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第八話:Welcome to underground


 黒い霧の穴の前。

 路地に響く低い振動は、まるで街の鼓動みたいだ。


「……本当に行くの?」


「ああ。俺だけじゃ危険。でも……」


 言いかけて、日奈子の表情を見る。

 怯えているのに、逃げようとはしていない。


(……強い子だ)


「桜井さんは危なくなったらすぐ逃げる。それだけは絶対」


「うん。でも、宮本くんが1人で行く方が……怖い」


 小さな声。でも、確かな意志。

 それに勇気づけられる形で、一歩前へ。


 ウィンドウが開く。


ーー

緊急クエスト:異常源の調査

【〈ダンジョン裂け目〉へ侵入せよ】

•桜井を守れ

•報酬:敏捷+?/??スキル解放

ーー


(……ダンジョン?)


 胸の鼓動が早くなる。


 ——俺は今、普通じゃない世界の入口に立っている。


「行こう」


 2人は黒い霧の渦へと飛び込んだ。





 視界が暗転したあと、音が消えた。


 そこは——


 見慣れた街の路地が歪んだ“裏側の世界"だった。


 アスファルトが波打ち、建物の影がノイズのようなエフェクトで揺らいでいる。

 遠くで、か細い呻き声がこだまする。


「……ここ、ほんとに街……?」


「いや……街の“複製”……みたいな……」


 ウィンドウがポップする。


ーー

【エリア:胎動層(Fランク)】

〈特徴〉

•本来の街の残滓がダンジョン化しつつ再構築された空間

•初期段階のため、弱いモンスターが発生

•“飲まれた人間のデータ”が残る場合がある

ーー


「“飲まれた人間”……ってことは、黒川くん……」


「可能性は高い。まだ生きてるかもしれない」


 桜井は唇を噛む。

 そして深呼吸して、小さくうなずいた。


「探そう。黒川くんを」





 しばらく進むと、アスファルトの上に黒いシミが広がっていた。

 シミは光を飲み込む漆黒で、地面に穴が空いているかのようだった。


「この跡……」


ーー

【異常残響】

•元対象:黒川

•状態:変質中

•危険度:E

ーー


 日奈子が震える声で言う。


「宮本くん……ここ、黒川くんが“這った跡”じゃ……」


 ノイズ混じりの影が壁から壁へ跳ねた跡が点々と続いている。


(やっぱり……あの動画の痕跡だ)


 痕跡を辿って、目を凝らす。

 ゆっくりと進み、後ろを日奈子がつづく。


 コツ……コツ……。

 自分の足跡が嫌に響いた。


 何度も唾を飲み込み、手のひらの汗を拭った。


「宮元くん……」


 囁くように日奈子が言った。

 その視線は前に固定されている。


「あれ……」


「ああ」


 吐息のような返事をする。


 闇の帷が降りる、不気味な街もどき。

 影が飛び散る異様な道路。


 ——そして、その先に“それ”はいた。





 路地の奥で蹲る黒い影。

 その正体を目にした瞬間、日奈子は息を呑んだ。


「……あれ、黒川……くん……?」


 影がギギギ、と不自然な角度でこちらを向く。

 “人の動き”ではない。

 骨の軋みすら、裏返った音にしか聞こえない。


 制服の名残だけが、この歪んだ存在を“黒川”だと証明していた。


 ウィンドウが歪んだ光を放つ。


ーー

【変質体:クロカワ】

ランク:E

状態:暴走寸前

原因:不完全なチートの受領 → ダンジョンに取り込まれ変換中

ーー


(黒川……)


 目の前の黒川が、小さくかすれた声を漏らす。


「……ぁ……あ……あ……」


 次の瞬間——


 黒川が爆発的な速度で跳ね上がった。


「アアアアアアアアア!!」


「っ!! 宮本くん!」


 黒川が四つん這いで壁を駆け上がり、

 重力を無視して飛び掛かってくる。


(速い!!)

 

 ウィンドウが瞬時に展開。


ーー

【クエスト:黒川を鎮静せよ】

・殺さずに止めろ

・桜井を守れ

報酬:敏捷+2/固有スキル“戦闘クエスト”解放条件進行

ーー


(殺すな、か!)


 黒川の攻撃が、空気を裂いた。


 ——だが。


(……見える)


 これまで得た敏捷と反応強化の成果なのか、

 黒川の“異常な軌道”がスローモーションのように視界へ入る。


 壁。

 天井。

 反転。


 ーー急降下。


「っ!!」


 一歩横へ滑る。

 霧の床を、羽のような軽さで踏み切る。


 黒川の鉤爪が、さっきまで悠真がいた場所の壁を粉砕した。


「は、速……っ!!」


 日奈子が息を呑む。


 黒川は反転し、低く構えて再び突進。

 地面のノイズが弾け、黒い霧が噴き上がる。


(軌道が読める……!)


 交差の瞬間、黒川の腕を掴んだ。


「う、らっ!」


 体を捌く。

 力を“押し潰す”のではなく、

 “流す”ように方向を変えた。


 ドンッ!!


 黒川は壁へ叩きつけられる。


 だが痛覚が死んでいるのか、すぐに起き上がり——


「アアアアアアァァ!」


 歪んだ声を上げながら跳びかかる。


(殺さずに止める……なら!!)


 悠真は拳を握る。

 全身の力を“一点”へ集めるイメージ。


 ——クエスト補正が走る。


【身体能力補正:+20%】

【反応速度補正:+15%】


 一瞬だけ、黒川の全ての動きが“線”で見えた。


(ここだ!!)


 悠真の拳が、黒川の頸部の横の神経束へ正確に叩き込まれる。


 ドンッ!!!!


 黒川は、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


 路地の“裏世界”に、静寂が戻る。


「……すご……」


 震えた声で呟く日奈子。

 しかしその瞳は、恐怖よりも“驚き”と——


(宮本くん、すごい……)


 そんな尊敬に近い光を宿していた。


 ウィンドウが柔らかな光を放つ。


ーー

【クエスト達成】

・敏捷+2

・“追跡眼”解放進度:70%

・黒川:仮固定(戻れる可能性あり)

ーー


 ーーしかし。

 黒川が静かになったのも束の間。


 胸元のノイズが、急に脈打った。


 ピシ……ピシピシ……………………!!


「宮本くん!! 黒川くんが……!!」


 黒川の体を、黒霧が飲み込む。

 まるで“何かに引きずられる”ように。


「やめろ!!——黒川!!」


 伸ばした手は、霧に触れた瞬間に弾かれた。


 黒川は“穴の向こう側”へ吸い込まれていく。


 最後に残ったのは、黒川の“歪んだ瞳だけ”。


 その瞳が、まるで

「来るな」

 と告げるように震えていた。


 そして完全に霧へ消えた。


 ウィンドウが赤く点滅する。


ーー

【ダンジョンの主が黒川を“回収”しました】

〈ダンジョン化〉進行率:7% → 15%

ーー


「ダンジョンの……主……?」


「黒川……まだ終わってない」


 その瞬間。

 足元が、鼓動のように脈打つ。


 ドンッ……! ドンッ……!!


 まるで“街が目覚めようとしている”かのように。


「み、宮本くん……このままじゃ街が……!」


「わかってる。……俺たちが止める」


その言葉に、日奈子は迷いなくうなずいた。


「うん。私たちで、絶対に」


——胎動層がさらに深く、蠢き始める。



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