第十話:初めての配信バトル
黒川奪還クエストの発令から10分後。
路地裏の奥へ踏み出すと、
空気が“ザラッ”と、電波の悪い画面みたいに乱れた。
日奈子が俺に囁く。
「……ここ、何か聞こえない?」
「……ノイズの音だ。異常芽の特徴らしい」
ひび割れた道路の真ん中に、ぽつんと“黒く焦げたような点”がある。
直径15cmほどの、ただのシミ……に見える。だが——
ウィンドウが警告を放つ。
ーー
【異常芽(1/3)】
・ダンジョン構造体の胎動ポイント
・放置すると“巣化”して小型モンスターが発生
・推奨対処:人間が触れる前に破壊
ーー
「人が触る前に……?」
首を傾げる日奈子に、俺は極力感情を排して伝えた。
「つまり、誰かがうっかり踏めば、そこから飲まれる」
日奈子がぞくっと肩をすくめた。
「……急ごう」
この“芽”を全部潰さなきゃ、
街はあっという間に黒川の二の舞になる。
二人が近づこうとした、そのとき——
バチッッ!!
シミの表面がはじけ、黒い影が飛び出した。
「きゃっ!!」
ーー
【小型変質体:グリッチスライム】
・ランク:F
・攻撃パターン:跳躍、侵食
ーー
「くる!!」
スライムが弾丸みたいに日奈子へ跳ねる。
(避けられない——!)
俺は反射で日奈子を抱き寄せ、体をひねった。
スライムはさっきまで日奈子の頭があった空間を通過し、壁へ激突。
「み、宮本くん……っ!」
「大丈夫か!?」
日奈子は真っ赤になりながら手を離し、慌てて距離を取る。
「だ、だいじょうぶ……っ!」
スライムが再び跳ねる。
その瞬間——
ウィンドウがピコン、と点滅した。
ーー
【ヒント:桜井の“配信バフ”が推奨されます】
【配信の視聴 → パーティーの能力値強化】
ーー
表示された内容に目を白黒させる日奈子。
「ど、どうするの……? 今ここで配信なんて……!」
俺は首を振る。
「いや、頼む!!桜井さんのバフが必要だ!!」
チラ、と日奈子はスライムを見た。
僅かな逡巡。
宙を彷徨った日奈子の手は、震えながらもスマホを構えた。
「は、配信……えっと、か……開始……」
配信アプリを起動した瞬間、
周囲の空気に暖かな光の粒が舞った。
「こんな……恥ずかしい……」
だが、画面を見た桜井が固まる。
視聴者:15人
「えっ!?最初から多すぎない!?」
《えっ今日の配信なに!?w》
《……スライム???(混乱)》
少し考えて思い当たる。
このスライムと日常風景のギャップが人を呼び寄せたのだ。
コメント欄が加速度的に流れ始める。
《なんだこれ地元の路地じゃん!?》
《おい後ろの子かわ……え、え!?(語彙喪失)》
《後ろ危ないって!!》
《てか男の動き速っ》
視聴者の“感情”が"力"に変換される。
ウィンドウがバフを表示。
ーー
【配信バフ】
・敏捷+1.5
・反応速度+25%
・効果時間:配信維持中
ーー
思わず呟く。
「……すげえ……体が軽い……!」
日奈子が恥じらいで頬を染めながら、実況を始めた。
手元のスマホはしっかりとスライムを写している。
「これはCGでもハリボテでもありません……!」
息を吸って続きを言う。
「街の異常と戦うヒーローの姿です!!」
《がんばれ……!がんばれ……!(見守り親)》
《声かわいいのに状況が地獄》
《うわ、がんばってしゃべってる》
《女の子、配信慣れしてなさそうで好き》
スライムが高速で跳ねる。
だが俺の目には、
その軌跡が"止まって見える"ほどだった。
(チート、って感じ……!!)
「はあぁッ!!」
手刀を叩き込む。
スライムが黒いデータ片をまき散らし、地面へ沈んだ。
「倒した……!!」
コメント欄は大盛り上がり。
《動き速すぎて笑うww》
《男の方がCGっぽいの草》
《あ、これガチのやつだ(察し)》
視聴者数はどんどん増え続ける。
コメントも加速度的に増えていった。
バフが再度更新。
ーー
【配信バフ:臨場感上昇】
・俊敏+2
・精神集中+20%
・桜井との連携成功率アップ
ーー
俺は息を吐いた。
「よし……残りは、“芽”そのものだな」
スライムが消えたことで、
道路の“黒いシミ”が不安定に波打つ。
ーー
【異常芽:破壊可能状態】
〈推奨〉攻撃を叩き込み、構造を断裂させる
ーー
「桜井さん!! 何か変な動きしたら逃げて!」
「う、うんっ!」
俺は“配信バフ”のこもった拳を握りしめ——
「——ッ!!」
ガンッ!!
黒いシミが破裂し、ノイズの粒が霧散した。
ーー
【異常芽(1/3)破壊成功】
・街ダンジョン化:18% → 17%
・報酬:スキル進行度 +5%
ーー
「できた……!!」
日奈子は頬を緩める。
コメント欄は、この非現実的な配信に釘付けになっていた。
《本人たちはガチで大変なのに視聴者はわりと文化祭テンション》
《この街何が起きてるの?》
《続き見たい!!!!!》
「……っ……コメント……ありがとう……!」
《お、おう……こちらこそ……(照れ)》
《絵面と声とコメント欄のギャップで整う》
頬がほんのり赤くなった日奈子を横目に、
俺は“黒川奪還”の重さを再認識した。
(まだあと2つ……急がなきゃ)
ウィンドウが新たな方向を指し示す。
ーー
【次の異常芽(2/3):商店街エリア】
ーー
「いこ、宮本くん!」
「ああ!」
二人は走り出す。
そして配信画面には、
陰に侵食される危険な街の姿が映り続けていた——。




