第五話:バグった街の胎動
放課後。
校舎を歩いていると、再び透明なスクリーンが表示された。
【緊急クエストが発生しました】
出された内容に、
俺は息を呑んだ。
ーー
【黒川を尾行しろ】
報酬:感覚強化+1
“危険度レベルの検知”が可能になります
ーー
(いやいやいや!!
なんで俺があいつをつけなきゃいけないんだよ!!)
しかし、ウィンドウの端が微妙にノイズを走らせる。
黒川の背後にあった黒い渦を思い返す。
何より"緊急"クエストの文字。
いつもより……
クエストの“重要度”が高い、のか?
(バグ天使は……言ってたよな。
“世界のほころび”。
もしかして黒川が……関わってる?)
迷う余地はなかった。
「……やるしかないか」
⸻
夕暮れの街。
黒川は人気のない路地裏へ向かって歩いていた。
その後ろをバレないようひっそりとついていく。
強風が黒川のオールバックを崩し、無造作に巻き上げていた。
彼の様子は明らかに様子がおかしい。
「ハァ……ハァ……天使……
俺に……何か……声が……」
独り言を繰り返しながら、
虚ろな目でフラフラ進む。
いつもの憎たらしいほど元気な黒川とは程遠い。
(あいつ、なにかが変だ……!)
その時――
真っ暗な路地裏の奥に“黒い渦”が浮かんだ。
昨日見たものより、明らかに大きい。
耳を塞ぎたくなるようにノイズを発し、黒い霧が溢れでいる。
「力……」
黒川はゾンビのような足取りで、
渦の方へ進んでいく。
「おいっ、不味いんじゃないか」
危険を感じ、思わず走りだす。
だが、間に合わない。
黒川の足が、その渦の真上で止まる。
「……やっと見つけた……力だ……!」
「バカ!! そこから離れろ!!」
叫ぶ。
しかし――遅かった。
黒川の足元が“ズズッ”と沈み込み、
黒い渦が一気に開く。
「う、うわあああああああ!!?」
「黒川ァ!!」
俺も反射的に飛び込んで、黒川の手を掴む。
黒川はようやく意識がはっきりしたように、
目線に焦点が合う。
宙に浮いたまま、必死に叫んでいた。
「助け……助けてくれッ!!
俺、まだ何もしてねぇよ……!!」
涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら叫んでいる。
掴んだ手は汗が滲み、今にも滑り落ちそうだった。
なんでこんなバカな事を、と罵りたい気持ちはあった。
だが、そんな事を言う暇がないほど、渦の吸引力は凄まじい。
(う、重っ……!
このままだと二人とも吸い込まれる!!)
クエスト表示が光る。
ーー
【緊急クエスト:黒川を救え】
報酬:身体強化+2
“重要イベントフラグ”解放
ーー
「……クソッ!」
全身に力を込める。
筋肉がギチギチ軋むほど引き絞る。
だか……少しずつ渦へ取り込まれ始める。
これでは、2人とも道連れだ。
"手を離したほうがいい"
脳裏にそんな言葉がよぎる。
「うるせえ」
唸り声のような声が喉奥から漏れ出る。
「手を貸せよッ……クエスト!」
そんな俺の言葉に応えるように、
クエストが連続で表示される。
ーー
【サブクエスト:黒川の手を握り直せ】
報酬:身体強化+1
ーー
ーー
【サブクエスト:足を踏み締め直せ】
報酬:身体強化+1
ーー
「な、ナイス!」
ギュ、と黒川の手を掴み直す。
大股になり、地面を踏み締めた。
途端に力が湧き出てくる。
腕に力を込める。
地面を思いっきり蹴った。
「うっ……ぉぉおお!!!」
黒川を一気に引き戻した。
彼の体が宙に浮き、
俺はそのまま背中からドサッと倒れ込んだ。
黒川は上がった勢いのまま、地面をゴロゴロと転がった。
黒い渦は何度か点滅すると、薄れていくように消えた。
荒い息を整える。
ゆっくりと立ち上がり、声をかけた。
「……大丈夫か」
「ひ、ひぃ……お、俺……いま……」
「見えてたよな。あの“黒い穴”」
黒川は震える声で言った。
「声が……聞こえたんだよ……
『お前は選ばれてない』って……
『代わりに取り込む』って……ッ!」
(……取り込む? やっぱりあの渦は……)
「俺、もう嫌だ……!!
天使とか力とか……全部嘘だったんだよ……!!」
泣き叫ぶ黒川を前に、
俺はただ静かに息を呑んだ。
そして透明なスクリーンが最後にこう表示する。
【重要イベントフラグ:黒川が“鍵”になります】
ーー
夜の街。
誰も気づかない暗がりで、
アスファルトがうっすらと“波打った”。
まるで、
地面の下から何かが“押し上げよう”としているように。
世界は、少しずつ
音を立てずに歪み始めていた。
そしてその中心にいるのは――
悠真でも
黒川でもない。
この街そのものだった。




