第四話:ゆる%ートと€わり#く自分
翌朝、学校の昇降口。
天気は良いのに、俺は少しだけ眠かった。
(観測モード……世界のほころび……
いや、考えてもわかるはずないだろ)
そんなことを考えながら靴を履き替えようとした時。
「……おはよう、宮本くん」
振り返ると、桜井日奈子がいた。
サラサラとした黒髪は肩にかかり、
繊細な睫毛は緊張したように震えている。
控えめに、だけど少しだけ勇気を振り絞ったように。
胸の前で教科書を抱えて、まっすぐこちらを見つめている。
「あ……お、おはよう」
少しどもって返事をしてしまう。
桜井日奈子はクラスメイトの女子だ。
あまり関わりはなく、話したことはない。
いきなり話しかけてくるとはーー何の用事だろうか。
わずかな沈黙の後、日奈子が口火を切る。
「一昨日……コンビニで女の子のこと、助けてたよね」
「あ、見てたんだ」
「すごかったよ。
わたし、陰でちょっと驚いてた」
小さな声。
けど真剣だった。
「……いや、大したことしてないよ」
首を掻きながら、悠真は返事をする。
実際にクエストがなければ動けなかっただろうし、ちゃんと追い払えていたかも怪しい。
だが、日奈子は首を横に振った。
「そんなことない。
私……ああいうの、止められないから」
ほんの一瞬、寂しげな表情。
そして僅かな悔しさが感じ取れた。
(あ……なんか、意外)
すると、悠真の視界にまたクエスト表示が現れる。
ーー
【新規クエストが発生しました】
『桜井に“笑顔”を引き出せ』
報酬:魅力度+1、親密度ゲージ解放
ーー
(……ちょ、なにこれリアル恋愛クエスト!?
てか、親密度ゲージってなんだよ!!!)
混乱。
思わず口をつぐんでしまった。
だが桜井が不安そうに視線を落とす。
これは……たぶん、
言うべき言葉があるやつだ。
そう思った途端、言葉が勝手に紡がれていく。
「俺も、これまでああいう時動けない奴だった。
でも…… 助けられたのは偶然じゃないと思う」
少し照れくさくて、俯きそうになる。
それでも続けた。
「だから、桜井さんにもできるはず」
すると、桜井の目がわずかに見開いた。
そして、少し笑った。
それは静かで、すごく柔らかい笑顔だった。
「……ありがとう」
その瞬間、視界の右下に何かが点滅した。
ーー
【クエスト達成】
魅力度+1/親密度ゲージ解放
ーー
ーー
『桜井 日奈子 親密度ゲージ開放中』
現在値:25%
ーー
(……マジで恋愛シミュレーションみたいになってきたぞ!?)
心の中で叫ぶが、表面上は平静を装う。
桜井は軽く頭を下げ、
「じゃあ……またね」
と言って先に行ってしまった。
ひとり残された悠真は深呼吸し、
「……なんなんですかね、この能力……」
誰にも聞こえない声でつぶやいた。
昨日から色々悩んでいたのに、
また一つモヤモヤが増えてしまった。
ーー
「おい宮本、何してんだよ、それ?」
昼休み。
教室に戻ると、黒川がわざとらしく声を張り上げる。
戻ったばかりで周囲の視線が集まるように、あえて大声で。
黒川の目の前には——
俺がコンビニで買った"エナジードリンク"。
黒川は鼻で笑い、クラスに聞こえるように言う。
「へぇ〜〜、お前それで徹夜でもした? かわいそ。俺なんか睡眠要らねーんだわ、“チート”あるから。
『肉体強化』持ちだからよぉ?」
(ないだろ絶対……。俺はあるけど)
ネットニュースで流行ったチート配布は、
今や不良たちのトレンドのようで、こんなふうにくだらない嘘をついているインフルエンサーが山ほどある。
いや、嘘とも言い切れない。
先日までならともかく、今や自分もチート持ちだ。
身の回りにチートをもらった人がいても、あり得ない話じゃない。
(だけど黒川はなんか嘘っぽいんだよなあ)
どこか白々しさを感じる黒川の態度に、疑いの目を向けてしまう。
黒川は前日の件があったにも関わらず、懲りずに絡みにきていた。
だが、クラスメイトの反応は昨日とは違う。
彼らの中で黒川は『他クラスの不良』から『インキャに言い負かされた奴』にランクダウンしているのだ。
その証拠に「チートだって」と小声で笑っている。
だが黒川は気づかない。いや、気づこうとしない。
そして黒川がドリンクに指を伸ばす。
「ちょっと味見してやるよ。弱者の飲み物ってどんな味かってな」
その瞬間——
ピロン。
悠真の視界にウィンドウが出る。
ーー
■クエスト発生
【黒川の手を触れさせずに、飲み物を守れ】
成功報酬:反応速度UP
ーー
(は!? このタイミングで!?)
驚きを持ってクエストを見る。
だが体はクリアに向けて動き出していた。
黒川の手がドリンクに触れようとした瞬間、
反射的に悠真の手がスッと動く。
——気がついたら、黒川の手より先にドリンクを引っ込めていた。
「……っ!? え、いま避けた?」
「いや触られたくなかったし。衛生的に」
「ブッ」
「きゃはは」
そのやりとりを遠くで見ていたクラスメイトから笑いが起きる。
黒川の顔が一瞬で赤くなった。
「て、てめぇ……調子乗ってんじゃねえぞ!」
黒川がさらにドリンクを奪おうと手を伸ばす。
ピロン。
ーー
■サブクエスト:追加条件生成
【黒川にツッコミを入れ、全校に広まるレベルの恥をかかせろ】
報酬:カリスマ+1
ーー
(そんなクエスト出すな!!)
だが——口が勝手に動いた。
「……黒川、チート本当に持ってるの?
いま俺、普通に避けたけど?」
「んな!? お、俺は“肉体強化・中級”を……!」
「いやいや、“初級”でしょ」
「違うわっ!」
クラス中から笑いが巻き起こる。
「あはははははッ!!!!」
クラスメイトの失笑の渦をバックに、俺は重ねて言いつのる。
「“チート持ってるから負けねえ”とか言ってたくせに
“避けられた”ってダサすぎるだろ」
顔を真っ赤にした黒川が背後の取り巻きを振り返る。
「おい、お前らもなんか言えよ!」
しかし、思ったような反応は返ってこない。
取り巻きたちは顔をしかめたり、そっぽを向く。
「……悪い、黒川くん。正直今のダサい」
「黒川、調子乗ってただけじゃん」
とうとう一部の取り巻きにすら愛想尽かされ、黒川の顔が怒りで歪む。
「……っ。ちがうッ!! 本当なんだ!!
俺には力が……あるんだ……!」
絞り出すような声。
拳を真っ赤になる程握りしめて、
唇を震わせる。
……その瞬間。
悠真は気づいた。
黒川の背後の空間が、一瞬だけ“揺らいだ”。
(……え?)
ほんの一瞬だった。
だけど確かに、昨日観測モードで見た“揺らぎ”と同じ。
黒川は気づいていない。
(まさか……黒川の周りにも、ほころび?)
背中に嫌な汗が流れる。
「覚えてろよ宮本……!」
震え声で捨て台詞を残し、
黒川はそのまま教室を飛び出していった。
悠真はその背中を呆然と見守るしかなかった。




