酬:
・固有スキル解放率 上昇
・街ダンジョン化の一時停止
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「Aランク……正気かよ……!」
先ほどの変異体クロカワのランクだとEだったはずだ。
今回はAランクなら……どれほど危険なものなのだろう。
同じことを考えたのか日奈子も唇を震わせる。
「わ、私たち……まだ能力をもらったばかりだよ……クリアできるの?」
しかし天使はニコニコしている。
「無理だよ〜。絶対にクリアできない。
だからこそ——準備期間をあげるんじゃない!」
「準備期間?」
問い返す俺に天使はニヤリと笑った。
「君のクエスト能力を利用するのよ」
天使の指先に光が集まる。
「街に広がる“異常の芽”を刈り取って!」
天使はスマホでも開くような軽さで空間をタップした。
「はい、これ!」
【新クエスト:異常芽の探索(3箇所)】
【新クエスト:桜井を護衛しながら行動せよ】
【ボーナス:桜井が悠真へ“配信”すると強化バフ共有】
「えっ……配信……?」
戸惑うように呟く日奈子。
「そう! 桜井ちゃんは“配信を通して強くなる能力”だからね!
視聴者の感情 → 魔力へ変換 → 2人とも強化! の黄金ルートよ!」
「俺にもバフ入るの!?」
疑問符を浮かべる俺に天使がウインクする。
「スキル《相性補正》で2人はリンクしつつある……って言ってもわからないか!
まあ、気にしなで!」
天使はノイズの羽を広げた。
「じゃ、私は一旦“上層のバグ修正”に行くわ。
街、本気でヤバいから頑張って〜!」
羽がモザイクのように歪み、光のバグとなって弾けた。
そのまま空間から抜け落ちるように天使は消えていった。
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静まり返った路地。
風が吹くたび、ひび割れから黒霧がじわりと滲んでくる。
「……宮本くん、行くよね」
呟くように言った日奈子に、俺は深く頷く。
「ああ。黒川を……助ける」
日奈子はぎゅっと胸元を握る。
「私も行く。
もう……“目の前の誰か”を失うのは嫌だから」
その声には、深い後悔の影があった。
俺は静かに彼女の視線を受け止める。
「大丈夫。俺らが一緒なら」
日奈子は少し驚いたあと、
まるで安心するように小さく笑った。
「……ありがとう」
その瞬間、ウィンドウが点灯。
ーー
【クエスト開始:異常芽(1/3)へ向かえ】
ーー
「よし、まずは街を守る。そこからだ」
「うん!」
二人は並んで走り出した。
黒い霧が、街のあちこちで静かに広がっていくのを知らぬまま——。




