第六話:桜井の秘密
翌朝。
教室の空気が、いつもよりざわついていた。
「黒川、今日休みらしいぞ」
「昨日、最後に“変な事をブツブツ呟いてた”って聞いたけど……大丈夫なのか?」
その言葉が耳に入るたび、胸がざわつく。
(……やっぱり来てないか)
昨日、あの“黒い渦”に飲まれかけた黒川。
助け出したあと、逃げるように走り去った。
それっきり、連絡はない。
クエスト画面で黒川の名前が赤く点滅していたのが頭をよぎる。
(嫌な予感しかしない……)
そんなとき。
「……宮本くん」
横から、日奈子がそっと声をかけてきた。
「昨日、黒川くんと一緒にいたよね?」
「っ……!」
柔らかいのに、どこか核心を突くような瞳。
逃げ場がない。
「……なにか、あったんじゃない?」
(隠せる雰囲気じゃない……けど、全部は言えないし──)
すると、
視界にクエストウィンドウが浮かび上がる。
――
【クエスト:桜井に“真実の一部”を話せ】
報酬:桜井の信頼ゲージ上昇
“ヒロインイベント Lv1” 解放
――
(……ほんの一部だけなら話してもいい、ってことか)
慎重に言葉を選びながら話す。
「昨日……黒川、様子がおかしくて。
倒れそうになってて……それを助けただけだよ」
日奈子はゆっくりとうなずいた。
「……やっぱり。危ない雰囲気、してたもんね」
「桜井さん、黒川のこと……何か知ってるの?」
少し黙ってから、日奈子はそっと口を開く。
「……“見えた”の。
黒川くんの後ろに……黒くてぐにゃぐにゃした“何か”が」
「!!」
「怖くて、何もできなかったけど……」
(桜井さんにも“影”が見えてた……?
普通の人には見えないはずなのに)
そのとき、ウィンドウがピコンと震えた。
【桜井・好感度イベントLv1 開放】
――――
放課後。
下駄箱で靴を履き替えていると──
「宮本くん」
振り返れば、日奈子がまっすぐな目で立っていた。
まるで“覚悟”を決めたような。
「……来てほしい場所があるの。宮本くんじゃないと、ダメなの」
(この目……クエスト、絶対発動するやつだ)
ゆっくりと頷く。
「うん。大丈夫。ついていくよ」
二人は夕焼けの街を歩く。
ゆっくりと影が伸び、町のざわめきが遠のいていった。
辿り着いたのは、古い2階建てアパートだった。
「ごめんね、散らかってるけど……」
日奈子が鍵を回し、ドアを開くと──
暗い部屋の奥から、無数の光が浮かび上がった。
「……え?」
壁一面に並ぶモニター。
集音マイク、照明、カメラ、複数の配信画面。
まるでプロの配信スタジオのようだ。
日奈子は頬を赤くし、視線をそらした。
「誰にも言ってないんだけど……私、配信やってるの。
学校では空気だけど……ネットだけが、唯一の場所で」
「すご……!」
「……でも、全然ダメでね」
日奈子は苦笑しながら、古いモニターを指差した。
“同接:3”
“コメント:——”
「これ……昨日の配信ログ。
見てわかる通り、ほぼ誰にも見られてないの」
胸が痛む。
いつも優しい彼女の、裏側が透けて見える。
「でもね、宮本くんに話したいのは……配信の事だけじゃないの」
日奈子は居住まいを正し、こちらと目を合わせる。
「実はね──最近、配信中に“変なこと”が起きるようになったの」
日奈子はモニターの前に立つ。
「視聴者が増えるとね……
身体が熱くなって、鼓動が早くなるの。
光がチラついて、音が歪んで……
まるで“力が湧いてくるみたいに”」
「力……?」
「ある日、“天使みたいな存在”が現れて……
私に告げたんだよ。
『君の能力は “配信を通して強くなる” 』って」
天使、と言われてピンと来た。
あのバグ天使のことだ。
ネットニュースで騒がれているように、やはり俺以外にもチート能力者がいるのだ。
「でもそのせいで、変なものが見えるようになったのかもしれない。
あの日から時々、街が歪んで見えるの」
日奈子はかすかに震える声で続けた。
「昨日……黒川くんの後ろにいた“影”。
あれは普通の人には見えない。
だから……宮本くんに相談したかったの」
日奈子は弱いふりをしていない。
それでも、頼るしかないほど追い詰められている。
その目が、
真剣すぎて、まっすぐすぎて。
胸が締め付けられるように苦しくなった。
日奈子はゆっくり椅子に腰を下ろし、震える手で配信ソフトの画面を開く。
「……ねえ、宮本くん。
これから見せるの、誰にも話しちゃダメだよ?」
「もちろん」
日奈子は小さく息を吸い、開始ボタンに指を置いた。
その瞬間──
ピコンッ
ーー
【クエスト:桜井の“覚醒配信”を目撃せよ】
報酬:スキル《相性補正》Lv1
リスク:【???】
ーー
(リスクってなんだよ……!)
画面に〈配信開始〉のマークが浮かぶ。
“視聴者:0”
日奈子はカメラに向かって、か細く笑った。
「こ、こんばんは……。桜井です……」
しばらくは静寂だったが──
“視聴者:1”
一人、誰かが入ってきた。
ちょうどその瞬間だった。
日奈子の肩がビクリ、と震える。
「っ……!」
「桜井さん!?大丈夫?」
「だい……じょうぶ……まだ弱いから……」
声は震えているのに、瞳はどこか熱を帯びていた。
“視聴者:2”
“視聴者:3”
増えるたびに、空気がビリビリと震える。
部屋の照明が揺らぎ、モニターの光が脈打つように明滅し──
日奈子の髪が、微かに逆立った。
「……っは……来る……!」
(これが、桜井さんの能力……!)
見た目からして、単なる強化じゃない。
まるで“なにかを力に変えている”みたいだった。
「わたしね……怖かったの。
こんな力があるなんて思わなくて……
でも……宮本くんがいてくれるなら……」
彼女は一度視線を落とし、拳を握りしめる。
「見てて。
これが“私の力”──」
日奈子の背後で、モニターが一斉に光った。
ブゥン……!
空気が押されるような圧力。
そして──
“視聴者:7”
日奈子の瞳が、一瞬だけ黄金色に光る。
「……っ!」
(桜井さん……!)
そのときだった。
部屋の隅、天井の影がゆらりと揺れ──
黒川を飲み込もうとした“黒い渦”に似た“影”が、形を成した。
(これは……!)
「見える……!
宮本くん、あれ……ずっと私を追ってきてる"影”……!」
影はじわじわと二人に近づく。
日奈子の光が、影を照らしはじめた。
“視聴者:8”
日奈子の力がさらに高まる。
「大丈夫……!
見られれば……見られるほど……私は強くなる……!!」
だが次の瞬間──
ーー
【警告:不正データを検知】
【バグ存在“ノイズ影”が配信ルーム内に侵入】
ーー
クエストのウィンドウが赤く点滅した。
(これ……大丈夫か……!?)
「宮本くん……お願い。
私一人じゃ……これ、抑えきれない……!!」
日奈子は手を伸ばす。
その指先は震えていた。
強くなろうとして、必死に自分を保っている。
(握るしかない……!)
彼女の手を掴む。
その瞬間──
ブワッ!!
桜井の力が一気に跳ね上がる。
“視聴者:10”
モニターの光が爆ぜ、影が悲鳴のような揺らぎを見せた。
「……っ!!
宮本くん……手、離さないで……!!」
影が襲いかかる。
瞬間、日奈子の光がそれを弾き返した。
影の黒い触手が最後のあがきを見せるように震え──
日奈子の黄金色の光が、それを一気に焼き切った。
ジュッ……!
影は悲鳴のような歪んだノイズを残し、煙のように消えていく。
“視聴者:0”
配信が自動停止し、部屋が急に静かになった。
日奈子は息を切らしながら、ゆっくりと手を離す。
「……はぁ……っ、はぁ……
終わった……の……?」
「たぶん……な。
桜井さん、よくやったね」
日奈子は安心したのか、弱々しく笑った。
だが──
ピシッ
部屋のどこかで、ガラスがひび割れたような音がした。
「え……?」
空中に、黒と白のデータノイズが走り──
まるで“空間そのものが壊れる”ように、亀裂が広がる。
「このノイズ……見覚えが……」
そう。
初めてチートを授かったときの──
バグ天使が現れる時の兆候だ。
ーー
日奈子の部屋の中央が歪み、光と闇が混ざった球体が出現する。
そして、
あの時と同じ声が響いた。
『──接続完了。対象二名の観測を確認』
「っ!? なに……? 誰……?」
「落ち着いて。たぶん……バグ天使だ」
亀裂から現れたのは、
天使のようでもあり、機械のようでもあり、
ところどころ形が壊れた“不完全な存在”。
以前よりノイズが多い。
まるで、どんどん壊れているようだ。
『宮本悠真。桜井日奈子。
両名の能力発現を確認』
「わ、私の……こと……知ってるの?」
『当然。
二人は “特異点” だから』
「特異点……?」
天使はノイズの翼を広げ、続けた。
『この世界に起こりつつある“バグ現象”は加速している。
影のような存在は、その一部にすぎない』
「じゃあ……黒川くんの後ろのも……」
『そうだ』
日奈子は肩を震わせる。
天使は続ける。
『だが心配はいらない。
二人が協力すれば、“観測拠点”として十分な戦闘力を持つ』
「おい、どういう意味だよ。
俺たちを巻き込む気か?」
『巻き込んでいるのではない。
“選ばれた”のだ』
その瞬間、天使に一瞬だけノイズが走る。
まるで、痛みのように。
『このメモリは……長く持たない。
データが……削れて……ノイズが……』
「待って! 私たちはどうすれば──」
天使は手を伸ばし、二人の間に淡い光を落とす。
『繋がれ。
二人でなければ、突破できない未来が来る』
光が収束し、
視界に、新しいクエストが追加された。
⸻
【新クエスト:桜井の“スキル”を開放せよ】
条件:桜井と共闘回数 ?/3
報酬:スキル《???》
⸻
天使は揺らめきながらゆっくりと崩れはじめる。
『次に会うのはまた別の私だ。
……また……会おう……君たちを──』
完全にノイズに飲まれ、光の欠片になって消えた。
静寂だけが残る。
「……宮本くん……
私たち……どうなっちゃうの……?」
壁一面のモニターが、壊れたように暗く沈む。
「……わからない。
でも──」
日奈子をまっすぐ見つめる。
「ひとりで抱え込まないで。
これからは、二人でやろう」
日奈子は少し驚き、
それから泣きそうな顔で笑った。
「……うん。ありがとう」
夕焼けはとっくに消えて、
暗い夜が、二人を包み込んでいた。




